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はじめに

大切な家族がつらい出来事を経験し、その後もずっと苦しんでいる。なんとか元気になってほしくて、「もう気にしすぎだよ」「そんなことは誰にでもあることだよ」と声をかけた。けれども、相手の表情はかえって硬くなり、口数が減ってしまった。そんな経験はないでしょうか。

良かれと思った励ましが、なぜか裏目に出てしまう。それなのにどう接すればよいのかわからず、家族のほうも疲れて、「自分のせいなのでは」と自分を責めてしまう。これは決して珍しいことではありません。トラウマ(強い衝撃を受けた心の傷)を抱える人を支えるご家族の多くが、同じ戸惑いを経験します。

この記事では、トラウマを抱える本人に家族がどう接すればよいかを、できるだけ具体的にお伝えします。なぜ「気にしすぎ」が逆効果になるのか、本人を刺激しにくい話し方、突然の話題(奇襲)を避ける工夫、本人のペースを尊重すること、そして謝りたいときの言い方まで。来院前のご家族が今日から試せるコツを中心にまとめました。なお、診断や治療方針は医師が行います。この記事は日々の関わり方のヒントとしてお読みください。

「気にしすぎ」「誰にでもある」が逆効果になる仕組み

家族を支えるうえで、まず知っておきたいことがあります。それは、「気にしすぎ」「誰にでもあること」といった言葉が、善意であってもしばしば逆効果になる、という点です。

大きな傷だと思えば大きく傷つき、たいしたことがないと思えば傷も小さくなる。そう考えて励ましたくなる気持ちは、とても自然なものです。けれども、トラウマはとても個人的な体験です。周りからどう見えるかにかかわらず、本人の目から見た世界でその出来事が起き、心に傷が残りました。傷ができているということは、本人にとっては「怪我をした」ということなのです。そこへ「気にしすぎ」と言われると、本人は「自分の感じ方はおかしいのだろうか」と、ますます自分への信頼を失ってしまいます。

特に、つらい体験を打ち明けた直後の人は、「自分は大げさに騒いでいるだけかもしれない」と揺らいでいることが多いものです。長くしまい込んできた内面をやっと口にした、そのタイミングです。ここで「大げさだよ」と返されると、せっかく開きかけた扉が閉じてしまいます。

そしてもう一つ。トラウマは「孤独の体験」だと言われます。出来事そのものの衝撃に加えて、そのとき自分がひとりで無力だったという感覚が、恐怖をいっそう強くするのです。「気にしすぎ」という言葉は、本人に「やっぱりわかってもらえない」と感じさせ、孤独へと追い込んでしまいます。励ましたいという思いとは正反対の結果になりかねないのです。

支えの大前提は「トラウマの存在を認める」こと

では、どうすればよいのでしょうか。支え方の大前提となるのが、「トラウマの存在を認める」ことです。

「認めてしまうと、かえって気にしすぎて、そこにとらわれてしまうのでは」と心配になるかもしれません。けれども実際はその逆だと考えられています。周りが認めないと、本人はかえってとらわれていきやすく、周りが認めることで、「自分・身近な人・世界への信頼」を少なくとも一点でつなぎとめ、一緒に回復へ向かいやすくなるのです。

具体的には、「大げさなんかじゃないよ。話しにくいことをよく話してくれたね」と、しっかり受け止める言葉が支えになります。本人の感じ方に「なるほど、そう感じるんだね」と肯定的に応じることが、回復にとってとても大切です。

ここで気を楽にしていただきたいのは、トラウマについて家族が詳しくないのは、まったく恥ずかしいことではないという点です。専門家でも、トラウマを深く学んでいない人は少なくありません。難しい病気について、家族が病気になって初めて勉強するのと同じように、わからないことは本人に「こう言われるとどう感じる?」と尋ねてみてください。本人の世界は、本人にしかわかりません。聞いて、尊重する。それが何よりの支えになります。

本人を刺激しにくい話し方と「奇襲」を避ける工夫

他責と自責、両方の気持ちを受け止める

トラウマを抱える人の感じ方には、しばしば両面があります。「あの人は私を利用しようとしている」といった他者を責める面と、「そんなふうに感じる自分はおかしい」という自分を責める面が、同時に存在するのです。

