福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

つらいできごとを体験したあと、こんな状態が続いていませんか。

  • ふとした瞬間に、あのときの場面が勝手によみがえって苦しくなる
  • 関係のある場所や人を、できるだけ避けて暮らしている
  • ちょっとした物音にもビクッとして、なかなか気が休まらない

そして「もう終わったことなのに、なぜ自分はこんなに引きずっているのだろう」「これくらいで参っているなんて情けない」と、ご自分を責めてしまってはいないでしょうか。

まず知っていただきたいのは、こうした反応は決してあなたが弱いからでも、おかしいからでもない、ということです。強い恐怖を体験した心と体が、自分を守ろうとして起こしている反応であることがほとんどです。

PTSD(心的外傷後ストレス障害。命にかかわるような強い恐怖体験のあとに続く心の不調)の症状は、大きく3つのグループに分けて整理されています。**再体験症状・回避麻痺症状・過覚醒症状(覚醒亢進症状)**の3つです。この記事では、それぞれがどんなものかを具体例つきで説明し、「なぜこの反応が続くのか」という見方をお伝えします。診断は医師が行いますが、自分の状態を言葉にする手がかりにしていただければと思います。

その1 再体験症状 ― 過去がくり返しよみがえる

再体験症状は、トラウマとなったできごとが、終わったはずなのに「今ここで」くり返しよみがえってくる症状です。PTSDに特徴的な症状で、ほかの病気ではあまり見られないといわれます。

つらいのは、その苦しさの強さだけではありません。自分が望んでいないときに、勝手に、突然現れてくるという点も大きな苦しみになります。代表的なものを挙げます。

  • フラッシュバック:きっかけもなく、あるいは似た場面に触れたとたん、突然そのできごとの現場に引き戻されたように感じる
  • 悪夢:そのできごとそのものの夢だけでなく、登場人物や状況が入れ替わった、同じようなテーマの怖い夢を見る
  • においや身体反応だけの再現:はっきり「思い出す」という形でなくても、特定のにおいや、動悸・体のこわばりといった体の反応だけがよみがえることもある
  • 解離性フラッシュバック:「思い出す」レベルを超えて、今まさに体験しているかのような状態になる。意識がその場から離れてしまい、周りから話しかけられても反応できないこともある

たとえば、思いがけず刃物を向けられる事件にあった男性が、それ以来くり返し悪夢にうなされ、加害者を思い出させるような人を見ると体が反応してしまう、というように現れます。これは「思い出したくて思い出している」のではなく、心と体が勝手に起こしている反応です。

その2 回避麻痺症状 ― 避ける・感じにくくなる

回避麻痺症状は、トラウマを思い出させるものを避けようとしたり、感情や関心が乏しくなったりする症状です。ここでいう変化は、トラウマ以前にはなかったものを指します。

この症状でつらいのは、激しい苦痛そのものよりも、だんだん生活の幅が狭まっていくことにあります。苦しい場面を避ければ、その場の苦痛は減りますが、その分できることが減り、楽しみが失われていきます。具体的には次のような形をとります。

  • 場所や人、話題を避ける:そのできごとを思い出させる場所・人・会話を、できるだけ避けようとする
  • 関心や活動の減退:今まで打ち込めていた仕事や趣味への興味が薄れ、人と疎遠になっていく
  • 感情の幅が狭まる:うれしい・愛おしいといった感情も感じにくくなり、「いつもぼうっとしている」ような状態になる。自分のつらい体験すら、感情をこめずに淡々と語るようになる人もいる
  • 未来が短縮した感覚:「自分が長く生きていく姿が、どうしても想像できない」という予感のようなもの。死にたい気持ちとは別に、結婚や仕事といった将来の話を「自分には関係ない」と感じてしまう

ここで大切なお伝えしたいことがあります。トラウマのできごとそのものをよく覚えていない、という「記憶の欠落」自体も、れっきとした症状の一つだと考えられている点です。覚えていないから影響がない、ということではありません。むしろ、その人がトラウマの影響のもとにあることを示すサインととらえられています。記憶がうまくつながらないことを、どうかご自分の責任のように感じないでください。

その3 過覚醒症状 ― 警戒スイッチが入りっぱなし

過覚醒症状(覚醒亢進症状)は、心と体が常にピリピリと張りつめ、緊張がゆるまない状態です。体だけでなく、周りの人に対しても気が張ってしまうのが特徴です。

  • 不眠:寝つきが悪い、眠りが浅い
  • イライラや怒りの爆発:ちょっとしたことで強く腹が立ち、自分でも抑えにくい
  • 集中困難:気が散ってしまい、仕事や家事に手がつかない
  • 過度の警戒:周囲につねに注意を張りめぐらせ、気を抜けない
  • 過剰な驚愕反応:たいした刺激でなくても、大きな音などにものすごく驚いてしまう

