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はじめに

テレビをつければ感染症の流行、災害、ワクチンの話題。スマートフォンを開けば、次から次へとニュースの通知が届く。「打ったほうがいいのか、打たないほうがいいのか」「自分や家族は大丈夫だろうか」。気づけば同じことをぐるぐると考えていて、夜になっても頭が休まらず眠れない――。そんな状態が続いていませんか。

たとえば、こんな毎日です。信頼できそうな情報を探しているうちに、まったく逆のことを言っている記事を見つけてしまう。どちらが正しいのか判断できないまま、不安だけが大きくなる。新聞を開いても内容が頭に入らず、家の中をなんとなくうろうろしてしまう。落ち着かなくてイライラし、家事や仕事が手につかない。

こうした状態は、決してあなたの心が弱いからでも、気の持ちようの問題でもありません。先が見えない危険や、相反する情報があふれる状況では、不安が強まるのはむしろ自然な反応です。そして、同じように悩んでいる方は、あなただけではありません。

この記事では、なぜ感染症や災害の情報で不安が募りやすいのか、なぜ同じ心配を繰り返してしまうのか、その仕組みをやさしく説明します。そのうえで、情報と上手に距離をとる工夫や、相談したほうがよい目安についてもお伝えします。読み終えるころには、「自分の不安とどう向き合えばよいか」のヒントが見つかるはずです。

なぜ情報があふれる時代に不安が膨らむのか

感染症や災害、ワクチンといった話題が不安を呼びやすいのには、いくつかの理由があります。

ひとつは、これらの危険が「目に見えない」ことです。ウイルスや放射線、これから起こるかもしれない災害は、形が見えないぶん、想像のなかでふくらみやすくなります。「もし自分が感染したら」「もし重症になって入院できなかったら」と、まだ起きていないことを先取りして恐れてしまうのです。

もうひとつは、情報そのものの量です。連日のテレビ報道やインターネットには、感染症や災害に関する情報があふれています。確かで正確な情報もあれば、誤った情報も混ざっています。世界中の情報に簡単に触れられる便利さの裏側で、一日じゅう情報にさらされ続けることで、かえって不安が強まってしまうことがあります。

不安というのは、本来、危険から身を守るために備わった大切な働きです。けれども、刺激が次々と入り続けると、その働きがいわば「鳴りっぱなしの警報」のようになり、休まる時間がなくなってしまいます。情報が多すぎる現代は、もともと心配しやすい人にとって、不安のスイッチが入りやすい環境だといえます。

相反する情報のあいだで「ぐるぐる」が止まらなくなる

情報過多がつらさにつながりやすいもうひとつの理由が、「相反する情報」の存在です。

たとえばワクチンひとつをとっても、「打ったほうがよい」という情報と、「打たないほうがよい」という情報の両方が目に入ってきます。「打たなかった人が重症になった」と聞けば打たないことが心配になり、「副反応がつらい」「かえって体に悪い」と聞けば打つことが心配になる。どちらに転んでも不安が残り、判断ができないまま、同じ心配を頭のなかで何度も繰り返してしまうのです。

こうして特定の答えにたどり着けないまま、漠然とした不安が長く続く状態を、専門的には「全般性不安症(GAD:generalized anxiety disorder)」と呼ぶことがあります。GADは、不眠や集中しづらさ、体の緊張などを伴いながら、慢性的に心配が続くのが特徴です。心配の中身が次々と移り変わるのも、よくみられる特徴のひとつです。

考えても答えが出ないのに考えるのを止められず、夜になっても同じことをぐるぐると考えて眠れない。これは「気にしすぎ」の一言で片づけられるものではなく、不安が空回りしているサインかもしれません。

心配を持ち続けると、さらに心配しやすくなる悪循環

ここで知っておいていただきたい大切なことがあります。それは、心配を持ち続けると、かえって心配しやすくなってしまうという仕組みです。

不安や心配を抱えたままでいると、心は危険に対して敏感な状態が続きます。すると、ささいなニュースや、ふだんなら気にならない情報にまで反応しやすくなり、新たな心配が次々と生まれてきます。心配がさらに心配を呼び、その積み重ねでまた敏感になる――こうして、不安が不安を育てる悪循環ができあがってしまうのです。

「自分の意志が弱いから心配がやめられない」と感じる方もいますが、そうではありません。心配し続けること自体が、不安を感じ取る感受性を高めてしまうのです。だからこそ、気力だけでこの循環から抜け出そうとすると、我慢を重ねるばかりで、かえってつらくなってしまうことがあります。

逆にいえば、この悪循環は、いくつかの工夫や、必要に応じた治療によって、ゆるめていくことができます。不安をうまくコントロールできるようになると、循環がほどけて、暮らしが少しずつ楽になっていく可能性があります。

情報と上手に距離をとる工夫

では、情報に振り回されないために、日常でどんな工夫ができるでしょうか。ここでは、無理なく始められるものをいくつかご紹介します。

信頼できる情報源を絞る

まず大切なのは、情報源を絞ることです。あれもこれもと見て回るのではなく、公的機関の発表や、信頼できると感じる少数の情報だけに絞り、それ以外は思いきって取捨選択する。実際に、「信用できる情報だけを信じるようにしたら、気持ちが落ち着いた」という方もいます。すべての情報に目を通そうとしないことが、不安を減らす助けになります。