ここで「そうだね、ひどい人だね」と一方に加担すると、本人の恐怖はさらに強まります。逆に「そんなことはないよ」と突き放すと、「やっぱり自分がおかしいんだ」と自分への信頼を失わせてしまいます。

大切なのは、二つを同時に伝えることです。「そう感じてしまうのはつらいよね」と苦しさを認めつつ、「私は、実際には大丈夫だと思っているよ」と事実とは違うことも添える。たとえば「そう感じたら怖いよね。私は大丈夫だと思っているけれど」という言い方なら、感じ方を肯定し、苦しさを認め、それでいて恐怖をあおらずにすみます。

立場や目的をはっきりさせる

トラウマを抱える人は、相手が味方なのか敵なのか、はっきりしない態度にとても敏感です。どちらともとれる関わりは、本人を不安にさせてしまいます。

そこで、何かをやりとりするときは目的を明らかにすると安心です。たとえば本人が「傷つけられた」と話しているとき、もっと詳しく聞きたいなら、「大変だったんだね。ちゃんと気持ちをわかりたいから、もう少し聞かせて」と、聞く目的を先に伝えます。ただ「それで、相手は何て言ったの?」とだけ尋ねると、「どっちの味方か決めるために情報を集めているのかな」と受け取られかねません。

突然の話題=「奇襲」を減らす

予測していなかったことが起こると、世界は危険な場所だという感覚が強まります。そのため、突然の来訪や、脈絡なく出てくる話題は「奇襲」と受け止められやすいのです。相手にとっては自然な話の流れでも、本人にとって意外な内容であれば奇襲になり得ます。

完全に防ぐのは難しいので、対策として、こまめに「そう言われてどう思った?」と気持ちを聞いてあげてください。これは「奇襲のつもりはなかった」と示すことになります。もし「びっくりした」「不安になった」と返ってきたら、「急に言ってごめんね」と一言添える。それが「味方であること」の確認になります。

「淡々とした温かい世話」と本人のペースを尊重する

支えようとするあまり、つい腫れ物にさわるように接したり、「こんな体験を乗り越えてきてすごい」と英雄視したりしてしまうことがあります。けれども、こうした過度の特別扱いは、本人にとって負担になりがちです。信頼を失っているときの特別扱いは、かえって孤立感を強めてしまうからです。本人は「かわいそうな人」でも「すごい人」でもなく、ただ大変なことに取り組んでいる人だと考えるくらいで十分です。

意外と力になるのが、「淡々とした温かい世話」です。「自分はすっかり変わってしまった」と感じている人にとって、変わらないものには大きな価値があります。三度の食事をきちんと整える、本人が手の回らない細々したことをそっと引き受ける。そうした基本的な日常を確保することが、生活の秩序と安心感につながっていきます。これはトラウマを「なかったこと」にするのとは違います。以前と同じ役割を求めるのではなく、本人がどんな状態でも崩れない、安定した環境を保つということです。

そして、回復全体を通して命とも言えるほど大切なのが、本人のペースを尊重することです。「今のうちから慣れさせたほうがいい」と、つらいことにあえて直面させたくなるかもしれません。けれども、足元が揺れているうちに揺さぶると、「自分はだめだ」と感じて回復が台無しになりかねません。足元が固まってからのほうが、少しの揺れも落ち着いて受け止められるようになります。

つらい記憶に向き合う作業も、本人が「そろそろ向き合ってみよう」と自分で思える時期に行うのが、最も回復につながります。家庭で周囲が良かれと思って無理に直面させることは、かえって危険になり得ます。向き合うかどうか、いつ向き合うかは、本人のペースに委ねてあげてください。

家族が謝るとき 自分を責めず本人を主役に

家族自身がつらい思いをさせてしまった、あるいはそのとき味方になれなかった。そう感じて、謝りたくなることもあるでしょう。謝ること自体は、本人が回復へ向かうための大切な一歩になり得ます。ただし、謝り方には少し配慮が必要です。

