はじめに
「学校でも職場でも、特に問題児だったわけではない。むしろ『しっかりした人』『良い子』と言われてきた。それなのに、家に帰るとぐったり疲れて動けない」。そんなふうに感じている方はいませんか。
周囲とうまくやれているように見えるのに、自分の中ではいつも気を張りつめている。人に合わせるたびに、少しずつエネルギーがすり減っていく。こうした感覚を長く抱えてきた女性の中には、ASD(自閉スペクトラム症。人との関わり方やこだわりに、生まれつきの特性がある状態)の特性をもっている方が含まれていることがあります。
ASDは「目立つ困りごと」として現れるとは限りません。とくに女性の場合、特性が周囲に気づかれにくく、本人だけが内側でつらさを抱え続けてきた、というケースが少なくないと言われています。
この記事では、なぜ女性のASDが見過ごされやすいのか、周囲に合わせる「カモフラージュ」がどのように心の負担になるのか、そして受診を考える目安について、患者さん向けにやさしく解説します。あなただけが弱いわけでも、努力が足りないわけでもありません。まずは「気づかれにくさ」という仕組みから一緒に見ていきましょう。
「一見うまくやっている」の裏側にあるもの
ASDの特性をもつ人の中には、周囲のやり方をよく観察し、それに合わせてふるまうことで、その場をうまく切り抜けている方がいます。専門的には「社会的カモフラージュ」と呼ばれます。本来は苦手な雑談や場の空気合わせを、努力と工夫でなんとかこなしている状態です。
このカモフラージュが比較的うまくいっていると、まわりからは「問題なくやれている人」に見えます。実際、診察のような短い一場面だけを切り取って見ると、特性が表に出てこず、特別な困りごとがないように見えることがあります。専門家も、こうした場合には、その場かぎりの観察だけで特性を見極めるのは難しいと指摘しています。
ただ、ここで大切なのは、表面がうまくいっていることと、本人が楽であることは別だという点です。うまく「見せられている」だけで、その裏では、人に合わせ続けるための大きな負担が確かに存在していることがあります。周囲に見えていないだけで、つらさそのものが消えているわけではないのです。
だからこそ、「外から見て問題がない」ことは、「困っていない」ことの証明にはなりません。むしろ上手に合わせられる人ほど、内側の疲れに気づいてもらえないまま過ごしてしまうことがあります。
「良い子」「問題なし」と見られてきた人ほど
子どもの頃を振り返ってみてください。手のかからない子、先生の言うことをよく聞く子、と見られてきた方は少なくないかもしれません。
ある専門書では、保育園で「まったく問題のない良い子」と見られていた女の子の例が紹介されています。けれど実際には、その子は園での音やにおい、誘われる遊びなど、たくさんの「嫌なこと」を内側で抱えていました。それでも素振りを見せなかったため、先生たちは困っていることに気づけなかったのです。
ここには、見過ごされやすい大切なポイントがあります。子どもの「困りごと」には、外から見えるものと見えないものがあります。何かを「やらかしてしまう」タイプの目立つ行動は、親や先生が気づきやすいものです。一方で、一見ふつうに振る舞っているのに、内面では強いストレスを感じている状態は、行動として表に出ないため、とても見つけにくいと言われています。
精神科の専門家は、この「目に見えないつらさ」こそ、見逃され、対応が遅れやすいものだと指摘しています。「良い子だね」という言葉の裏で、本人だけが静かに疲れていた。そういう経験に、心当たりのある方もいるのではないでしょうか。
カモフラージュ・過剰適応が、うつや不安につながるとき
周囲に合わせ続けることは、それ自体が大きなエネルギーを使います。本来の自分とは違うふるまいを、毎日のように続けていれば、疲れがたまっていくのは自然なことです。
専門家は、こうした社会的カモフラージュや「過剰適応」(自分に無理をしてまで、まわりに合わせすぎてしまうこと)が、うつや不安を強めることがあると指摘しています。表面的にはうまく適応しているように見えても、その適応が無理を重ねたものであれば、長い目で見たときに、本人にとって良い状態とは限らないのです。
注意したいのは、「一見好ましい変化」が、実は過剰適応によるものである場合です。たとえば「最近すっかり落ち着いた」「急に手がかからなくなった」という変化も、本人が我慢して合わせるようになった結果かもしれません。そうしたときは、その変化が本当に本人のためになっているのか、長期的な視点で見ていく必要があると考えられています。
子どもの頃に内面で抱えこんだストレスが、思春期以降になってから、不登校やひきこもりといった形で現れることもあると指摘されています。これは「弱さ」や「甘え」ではなく、長く積み重なった負担が、あるとき表面化したものと考えられます。
なお、うつや不安がつらいときは、その背景に何があるかにかかわらず、まずその苦しさ自体への支援が受けられます。「ASDかどうか」がはっきりするのを待つ必要はありません。
