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連載「トラウマとPTSDを知るシリーズ」第6回(全9回) 第1回から読む →

はじめに

「気づいたら時間が経っていて、その間のことをよく覚えていない」 「人と話している自分を、少し離れたところから眺めているような感じがする」 「目の前のことが、なんだか現実ではないように思える」

こうした感覚に戸惑い、「自分はおかしいのではないか」とひとりで抱えこんでいる方もいるかもしれません。これらは「解離(かいり)」と呼ばれる現象に関係していることがあります。解離と聞くと「多重人格」のような特殊なものを思い浮かべがちですが、実際にはもっと身近な現象で、「心を守るためのよくできたしくみ」として起こっています。

解離とは「意識のつながり」が切り離されること

解離とは、意識・記憶・自分らしさの感覚・まわりの知覚といった、ふだんはひとつにまとまっている機能のつながりが、部分的に途切れることです。現れ方はとても幅広く、たとえば次のようなものがあります。

  • 「自分を外から見ている」ように感じる(離人感)
  • まわりに現実感がなく、膜が一枚あるように感じる(現実感消失)
  • 逆に、うしろや扉の向こうに人がいると強く感じる。「見られている」感じがする
  • ある時間のことを「よく覚えていない」「まったく記憶にない」(解離性の健忘)
  • いわゆる「多重人格」と呼ばれる状態(医学的には解離性同一性障害といいます)

大切なのは、これらが地続きの「程度の違い」だということです。疲れて考えごとをしていて駅をひとつ乗り過ごした——こうした「没入」や「うわの空」は多くの人が経験しているはずで、解離そのものは特別な人だけに起こる現象ではありません。問題になるのは、切り離しが強くなったり、本人の意図と関係なく起こったりするようになったときです。

「自分が自分でない感じ」——離人感・現実感消失の感じ方

離人感(りじんかん)は、解離のなかでも特に言葉にしにくい症状です。自分の体なのに、自分のものという実感がない。動いている自分を、少し後ろから眺めているようだ。景色が曇りガラスの向こうにあるようで現実味がない。うれしいはずなのに、感情がついてこない——そんな言い方で語られます。自分自身についての違和感を「離人感」、外の世界についての違和感を「現実感消失」と呼び分けることがありますが、両方が同時に起こることも多い、近い関係の体験です。

ここで安心していただきたい点があります。離人感のある方では「変な感じがする。でも、実際に世界が変わったわけではないと自分でも分かっている」というように、冷静に見ている自分が保たれていることがほとんどです。「重い精神の病気になったのではないか」と怖くなる方が多いのですが、離人感そのものは、現実の判断がつかなくなっている状態とは異なると考えられています。

なお、「多重人格」の本質も、別の人間に入れ替わることではなく、あまりにつらい記憶を抱えた部分を意識から切り離すことにあります。呼び名が「解離性同一性障害」へ改められたのも、病態の中心が「解離」にあるという理解が進んだためです。

もう一方の向き——気配や視線が強く迫ってくるとき

離人感が自分から遠ざかっていく方向の変化だとすれば、解離には逆を向いた現れ方もあります。

症候学の章では、自分という感じが保たれたままで起こる切り離しが取り上げられています。この切り離しには二つの向きがあります。一方は、自分や周りを離れたところから眺めるかたちで、離人感がこれにあたります。もう一方は、その場に踏みとどまったまま、外からの刺激が強く迫ってくるかたちです。たとえば、こんな現れ方をします。

  • 部屋のなかや窓の外、扉の向こう、自分のうしろなどに人がいると強く感じる。「見られている」という感じがついて回る
  • 向かいから歩いてくる人が怖い。何かされるのではないかという感じがわいてくる
  • 音が耐えられないほどこたえる
  • 考えの断片が頭のなかにあふれる。体がこわばることもあります(フラッシュバックもこの仲間に入るもので、対処はフラッシュバックへの対処 「今・ここ」に戻るための工夫にまとめています)

