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鏡を見るのがやめられない朝

朝、家を出るまでに何度鏡を見たでしょうか。角度を変え、照明を変え、スマホのインカメラでも確かめる。それでも「やっぱりここが気になる」という結論はいつも同じで、確認するたびに気分が沈んでいく。それなのに、やめられない。電車の窓に映った自分の顔を見て、その日一日の気分が決まってしまうこともあります。

まわりに話すと「全然おかしくないよ」「気にしすぎだよ」と言われます。でも、その言葉では楽になれません。自分の目にはたしかに見えていますし、ほかの人の顔や体と比べると、差ははっきりしているように感じます。それなら直すしかない、と美容皮膚科や美容外科の情報を調べ始めるのは、自然な流れだと思います。

ところが、施術を受けても気持ちが晴れない方がいます。いったんはほっとしても、しばらくすると別の場所が気になり出す。あるいは、施術した場所そのものが「前よりひどくなった」ように見えてくる。何度か繰り返すうちに、「自分は何をしても満足できないのでは」という疲れに変わっていきます。

この繰り返しの背景にあるのが、醜形恐怖症(身体醜形症)です。苦しさのもとが外見そのものではなく、外見の欠点に向かう注意の「とらわれ」にあるとしたら、外見を変えるだけでは、いちばん苦しいところに手が届きません。この記事では、とらわれの仕組みと、効果が確かめられている治療についてお話しします。

「欠点が見えている」のは本当のこと

醜形恐怖症は、まわりから見るとないか、あってもごく軽い外見の特徴に強くとらわれ、日々の生活に支障が出ている状態です。DSM-5でもICD-11でも、強迫症と同じグループ(強迫症および関連症群)に分類されています。

大切なのは、本人の苦しみが「思い込み」の一言で片づけられるものではない、という点です。治療を受ける前は、大半の方が「自分に見えている欠点は、たぶん正しい」「間違いなく正しい」と感じています。3割強の方は、まったく疑いなく確信しています。確信の強さに差があっても、同じ病気として扱います。つまり、「本当に欠点があると思っている」こと自体が醜形恐怖症のよくある姿で、気づきが足りないわけでも、感覚がおかしいわけでもありません。

気になる場所として多いのは、肌(にきびの跡、しわ、色むら)、髪(薄さ、量)、鼻の形や大きさなどです。ひとつではなく、いくつもの場所を気にしている方が多く、生涯では3〜6か所ほどにのぼるとされています。ある時期は鼻、しばらくすると肌、その次は髪。気になる場所がこうして移り変わるのは、とらわれの中心が「特定の場所」ではなく「注意の向き方」にあると考えると、わかりやすくなります。

一日の時間がとらわれに吸い込まれていく

とらわれに使う時間は、平均で1日3〜8時間と報告されています。そのあいだずっと鏡の前にいるわけではありません。頭のなかで欠点のことを考え、人と比べ、次にどう隠すかを段取りする。通勤電車のなかでも、会議の最中でも、とらわれは割り込んできます。

行動としてよく見られるのは、鏡やスマホのカメラでの確認、化粧や髪型の長い時間の調整、自撮りの撮り直しやアプリでの加工、他人の顔や体との比較(SNS、雑誌、動画も含みます)、そして「おかしくない?」と人に確かめることです。帽子や髪、姿勢で隠す「カモフラージュ」もよく行われます。肌をつまんだり、むしったりすることも27〜45%の方に見られ、傷や感染につながることもあります。

こうした行動には、確かめたい、直したい、隠したい、安心したい、という目的があります。けれども、確認しても安心できず、かえって苦しさが増すことがあります。鏡を見るたびに「やっぱりひどい」と感じ、SNSで人と比べるたびに落ち込む。苦しさを和らげるつもりの行動が、かえって火に油を注いでしまう。この仕組みは、強迫症の確認行為とよく似ています。

とらわれと行動に時間を取られることで、人付き合いや学業、仕事にも支障が出てきます。約3割の方が、症状のために1週間以上まったく外出できなかった経験がある、という報告もあります。「人に見られている」「笑われている」と感じやすく、社交不安症やうつ病を一緒に抱えることも珍しくありません。社交不安症についてはこちらの記事で詳しくお話ししています。