避けたいのは、「私は親失格だ」「死んでわびたい」といった、自分を強く責める言い方です。自分への信頼を失っている本人は、「自分のせいで家族にこんな思いをさせてしまった」と、かえって罪悪感を深めてしまいます。

おすすめは、本人を主役にした前向きな言い方です。「そんな気持ちにさせてごめんね。これからはもっと安心してもらえるようにするね」「当時はつらかったよね。気づいてあげられなくてごめんね。これからは何でも教えてね」。本人に関わることだけを話すようにすると、自然と前向きな内容になります。

なお、謝ったからといってすぐに楽になるわけではありません。それでも、繰り返し同じ話をする本人に「そのことはもう謝ったでしょう」と言わないであげてください。「焦らず、自分のペースで回復していけばいいんだよ」と認め続けることが、結果として回復を後押しします。家族が自分を責めすぎる必要はありません。あなたが味方であり続けること自体が、大きな支えなのです。

受診の目安

以下のようなことが続く場合は、ご本人だけでなくご家族も含めて、一度ご相談ください。

  • つらい出来事のあと、眠れない・悪夢・フラッシュバックなどが長く続いている
  • 以前は楽しめていたことに関心が持てず、気分の落ち込みが続いている
  • ちょっとした物音や刺激にひどく驚く、いつも気が張っている状態が続く
  • 本人が強い自責感や孤立感を抱え、家族の言葉が届きにくくなっている
  • 支えているご家族自身が疲れ果て、どう接すればよいかわからなくなっている

診断は医師が行います。「これはトラウマなのだろうか」と迷う段階でも、相談していただいてかまいません。なお、本人に自分を傷つけたいという気持ちや、消えてしまいたいという言葉がみられ、危険が差し迫っていると感じたときは、ためらわず救急(119番)に連絡し、あわせて主治医や当院にもご相談ください。

まとめ

トラウマを抱える人を支えるとき、「気にしすぎ」「誰にでもある」といった励ましは、善意でも本人を孤独に追い込むことがあります。まずはトラウマの存在を認め、本人の感じ方を尊重することが支えの出発点です。他責と自責の両方の気持ちを受け止めつつ事実も穏やかに伝えること、立場や目的をはっきりさせて奇襲を減らすこと、英雄視や腫れ物扱いより淡々とした温かい世話を続けること、そして本人のペースを尊重することが、安心につながります。

謝るときは自分を責めず、本人を主役にした前向きな言葉を選んでください。家族が完璧である必要はありません。あなたが味方であり続けること自体が、回復を支える大きな力になります。困ったときは、どうぞ一人で抱え込まず、医療機関にご相談ください。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 水島広子『対人関係療法でなおす トラウマ・PTSD』

よくある質問

『気にしすぎだよ』と励ますのは、なぜよくないのですか?

善意でも、本人にとっては『わかってもらえない』という孤独感につながりやすいからです。トラウマは本人の目から見た世界で起きた現実なので、まずその存在を認める言葉のほうが支えになります。

腫れ物にさわるように気を遣ったほうがよいですか?

過度な特別扱いは、かえって本人の孤立感を強めることがあります。英雄視や腫れ物扱いよりも、食事を整えるなど『淡々とした温かい世話』を続けるほうが安心につながりやすいとされています。

『あの人は私を利用している』と言われたら、どう答えればよいですか?

同調しすぎても突き放しても逆効果になりがちです。『そう感じたら怖いよね。私は大丈夫だと思っているけれど』と、苦しさを認めつつ、事実とは違うことも同時に穏やかに伝えるとよいでしょう。

家族として謝りたいとき、どう言えばよいですか?

『私は親失格だ』など自分を責める言い方は、本人に新たな罪悪感を与えがちです。本人を主役にして『これからは安心してもらえるようにするね』と前向きに伝えるのがおすすめです。

本人がつらい記憶に向き合うのを、家族が促してよいですか?

無理に直面させるのは避けたほうが安全です。向き合う時期は本人のペースに委ね、家族は安定した環境と味方であることを保つ役割に徹するのがよいとされています。具体的な進め方は医師にご相談ください。

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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