はじめに
電車の中や人混みで、急に「息がうまく吸えない」「胸が苦しい」と感じて不安になったことはありませんか。あるいは、心配ごとが続いている日は、気づくと呼吸が浅く速くなっていて、手や口の周りがしびれてくる――そんな経験をされる方もいらっしゃいます。
「自分の体がどうにかなってしまうのでは」と怖くなりますが、こうした息苦しさは、不安や緊張と呼吸が結びついて起こる、決してめずらしくない反応です。あなただけが弱いわけでも、おかしいわけでもありません。
この記事では、なぜ不安なときに呼吸が乱れて苦しくなるのか、その仕組みをやさしく説明し、「がんばって吸う」よりも「ゆっくり吐く」ことが大切な理由をお伝えします。そのうえで、日常のなかで無理なく続けられる呼吸の整え方と、自分がリラックスできる行動の見つけ方を、医療機関の立場からご紹介します。
なぜ不安になると、かえって息が苦しくなるのか
不安や緊張が高まると、体は「身構えた」状態になります。心臓がどきどきし、汗が出て、呼吸も速く浅くなります。これは危険に備えるための自然な反応です。
ところが、呼吸が必要以上に速くなると、思わぬことが起こります。息をたくさん吐きすぎることで、血液のなかの状態(酸とアルカリのバランス)が一時的にかたより、かえって体に不快な症状が出てくるのです。これは「過呼吸(過換気)」と呼ばれる状態で、手足や口の周りのしびれ、めまい、胸の苦しさ、さらに息苦しさが強まるといった形で現れます。
つらいのは、こうした症状そのものが「もっと息を吸わなければ」という焦りを生み、ますます呼吸が速くなる、という悪循環に入りやすいことです。「苦しいから速く吸う → よけいに苦しくなる」という流れにはまってしまうのですね。
ですから、この悪循環をやわらげるには、「もっと吸おう」とするのではなく、いったん呼吸のペースをゆるめてあげることが鍵になります。
強い息苦しさや胸の痛み、繰り返す発作がある場合は、心臓や肺など体の病気が隠れていないかの確認も必要です。自己判断せず、まずは医療機関にご相談ください。
「大きく吸う」より「ゆっくり吐く」を意識する理由
不安なときほど、私たちはつい「深呼吸しなきゃ」と大きく息を吸い込もうとします。けれども、すでに呼吸が速くなっているときに大きく吸い足すと、かえって過呼吸の状態を強めてしまうことがあります。
そこで意識していただきたいのが、吸うことよりも「ゆっくり、長く吐く」ことです。
息をゆっくり吐いていくと、呼吸全体のペースが自然とゆるみます。吐く息に時間をかけるあいだ、体は少しずつ「もう急がなくていい」というモードに切り替わっていきます。無理に吸おうとしなくても、吐ききれば、息は自然と入ってきます。
ポイントは「吸う:吐く=短め:長め」のイメージを持つことです。たとえば軽く鼻から吸って、その倍くらいの時間をかけて、口からそっと吐く。数を厳密に数える必要はありません。「吐くほうを少しゆっくり」と思うだけで十分です。
落ち着いて取り組める、呼吸の整え方の手順
ここでは、無理のない範囲で試せる呼吸の整え方をご紹介します。あくまで一つの目安ですので、ご自分が楽だと感じるやり方に調整してかまいません。
1. 楽な姿勢をとる
椅子に腰かけても、横になってもかまいません。肩の力を抜き、お腹に軽く手を当てると、呼吸の動きを感じやすくなります。
2. まず、ゆっくり吐く
吸うことより、吐くことから始めます。口をすぼめて、ろうそくの火をそっと揺らすくらいの細い息で、ゆっくり吐いていきます。
3. 力を抜いて、自然に吸う
吐ききったら、力を抜いて、鼻から自然に息が入ってくるのを待ちます。無理に大きく吸い込まなくて大丈夫です。
4. これを数回くりかえす
「吐く → 自然に吸う」をゆったり数回くりかえします。途中でめまいや手のしびれを感じたら、いったん休んで、普通の呼吸に戻してください。我慢して続ける必要はありません。
うまくできなくても問題ありません。「呼吸を整えよう」と意識を向けること自体が、焦りからいったん距離を置く助けになります。
呼吸法は「発作を止める魔法」ではなく、日頃の練習
ここで一つ、大切なことをお伝えします。呼吸法は、いざ苦しくなった瞬間にスイッチのように発作を止める「魔法」ではありません。