美容医療で楽にならない理由

醜形恐怖症の方の多くが、皮膚科や美容外科、歯科などで見た目を直す治療を求め、実際に受けています。皮膚科・美容外科を受診する方のうち約13%、鼻の美容手術を受ける方のうち約20%が醜形恐怖症にあたると報告されています。

精神医学・皮膚科・形成外科のどの分野の文献でも、醜形恐怖症のある方は美容医療で満足を得にくいと指摘されています。効果はほとんどないことが多く、症状が悪くなることもあります。よくなったと感じても一時的で、やがて「この状態がいつまで続くだろう」という新しい不安に置きかわることがあります。施術のあとで強く落ち込み、施術を選んだ自分を責めてしまう方もいます。結果に納得できず、施術した医師に激しい怒りを向けてしまうこともあり、それがまた本人を苦しめます。

なぜこうなるのでしょうか。気になっているのが「鼻の形」でも、問題の本体は「鼻の形に向かう注意のロック」にある、と考えてみるとわかりやすいと思います。鼻の形を変えても、注意のロックが外れるとは限りません。ロックは別の場所に移るか、同じ場所の別の角度に移るか、「前のほうがよかった」という後悔に変わります。外見を変えることで注意の問題を解こうとするかぎり、出口は見つかりにくいのです。

だからといって、美容医療を受けた方、受けようとしている方が間違っているわけではありません。欠点が実際に見えていて、直す方法があれば使いたいと思うのは当然のことです。ただ、施術を受けてもすっきりしなかった経験があったり、「次はここを直せば」がずっと続いて、いくつものクリニックで相談を重ねていたり、同じ場所を何度も直したくなっていたりするなら、一度精神科に相談してみる価値はあります。美容医療を受けるかどうかは、そのあとでご自身が決めればよいことです。

とらわれそのものを治療する

醜形恐怖症の治療で最初に選ばれるのは、SSRIという系統の薬による薬物療法と、認知行動療法(CBT)です。どちらも「外見を変える」のではなく、「とらわれの強さを下げる」ことを目指します。

薬(SSRI)で起きること

強迫症にも使われるSSRIという系統の薬には、醜形恐怖症でも効果を示す研究があります。うつ病に使うときより多めの量が必要になることがあり、効果を判断するまでに12〜16週ほどかかることもあります。「飲み始めて2週間たっても変わらないから効かない」と決めるには、まだ早いのです。1種類目で効果が足りなくても、別のSSRIに切り替えて効いてくる方もいます。

薬が効いてきたときの感じ方は、人によって違います。「欠点の見え方は変わらないけれど、気にならなくなった」という方もいれば、「見え方そのものがよくなった」と感じる方もいます。どちらにしても、とらわれに使う時間が減り、生活にゆとりが戻ってくることが、変化の実感になります。

効果が出たあとで薬をやめると、続けた場合より再発しやすくなります。ある研究では、薬を続けた方の再発率が6か月で18%だったのに対し、やめた方では40%でした。やめるときは主治医と相談しながら、少しずつ減らしていきます。SSRIについては強迫症の薬の記事も参考になります。

認知行動療法で注意の向け方を変える

CBTでは、とらわれを支えている考え方と行動の両方に取り組みます。24週間のプログラムを使った試験では、12週の時点で約半数、終了時には約8割の方に改善が見られました。

たとえば「すれ違った人が目をそらした。自分の顔のせいだ」という考えが浮かんだとき、「スマホを見ていただけかもしれない」「急いでいたのかもしれない」と、ほかの可能性を考えてみます。外見の欠点を理屈で打ち消したり、「大丈夫だよ」と安心させたりするのではありません。欠点に向かう注意の「自動操縦」に気づいて、少しずつ自分の手に取り戻していく作業です。

鏡を使った練習もあります。ふだんの確認では、気になる場所をアップで見て欠点を評価してしまいます。CBTでは、全体を見ながら「まゆが横に長い」「唇の色は淡い」のように、評価の言葉を使わずに描写する練習をします。醜形恐怖症ならではの注意の練習で、「欠点を探す目」から「ただ見る目」への切り替えを目指します。