この二つの向きは、同じ人のなかで入れ替わり、行き来することがよくあります。別の病気が二つあるのではなく、ひとつの解離が向きを変えて現れているのです。

こうした気配や視線の感じ方は、「そうとしか考えられない」というほどの動かしがたい確信にまでは進まないのがふつうだとされています。ただ、「たしかに誰かがいる」と感じている場合でも、困っているという事実は変わらず、相談していただく理由として十分です。

なお、音や光がこたえるという訴えは、生まれもった感覚の敏感さ(発達特性)からも起こります。同じ言葉で語られていても背景は違うので、うまく説明できなくてもそのままお伝えください。感覚の敏感さはASDの感覚過敏とは?音・光・においがつらい大人の特性と日常の工夫で扱っています。

「記憶がない」にも幅がある

解離による記憶の抜け(健忘)で多いのは、強いストレスがかかった特定の時間帯や出来事の記憶があいまいになる形です。まれに、自分の名前や生い立ちを含む生活史の記憶を広く思い出せなくなることもあります。ただし、その場合も読み書きなど身につけた知識・技能は保たれるのが特徴で、多くは時間とともに回復に向かうとされています。

一方で、突然の記憶障害には、てんかんや頭部外傷、脳や体の病気など、心理的な要因以外の原因が隠れていることもあります。「急に記憶が飛んだ」「同じ質問を繰り返していたと言われた」といった場合は、解離と決めつけず、体の面も含めた医療機関での評価を受けてください。

声が聞こえる・影が見える——「重い病気になったのでは」と怖くなったとき

解離では——とくに、いわゆる多重人格(解離性同一性障害)と呼ばれる形では——声が聞こえる、影が見えるという体験が加わることがあります。

声は頭のうちから響いてくると語られるのがふつうで、外から聞こえる場合も耳のあたりや自分のうしろなど近い場所を指します。見えるものは黒い影や人の形が多く、壁や物が迫ってくる・遠ざかっていくように感じられることもあります。

そのうえで押さえておきたいのは、声が聞こえていても影が見えていても、「外の世界で実際に起きていることではない」という見方は保たれている、という点です。とはいえ、確信の度合いがどうであっても、困っているという事実は変わりません。感じているままをお話しいただければ大丈夫です。

統合失調症でも声が聞こえることがあり、気になる方は多いと思います。見分けの手がかりは診察のなかで医師が確かめていく観点で、ご自分で当てはめて結論を出す必要はありません。どの状態にあたるかの判断は、医師が診察のうえで行います。 声の聞こえ方は幻聴とは?——聞こえ方・本人の体験・周囲ができることでくわしく扱っています。

なぜ解離は起こるのか 「逃げられない苦痛」からの避難

解離には、もともと意味があります。あまりにつらい状況に置かれ、物理的にその場から逃げ出せないとき、せめて心だけでもその場から距離をとる——「これ以上ここにとどまったら、自分がもたない」という極限の状況で、心が自分を守るために働かせるのが解離です。心の弱さではなく、追いつめられた状況を生きのびるための、よくできた防御反応なのです。

繰り返すつらさのなかで、解離が「上手」になっていく

虐待などのように、つらい体験が逃げられない状況で長く繰り返されると、心は何度も解離を使って自分を守ろうとします。すると解離がだんだん「上手」になり、やがて強い苦しさを感じると、ほとんど自動的に、本人が意図しないうちに起こるようになることがあります。これも、つらい環境を生きのびるために身につけた自己防御の力であり、解離が起こること自体を「だめなこと」と決めつける必要はありません。

自傷との関係 「痛みたい」のではなく「心の痛みを忘れたい」

自傷は「痛みを感じたいのだろう」と受け取られがちですが、実際にはその多くは「ぼうっとして、心の痛みを忘れたい」という動機で起こると言われています。圧倒されるほどのつらい感情からひととき逃れようとする試み——解離を起こすためのきっかけづくりという意味を持つことが少なくありません。