情報に触れる時間と量を区切る

次に、情報に触れる時間と量に区切りをつけることです。一日じゅうニュースを追いかけるのではなく、「見るのは朝と夕方の数分だけ」と決めておくと、不安が休まる時間が生まれます。特に、眠る前にスマートフォンで情報を追うのは、考えごとが頭を占めて眠りをさまたげやすいので、控えめにするのがおすすめです。

「心配」と「できていること」を分けて眺める

不安なときほど、心配ばかりに目が向きがちです。けれども、不安を抱えながらも、ご飯を作れている、仕事に行けている、といった「できていること」は、必ずどこかにあります。心配と、いま現にできていることを切り分けて眺めてみると、不安に占領されすぎずにすむことがあります。

なお、これらの工夫はあくまで不安をやわらげる手助けであり、すべてを解決するものではありません。試してみてもつらさが続く場合は、無理をせず、次にお伝えする相談の目安を参考にしてください。

もともと心配性・不安症の傾向がある人で強く出やすい

同じように情報に触れても、不安の出かたには個人差があります。なかでも、もともと心配性の傾向がある方や、これまでに不安症を経験したことがある方は、情報過多が引き金になって不安が強く出やすい傾向があります。

たとえば、ふだんから家族の健康や将来のことを人一倍気にかけてきた方が、感染症の流行をきっかけに、それまで以上に強い不安にのみ込まれてしまう。これは、心配しやすいという性質に、目に見えない危険と情報過多という条件が重なって起こることで、決して珍しいことではありません。

「自分は昔から心配性だから仕方ない」と感じている方もいるかもしれません。けれども、心配性という性質と、生活に支障が出るほどの不安とは、地続きでありながら別のものです。性格だから、とあきらめてしまう前に、いまの状態が日常生活にどれくらい影響しているかを、一度立ち止まって振り返ってみてください。

受診の目安

以下のような状態が続くときは、無理をせず、一度ご相談ください。

  • 心配で落ち着かず、同じことをぐるぐる考えて眠れない日が続いている
  • 新聞やニュースを読んでも内容が頭に入らず、集中できない
  • 不安やイライラから、家事や仕事が手につかない
  • 動悸や息苦しさ、疲れやすさなど、体の不調が続いている
  • 情報に触れる時間を減らしても、不安がやわらがない
  • 周囲の人に当たってしまうなど、人間関係にも影響が出てきている

これらは、不安が一人で抱えきれる範囲を超えてきているサインかもしれません。当てはまるものがあれば、相談はけっして大げさなことではありません。

まとめ

感染症や災害、ワクチンといった話題で不安が募り、同じことを繰り返し考えて眠れなくなるのは、目に見えない危険と、相反する情報があふれる時代では起こりやすいことです。心配を持ち続けると感受性が高まり、さらに心配しやすくなる――この悪循環を、性格や気力のせいだと責める必要はありません。

信頼できる情報源を絞り、情報に触れる時間と量を区切る。そして、不安を抱えながらもできていることに目を向ける。こうした工夫に加えて、周囲の方のサポートや、必要に応じた治療によって、不安は少しずつコントロールしていくことができます。

「考えすぎかもしれない」と感じても、つらさが続くなら、それは相談してよいサインです。一人で情報の波にのまれてしまう前に、どうか気軽に専門家を頼ってください。落ち着いて暮らせる毎日は、きっと取り戻せます。


参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 精神科臨床ライブ 精神科治療学 増刊号
  • 精神症候学

よくある質問

ニュースや感染症の情報で不安になりやすいのは、心が弱いからですか?

いいえ、心の強さの問題ではありません。先の見えない危険や、相反する情報があふれる状況では、不安を感じやすいのはむしろ自然な反応です。ただ、その不安が長く続いて生活に支障が出るときは、相談していただくと安心です。

情報を見ないようにすれば不安はおさまりますか?

情報に触れる時間や量を区切ることは、不安をやわらげる助けになります。ただ、いったん強まった不安が情報を遮断しても消えにくい場合もあります。眠れない、家事や仕事が手につかない状態が続くときは、一度ご相談ください。

同じことばかりぐるぐる考えてしまうのは、病気でしょうか?

考えても答えが出ないのに心配を繰り返してしまう状態は、不安が空回りしているサインのことがあります。それが病気にあたるかどうかは、生活への影響や続いている期間などを含めて、医師が診察のうえで判断します。気になるときは、ご自身で決めつけずにご相談ください。

何科を受診すればよいですか?

不安や不眠、考えがぐるぐる止まらないといった心の不調が中心であれば、精神科や心療内科が適しています。動悸や息苦しさなど体の症状が強い場合は、まず内科で体の病気がないか確認してから受診すると安心です。診断は医師が行います。

受診したら必ず薬を飲むことになりますか?

必ずしもそうではありません。まずはお話をていねいに伺い、状態に応じて、生活の工夫や考え方の整理から始めることもあります。必要と判断された場合に、ご本人と相談しながら治療の方法を一緒に決めていきます。

関連する病気の説明

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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