実際、強い不安や息苦しさのまっただ中では、呼吸どころではないと感じるのが普通です。だからこそ、落ち着いているときに、あらかじめ繰り返して体に慣らしておくことが大切になります。
スポーツや楽器の練習と同じで、平常時に何度もやっておくほど、いざというときに「いつものあれをやってみよう」と手が届きやすくなります。呼吸の整え方は、効果をすぐに約束するものではありませんが、日々の練習を重ねた「お守り」として、少しずつ心強い味方になっていきます。
うまくいく日もいかない日もあって当然です。できなかったご自分を責める必要はまったくありません。
自分がリラックスできる行動を見つける
呼吸を整えることと並んで大切なのが、ふだんの暮らしのなかに「ほっとできる時間」を持っておくことです。
慢性的に心配が続くと、家にいてもなかなかくつろげず、神経が張りつめたままになりがちです。「横になっていても、ゆっくりリラックスできない」と感じる方も少なくありません。そんな状態がずっと続くと、不安の予兆を感じても、自分をゆるめるすべが見つけにくくなってしまいます。
そこで役立つのが、自分なりに「これをすると少し落ち着く」という行動を見つけておくことです。たとえば次のようなものです。
- ゆっくり散歩をする、外の空気を吸う
- ぬるめのお湯にゆったり入浴する
- 好きな音楽を聴く、温かい飲み物を飲む
- 軽いストレッチで体の力をゆるめる
何が合うかは人それぞれです。「これでなければいけない」という正解はありません。試してみて、自分が少し楽になれる行動を、いくつか持っておくと安心です。不安の芽に早めに気づき、自分をゆるめる行動につなげていく――この積み重ねが、長い目で見て心の余裕を育ててくれます。
受診の目安
以下に当てはまる場合は、早めに医療機関へご相談ください。
- 強い息苦しさや胸の痛み、激しい動悸を繰り返している
- 息苦しさやしびれの発作が何度も起こり、外出や生活に支障が出ている
- 体の病気が心配で、まだ内科などで調べてもらっていない
- 不安や緊張が長く続き、家にいても気が休まらない・眠れない
- セルフケアを試してみても、つらさが軽くならない
「これくらいで受診していいのかな」とためらう必要はありません。早めの相談が、回復への近道になることがよくあります。診断や治療方針は医師が一緒に考えていきます。
まとめ
不安なときに息が苦しくなるのは、不安と呼吸が結びついて起こる、よくある反応です。大きく吸おうとするより「ゆっくり長く吐く」ことを意識すると、呼吸は落ち着きやすくなります。呼吸法は発作を止める魔法ではなく、日頃の練習で少しずつ身につけていく「お守り」です。あわせて、散歩や入浴など自分がほっとできる行動を持っておくと、心の余裕が育ちます。つらさが続くときや息苦しさが強いときは、どうか一人で抱え込まず、早めにご相談ください。あなたのペースで、少しずつで大丈夫です。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神症候学(第2版)
- 精神科臨床ライブ 精神科治療学 増刊号
よくある質問
不安なときは深く大きく息を吸ったほうがいいですか?
がんばって大きく吸い込むと、かえって呼吸が速くなり苦しさが増すことがあります。意識していただきたいのは「ゆっくり長く吐く」ことです。吐く息に時間をかけると、自然と呼吸が落ち着きやすくなります。
呼吸法をやれば不安の発作はすぐ止まりますか?
呼吸法は「発作を止める魔法」ではありません。日頃から少しずつ練習して体に慣らしておく「お守り」のようなものです。落ち着いているときに繰り返しておくと、いざというときに使いやすくなります。
息苦しさが続くときは何科に行けばよいですか?
息苦しさが強い、何度も繰り返す、胸の痛みや動悸を伴うといった場合は、まず体の病気がないかの確認が大切です。内科などで体に異常がないと分かったうえで不安が続くなら、精神科や心療内科にご相談ください。診断は医師が行います。
練習しても、なかなかうまくできません。
うまくできなくても大丈夫です。最初から完璧にできる方はほとんどいません。「吐くほうを少しゆっくり」と意識するだけでも十分です。続けるうちに少しずつ慣れていきます。