たとえば、暴力被害にあった女性が、職場の男性が近くを通るだけで体が震え、上司から声をかけられただけで体がこわばって話の内容が頭に入らない、という形で現れることがあります。本人にとっては、ゆるめようと思ってゆるめられるものではありません。

なぜ続くのか ― 「戦時下」の反応が「平時」にも続いている

ここまで読んで、症状の多さに不安になった方もいるかもしれません。ですが、これらの症状は、それ自体が「異常」や「病的な何か」というわけではありません。

強い恐怖を体験した直後には、多くの人にこうした反応が現れます。それは、危険な状況を生き延びるために、心と体が起こす適応反応だと考えることができます。

「次にまたいつ傷つけられるかわからない」という状況では、生き物としての私たちは当然、身を守ることに全力を注ぎます。眠りこんだり何かに没頭したりすれば、その隙に「敵」にやられてしまうかもしれない。だから眠れなくなり、集中しにくくなる。危ない場所には近づかず、人にも心を許さなくなる。びくっと驚くのも、危険にすばやく気づくため。つらい記憶がくり返しよみがえるのも、「危険を忘れないため」と見ることができます。本当に危険が差し迫っている状況なら、これらはとても理にかなった、役に立つ反応なのです。

問題は、その反応が今の状況に合わなくなっていることです。すでに戦いは終わって平和な時間が来ているのに、いわば「戦時下」の暮らし方が続いてしまっている。これがPTSDの症状が長引いている状態です。本来は身を守るための反応が、平時の日常では生活の幅を狭め、人とのつながりを難しくしてしまうのです。

裏を返せば、回復に向かう道のりは「もう今は戦時下ではなく、平時なのだ」と心と体が実感していくこと、ともいえます。これは一人で気合いで切り替えるものではなく、安全を取り戻していく過程で、専門家とともに少しずつ進めていけるものです。

受診の目安

以下に当てはまるものがあれば、医療機関への相談を検討してみてください。

  • つらい体験のあと、再体験・回避麻痺・過覚醒のような状態が1か月以上続いている
  • そのために、仕事・家事・学業・人づき合いなどの生活に支障が出ている
  • 不眠やイライラ、フラッシュバックなどで、自分が消耗していると感じる
  • つらい記憶がうまく思い出せず、不安を感じている
  • 「自分が悪い」「弱いからだ」と、ご自分を責めてしまっている

期間や程度にかかわらず、「つらい」と感じることそのものが、相談してよい理由になります。

まとめ

PTSDの症状は、再体験・回避麻痺・過覚醒の3つのグループに整理されます。記憶がうまく思い出せないこと自体も、症状の一つと考えられています。これらの多くは、危険を生き延びるための適応反応が、平時になっても続いている状態と見ることができます。だからこそ、ご自分を責める必要はありません。当てはまる点があれば、それは弱さではなくサインです。診断と治療は医師がともに考えていきます。今の状態を一人で抱えず、まずは安心して話せる場で、その一歩を踏み出していただければと思います。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 水島広子『対人関係療法でなおす トラウマ・PTSD』

よくある質問

トラウマのできごとをよく覚えていません。それでもPTSDのことはあるのでしょうか。

はい、ありえます。つらい記憶がうまく思い出せない「記憶の欠落」そのものが、PTSDの症状の一つと考えられています。覚えていないから問題が小さい、ということではありません。気になる場合は一度ご相談ください。

症状はどれくらい続いたら受診を考えたほうがよいですか。

つらい体験のあと、再体験・回避麻痺・過覚醒のような状態が1か月以上続き、仕事や生活に支障が出ているときは、受診を検討する一つの目安とされています。期間が短くても、生活がつらいと感じるなら相談して問題ありません。

自分の症状がPTSDかどうか、この記事で判断できますか。

この記事は自分の状態を理解する手がかりにしていただくものです。診断は、経過や背景を含めて医師が行います。当てはまる点があると感じたら、自己判断で決めつけず、医療機関でご相談ください。

症状を家族に話してもわかってもらえない気がします。

感情の幅が狭まると、つらさを淡々と語ってしまい、周りに深刻さが伝わりにくいことがあります。うまく言葉にできないのは自然なことです。受診の際は、この記事の3つのグループを手がかりに「当てはまるもの」を伝えていただくだけでも十分です。

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

WEB予約