このことを知っておくと、関わり方が変わります。事情を知らずに「自分を傷つけるのはやめなさい」とだけ伝えても届きにくく、むしろ「つらさをわかってもらえない」と感じさせて孤立を深めてしまうことすらあります。背景にある「逃れたいほどのつらさ」に目を向けることが、最初の一歩になります。

どこからが「症状」なのか 生活に支障が出る境目

解離が防御反応なら、そのままにしておいてよいのか——境目は、いまの生活に合っているかどうかにあります。本当に危険な状況のなかでなら、解離は自分を守る役に立ちます。問題になるのは、危険が去った後の、安全な日常でも解離が起こるようになったときです。ちょっとしたストレスのたびにぼうっとしてしまう、大事な場面の記憶が抜けてしまう——仕事や勉強、人とのつき合いに支障が出るようになったら、「症状」として手当てを考える段階です。たとえるなら、戦いが終わって平和な時代が来ているのに、心と体だけがまだ「戦時下」のままで動き続けている状態です。

自動的に起こる解離は、「気のもちよう」や本人の意志だけで止めるのは難しいものです。だからこそ、ひとりで抱えこまずに相談していただきたいのです。どこからが治療を考える段階かの判断は、医師が行います。

なお、いまも暴力を受けている、あるいは強く支配される関係が続いている場合、この「境目」の話は当てはまりません。危険がまだ去っていないのですから、「安全な日常なのに解離が出る」という条件で考える必要はなく、その状況のほうを、解離への手当てとあわせて先にご相談ください。

その場でできる工夫 「いま・ここ」に感覚を戻すグラウンディング

ぼうっとしてきた、現実感が薄れてきた——そんなときの対処として、「グラウンディング」と呼ばれる方法が知られています。地面(ground)に足をつけるように、注意を「いま・ここ」の五感に戻す工夫です。

  • 足の裏が床に触れている感覚に注意を向ける。足踏みをしてみる
  • 冷たい水で手を洗う、冷たいペットボトルを握るなど、はっきりした感覚を使う
  • 目に見えるものを5つ、聞こえる音を4つ、触れられるものを3つ……と順に挙げていく
  • 「今日は〇月〇日、ここは〇〇、私は〇〇」と、いまの状況を声に出して確認する
  • ゆっくり息を吐くことから始めて、呼吸のペースを整える

コツは、解離と正面から闘おうとしないことです。「消さなければ」と力むほど、かえって症状にとらわれてしまいます。「また心が守りに入ったんだな」と受け止めて、五感を手がかりにゆっくり戻ってくる——余裕のあるときに練習しておくと、いざというとき使いやすくなります。解離は睡眠不足や疲労が重なったときに起こりやすくなるので、睡眠と休息の確保も大切な土台です。

周囲の人ができること 無理をさせず、安心を届ける

会話の途中で急にぼうっとしている、話が入っていないように見える、反応が薄い——身近な方のこうした様子は、強い負荷がかかって解離している可能性があります。問い詰めたり、急いで答えを求めたりするのは逆効果になりがちです。負荷を減らし、「ここは安全だ」と感じてもらうことが、もっとも適切な関わりになります。

  • 「しっかりして」と急かさず、まず落ち着ける状況をつくる
  • 一度にたくさんのことを聞かず、ゆっくり待つ
  • 「答えなくて大丈夫だよ」「ここにいるよ」と、安心を言葉にして伝える
  • 落ち着いてから、「よかったら、どう感じたか教えてね」と気持ちをたずねる

