福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

「何度伝えても気持ちが届かない」「悪気はなさそうなのに、いつもすれ違ってしまう」。配偶者やお子さん、ご家族との関わりのなかで、こんなふうに感じてきた方は少なくありません。

がんばって話し合おうとするほど、かみ合わない。労っても響いていないように見える。そんな日々が続くと、「自分の伝え方が悪いのだろうか」「もう分かり合えないのかもしれない」と、自分を責めたり、関係そのものに疲れてしまったりすることもあります。

こうしたすれ違いの背景に、ASD(自閉スペクトラム症。対人関係やコミュニケーション、こだわりなどに特性があらわれる生まれつきの脳の特性)が関わっていることがあります。大切なのは、これは「どちらかが悪い」という話ではない、ということです。特性を知ることで、関わり方を少し変えるだけで、お互いの負担が軽くなることがあります。

この記事では、支える側であるご家族に向けて、

  • すれ違いが起きる背景にある特性
  • 気持ちが伝わりやすくなる言葉の使い方
  • こだわりや困りごととの付き合い方
  • ご家族自身が孤立しないためのヒント

を、できるだけわかりやすくお伝えします。なお、ASDかどうかの診断は医師が行うものです。この記事は決めつけのためではなく、日々の関わりを少し楽にするためのものとしてお読みください。

「悪気なく」すれ違ってしまう背景

ご家族から多く聞かれるのが、「悪気はなさそうなのに、結果的に傷つけられてしまう」という悩みです。

ASDの特性があると、相手の立場に立って「こう言ったら傷つくかな」「いま何を求めているかな」と想像することが、苦手な場合があります。これは思いやりがない、ということではありません。相手の気持ちを察する仕組みそのものに特性があるため、本人にまったく悪気がないまま、結果として相手を巻き込んでしまうことがあるのです。

ここを「わざと」と受け取ってしまうと、つらさが何倍にもふくらみます。「この人は意地悪でこうしているのではなく、特性として気づきにくいのかもしれない」と捉え直すだけで、気持ちの負担が少し変わることがあります。

「対等なパートナー」が築きにくいという特性

もう一つ知っておきたいのが、対等で双方向の関係を築きにくい、という特性です。

会話や関わりが、どうしても一方通行になりやすい。一方が合わせ続けたり、保護する側に回ったりして、対等にお互いを支え合う関係になりにくいことがあります。その結果、お互いに「満足できない」「報われない」と感じてしまいやすいのです。

これはご家族の努力が足りないからではありません。特性として起こりやすいことだと知っておくと、「自分のせいだ」という自責から少し離れることができます。

気持ちを「言葉」で伝えるという工夫

では、どう関わると伝わりやすくなるのでしょうか。鍵になるのは「言葉にする」ことです。

共感での慰めより、困りごとを言葉で整理する

つらそうな相手に、私たちはつい「大変だったね」「わかるよ」と共感の言葉をかけます。ところがASDの特性があると、共感を前提にしたやりとりが届きにくく、慰めても安心につながりにくいことがあります。

そんなときに役立つのが、「いま、こういうことで困っているんだね」と、状況を言葉で整理して伝える関わりです。感情をそのまま受け止めるより、何が起きていて何に困っているのかを言葉で示してもらうほうが、「自分のことをわかってくれている」と感じて安心しやすい、という特性があります。

抽象的な励ましより、具体的な言語化。これは関わりの大きなヒントになります。

「言わなくてもわかって」は届きにくい

「これくらい察してほしい」「言わなくてもわかるはず」——こうした暗黙の了解は、ASDの特性があると、とても伝わりにくいものです。

回りくどく感じても、

  • 何を
  • いつ
  • どうしてほしいのか

を、具体的な言葉ではっきり伝えるほうが、お互いに楽になります。「言わなくても」を手放して「言葉にする」習慣に切り替えることが、すれ違いを減らす一番の近道になることが少なくありません。

こだわりや困りごととの付き合い方

ASDの特性として、特定のやり方や順序への「こだわり」が強くあらわれることがあります。ここでの関わり方にも、いくつかコツがあります。

こだわりは否定せず、命令ではなく提案で

本人にとってのこだわりは、安心を支える大事な拠りどころであることがあります。それを頭ごなしに「やめて」と否定すると、かえって不安が強まり、関係もこじれやすくなります。

おすすめしたいのは、

  • まず本人の言い分を先に聞く
  • 「こうしなさい」という命令ではなく、「こうするのはどう?」という提案にする
  • 感情的にならず、落ち着いて伝える

という関わりです。こだわりそのものを無理に変えようとするより、こだわりをうまく活かしながら、できる範囲で折り合いをつけていくほうが、うまくいきやすいことがあります。

「治す」のではなく、困らない環境を一緒に整える

ご家族はつい「この人を変えなければ」「治してあげなければ」と考えてしまいがちです。けれど特性そのものは、無理に矯正するものではありません。

発想を「相手を治す」から「困らない環境を一緒に整える」に切り替えてみてください。たとえば、見通しを持ちやすいように予定を目に見える形にする、苦手な刺激を減らす、伝えたいことを文字にして残す——こうした環境の工夫のほうが、本人にとっても周囲にとっても、ずっと負担が少なくなります。