確認や比較を減らしながら、避けていた場面に少しずつ向き合っていく練習も進めます。治療のなかで治療者と相談しながら課題を決め、たとえば帽子なしで近所を歩く、マスクを外して人と話すといった場面に、不安の小さいものから順に取り組んでいきます。治療に迷いが強い方には、最初に動機づけの面接を行うこともあります。

当院には心理士が在籍しておらず、CBTの専門プログラムは行っていません。

打ち明けにくさについて

醜形恐怖症のことを医療者に相談するのは、多くの方にとってハードルが高いものです。「外見の悩みを精神科で話すなんて、うぬぼれていると思われないだろうか」「どうせわかってもらえない」という気持ちが、足を止めてしまいます。入院中の方を対象にした調査でも、本人にとってはいちばんの問題だったのに、医師に話した方はほとんどいなかったと報告されています。

受診するときに、気になる場所を見せる必要はありません。「どこがどうおかしいか」を詳しく説明する必要もありません。「外見のことが頭から離れない」「確認に時間を取られている」「出かけられないことがある」。それだけで十分伝わります。診察では外見を評価するのではなく、とらわれの強さと生活への影響をうかがうことが中心になります。欠点が本当にあるかどうかを、はっきりさせる必要はありません。外見にどれだけ時間と気持ちを取られているかを、そのまま相談してください。

発症は平均16歳前後で、3分の2は18歳未満で始まります。きちんとした治療につながらないまま長引きやすいので、思い当たることがあれば早めに相談するのがよいと思います。生涯でうつ病を合併する方は約4分の3、社交不安症は3〜4割、強迫症は約3割と多くなっています。つらさが重なって「消えてしまいたい」という気持ちが出てくることも、珍しくありません。そう感じるのは症状の重さのあらわれで、弱さではありません。そのつらさも含めて、精神科で相談できます。

当院の初診はWEB予約(デジスマ)で、事前にWEB問診があります。

まとめ

鏡を確かめても、施術を受けても気持ちが晴れないとき、問題は外見ではなく「外見に向かうとらわれ」にあるのかもしれません。醜形恐怖症は、外見を変えるのではなく、とらわれそのものを対象にした治療(SSRIや認知行動療法)で改善が見込める病気です。

強迫症と似た状態の全体像はこちらの記事で紹介しています。


参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • David F. Tolin (ed.) The Oxford Handbook of Obsessive-Compulsive and Related Disorders, 2nd ed.(Oxford University Press、2023年)身体醜形症の症状・疫学の章、治療の章

よくある質問

見た目を気にするのは誰にでもあることです。どこからが醜形恐怖症ですか?

気になる部分のことが1日に何時間も頭を離れず、確認・比較・隠す行為に時間をとられて生活に支障が出ているなら、醜形恐怖症の可能性があります。自分だけで線引きする必要はなく、精神科で相談できます。

本当に欠点があると思っています。それでも精神科を受診していいのですか?

はい。醜形恐怖症の多くの方が「自分の見え方は正しい」と感じています。それは珍しいことではなく、治療を受けられない理由にはなりません。見え方の話をするのではなく、日常の困りごとを伝えるだけで十分です。

美容整形を考えています。やめたほうがいいですか?

醜形恐怖症によるとらわれが背景にある場合は満足を得にくく、別の部位が気になり始めることが多いと報告されています。まず精神科で相談し、そのうえで判断しても遅くはありません。

薬を飲むと、欠点の見え方は変わりますか?

人によって異なります。「見え方は同じだが気にならなくなった」と話す方もいれば、「見え方自体がよくなった」と感じる方もいます。いずれの場合も、とらわれに使っていた時間が減り、生活が楽になることが治療の目標です。

受診のとき、気になる部分を見せないといけませんか?

その必要はありません。どこがどう気になるかを細かく説明する必要もなく、「外見のことが頭から離れない」「確認をやめられない」といった困りごとを伝えてもらえれば、診察は進められます。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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