困りごとを、生育歴とあわせてていねいに拾い上げる
では、こうした「見えにくいつらさ」には、どう向き合えばよいのでしょうか。
専門家が大切にしているのは、いまの困りごとを、生まれ育ちの経過(生育歴)とあわせてていねいに拾い上げるという姿勢です。その場かぎりの様子だけでなく、子どもの頃からどんなことでつまずきやすかったか、どんな工夫で乗り切ってきたかをたどっていくと、表面には出にくい特性や負担が見えてくることがあります。
たとえば「人付き合いがなぜか毎回うまくいかない」「集団の中だと、いつも理由のわからない疲れがある」といった体験を、性格や努力不足の問題ではなく、「少数派の特性をもつ自分と、多数派が中心の環境とのあいだに生じる摩擦」として捉え直す。そうした見方ができると、自分を責めずに、これからどう工夫していくかを一緒に考えやすくなります。
なお、ASDかどうかの診断は、こうした情報をふまえて医師が総合的に行うものです。チェックリストや一場面の印象だけで決まるものではありません。「自分はそうかもしれない」と感じても、過度に決めつけず、まずは困っていることを言葉にして相談するところから始めて大丈夫です。
そして、ここで大切な発想があります。無理に多数派へ合わせ続けることだけが正解ではない、ということです。合わせ続けて消耗するより、自分の特性に合った環境を選んだり、まわりに少し説明して助けを求めたりする。そうした方向に視点を変えていくことが、長い目で見て本人をらくにすることがあります。特性そのものを「直す」のではなく、環境とのミスマッチを減らしていく、という考え方です。
受診の目安
以下に当てはまるものがあれば、一度相談を検討してみてください。
- 周囲には「うまくやっている」と見られるのに、自分では常に気を張りつめ、強い疲れを感じる
- 人付き合いや集団の場のあとに、ぐったりして動けなくなることが続いている
- 子どもの頃「良い子」「問題なし」と言われてきたが、内側ではずっとつらさを抱えていた
- 周囲に合わせるための無理が積み重なり、気分の落ち込みや不安が続いている
- かつて不登校やひきこもりの時期があり、その背景が自分でもよくわからない
- 「自分らしくいられる場所がない」と感じ、消耗している
これらは一例です。当てはまる数が多いほど重い、というものではありません。「つらいけれど相談していいのかわからない」という段階でも、受診して大丈夫です。
まとめ
女性のASDは、周囲に合わせるカモフラージュによって目立ちにくく、「良い子」「問題なし」と見られたまま、内側のつらさが見過ごされてきたことが少なくありません。表面がうまくいっていることと、本人が楽であることは別であり、無理な過剰適応はうつや不安につながることもあります。
大切なのは、いまの困りごとを生まれ育ちの経過とあわせてていねいに拾い上げ、自分を責めずに振り返ることです。そして、無理に多数派へ合わせ続けるより、自分に合った環境を選ぶという発想に立つことができます。
長く一人で抱えてきた疲れには、必ず理由があります。「気のせい」で片づけず、まずは困っていることを言葉にしてみてください。診断は医師が行いますが、相談すること自体に、診断名は必要ありません。あなたが少しでもらくに過ごせる方向を、一緒に探していくことができます。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 大人の発達障害 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症 ASD ADHD(精神科治療学)
- 自閉スペクトラム症の理解と支援
よくある質問
女性のASDはなぜ気づかれにくいのですか?
周囲に合わせて特性を隠す『カモフラージュ』が比較的上手な方が多く、一見すると問題なくやっているように見えるためです。表面はうまくいっていても、内側では強い負担を抱えていることがあります。
診察で『問題なし』と言われましたが、つらさは気のせいでしょうか?
気のせいとは限りません。短い診察の一場面だけでは特性が見えにくいことがあります。困りごとや生まれ育ちの経過をていねいに振り返ると、背景が見えてくることがあります。
カモフラージュを続けると、どんな影響がありますか?
無理に多数派へ合わせ続けると疲れがたまり、うつや不安が強まることがあると指摘されています。自分に合った環境を選ぶ視点も大切です。診断や治療方針は医師が判断します。
子どもの頃に『良い子』だったのですが、関係ありますか?
『良い子・問題なし』と見られてきた背景に、内面のつらさを表に出さずに抱えてきた経過が隠れていることがあります。ご自身の子ども時代の様子も、相談のときに役立つ手がかりになります。
受診したら必ず診断名がつきますか?
必ずしもそうではありません。受診の目的は『困りごとを軽くすること』です。診断がつく場合もつかない場合もありますが、どちらでも、つらさへの支援や環境の工夫について一緒に考えていけます。