ストレスがかかっている状態の本人に、訓練や「もっとがんばって」を求めると、かえって調子を崩すこともあります。まずは無理をさせず、環境を整える。これが基本の発想です。

「まわりが合わせる」だけにならないために

ここまで「特性を理解して関わり方を変える」というお話をしてきましたが、それは「家族がすべてを我慢して合わせる」という意味ではありません。

一方だけが合わせ続ける関係は、長続きしませんし、合わせている側が消耗してしまいます。本人も、まわりが見えないところで疲れ果てていることに気づきにくいことがあります。

大切なのは、双方向のバランスです。

  • 本人にも、言葉ではっきり伝えれば応えられる部分がある
  • 家族も、できないことは「できない」と伝えてよい
  • お互いの「ここまではできる/ここからは難しい」を、少しずつ言葉にして共有する

「まわりが合わせて当然」と抱え込みすぎないこと。これは家族自身を守るためにも、関係を長く続けていくためにも欠かせない視点です。

家族自身が孤立しないために

最後に、最も大切なお願いです。支える側であるあなた自身が、どうか一人で抱え込まないでください。

ご家族の悩みは、なかなか周囲に理解されにくいものです。一般的な子育てや夫婦の話とはかみ合わず、「うちだけがおかしいのでは」と孤立しがちになります。

そんなときに支えになるのが、横のつながりです。

  • 家族会・ピアサポート:同じ立場の家族が集まり、対応の工夫や情報を分かち合える場です。対等に話せる仲間がいるだけで、気持ちがぐっと軽くなることがあります。
  • 専門家への相談:精神科や心理の専門家に相談することで、関わり方の引き出しが増えます。ご家族だけの相談も可能です。
  • 本人と周囲、双方への理解を深める:特性についての正しい知識(心理教育)は、本人だけでなく、支えるご家族にとっても大きな助けになります。

あなたが元気でいることが、結果的に関係全体を支える土台になります。

受診の目安

以下のようなことが続いて、つらさや困りごとが大きいと感じる場合は、相談を検討してみてください。診断のためというより、関わり方を一緒に考えるための相談として活用いただけます。

  • 気持ちが伝わらず、すれ違いが慢性的に続いている
  • 本人に悪気はなさそうだが、生活や関係に支障が出ている
  • 「言わなくてもわかって」がまったく通じず、消耗している
  • こだわりを巡って毎日のように衝突する
  • 支える側であるあなた自身が、孤立し、疲れ果てている
  • 本人や家族に、気分の落ち込みや不眠などの不調が出てきている

まとめ

ASDかもしれないご家族との関わりで大切なのは、「相手を変える」より「特性を理解して関わり方を変える」ことです。共感で慰めるより困りごとを言葉で整理する、「察して」をやめて具体的に言葉にする、こだわりは否定せず提案で関わる——こうした工夫が、すれ違いを減らす助けになります。

そして、まわりが一方的に合わせ続けるのではなく、双方向のバランスを探っていくこと。何より、支えるあなた自身が孤立せず、家族会や専門家とつながることが、長く穏やかな関係を保つ土台になります。

すぐにすべてが変わるわけではありませんが、関わり方は少しずつ整えていけます。一人で抱え込まず、どうか専門家や同じ立場の仲間を頼ってください。診断や具体的な対応は医師と一緒に考えていけますので、困ったときはお気軽にご相談ください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 『大人の発達障害ってそういうことだったのか』
  • 『大人の発達障害 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症(精神科治療学)』
  • 『自閉スペクトラム症の理解と支援』

よくある質問

パートナーがASDかもしれません。本人に伝えて受診をすすめるべきでしょうか。

まずは「あなたを責めたい」のではなく「すれ違いを減らしたい」という気持ちを、具体的な困りごとに沿って言葉で伝えてみてください。診断は医師が行うものなので、決めつけずに、生活で困っている点を整理して一緒に相談する形がおすすめです。

「言わなくてもわかってほしい」が通じず、つらいです。

ASDの特性がある場合、察してほしいという伝え方は届きにくいことがあります。回りくどく感じても、してほしいことを具体的な言葉や手順で伝えるほうが、お互いに楽になりやすいです。相手に悪気がないことも多い点を知っておくと、気持ちが少し軽くなります。

家族として何から相談すればよいですか。

一人で抱え込まないことが大切です。同じ立場の家族が集まる家族会や、精神科・心理の専門家への相談から始めると、対応の引き出しが増え、孤立を防げます。当院でも家族の方からのご相談を承っています。

こだわりが強く、毎日ぶつかってしまいます。

こだわりは本人の安心を支えていることが多く、頭ごなしの否定は逆効果になりがちです。まず言い分を聞き、命令ではなく提案の形にして、変えられない部分は環境を工夫して折り合う——この順番を意識すると、衝突が減ることがあります。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

WEB予約