様子がいつもと違うと感じたら、軽く受け流さず、そっと気持ちにふれてみてください。

受診の目安

以下に当てはまるものがあれば、一度ご相談ください。

  • 危険のない日常でも、ぼうっとして記憶が飛ぶことが繰り返し起こる
  • 大事な場面の記憶が抜けてしまい、生活や仕事に支障が出ている
  • 「自分を外から見ている」「現実感がない」感覚が続いてつらい
  • 「うしろに人がいる」「見られている」という感じが強く、外出や家での時間がつらい
  • 声が聞こえる、影が見えることがあり、自分でも戸惑っている
  • いまも暴力を受けている、強く支配される関係が続いていて、そのなかで上のような感じ方が起きている
  • つらさから逃れるために自傷をしてしまうことがある
  • ご家族など身近な人が、急にぼうっとする・反応が薄くなることが増えて心配

「これくらいで受診してよいのだろうか」と迷う必要はありません。困っているという事実そのものが、相談してよい理由です。診察では、どんな場面で起こりやすいか、どのくらい続くか、その間の記憶はどうか、睡眠や疲労の状態、飲んでいる薬などをうかがいながら、体の要因も含めて一緒に整理していきます。「自分でもうまく説明できない変な感じがある」と、そのまま伝えていただければ十分です。

なお、突然の激しい記憶障害や、意識がもうろうとする状態、けいれんなどを伴う場合は、心の問題と決めつけず早めに医療機関を受診してください。また、自分や誰かを傷つけるようにと促す声が聞こえるとき、自傷の衝動が抑えられないときは、様子を見ずに主治医に連絡するか、差し迫っているときは救急(119)に連絡してください。

まとめ

解離は、逃げられない苦痛から心を守るために働く防御反応です。危険が去ったあとの日常でも自動的に起こり、記憶や生活に支障が出るようになったときが、手当てを考える境目です。

離人感、気配や視線、声や影など、現れ方が違っても、困っていること自体が相談する理由になります。解離を無理に消そうとするのではなく、安全を取り戻しながら、少しずつ折り合っていくことが大切です。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 対人関係療法でなおす トラウマ・PTSD
  • 精神科診療におけるたとえ話の効用
  • 精神症候学
  • 精神科シンプトマトロジー
  • 対話で学ぶ精神症状の診かた
  • 知っておきたい稀な精神症候・症候群

よくある質問

解離があると「多重人格」ということですか?

いいえ、必ずしもそうではありません。解離は「ぼうっとする」「現実感がない」「記憶があいまい」といった軽いものから、いわゆる多重人格と呼ばれる状態まで、幅の広い現象です。多くの方が経験するのは軽い段階のもので、特殊なことではありません。診断は医師が行います。

自傷をしてしまうのは、痛みを感じたいからですか?

「痛みたい」というより、「ぼうっとして心の痛みを忘れたい」という理由のことが多いと言われています。つらい感情からひととき逃れようとする試みであることが少なくありません。責めるより、背景にあるつらさに目を向けることが大切です。

家族がぼうっとして反応が薄いとき、どうすればいいですか?

強い負荷がかかって解離している可能性があります。無理に話を続けさせたり問い詰めたりせず、まずは安心できる状況をつくってあげてください。落ち着いてから、よければ気持ちを聞かせてね、と伝えるくらいがちょうどよいことが多いです。

「うしろに人の気配がする」「影が見える」というのも解離と関係がありますか?

関係していることがあります。解離を論じた症候学の章では、自分という感じが保たれたまま切り離される形について、自分から遠ざかっていく向きと、逆に外からの刺激が強く迫ってくる向きの二つが挙げられており、気配や視線を強く感じるのは後者にあたります。また、これとは別に、解離では声が聞こえたり影が見えたりすることもありますが、その場合も「実際に起きていることではない」という見方は保たれていると書かれています。ただし、確信の度合いがどうであっても、困っているという事実は変わりません。似た訴えは別の病気でも起こりますので、どの状態にあたるかの判断は医師が診察のうえで行います。

解離は治るのでしょうか?

解離はもともと意味のある反応なので、「悪いものを消す」というより、安全を実感しながら少しずつ折り合っていくものだと考えると分かりやすいです。時間はかかることもありますが、ご自分のペースで前に進んでいけます。経過や対応は人によって違うため、医師と相談しながら進めます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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