はじめに
「あなたはわがままだから」「性格の問題でしょう」――境界性パーソナリティ障害(BPD)について調べていると、本人を責めるような言葉に出会うことがあります。気分が大きく揺れたり、人との距離感に苦しんだり、自分を傷つけてしまったりする。そのつらさを「性格のせい」と言われ、自分でも「私が悪いのかもしれない」と思い込んでしまう方は少なくありません。
でも、ここで知っておいてほしいことがあります。BPDは「性格が悪い」「わがまま」といった人格の問題ではなく、対人関係に過敏になりやすい生まれ持った傾向(素因)を背景に持つ、れっきとした心の状態です。そして誤解が誤解を呼び、本人も周囲も苦しんでしまうことがとても多い領域でもあります。
この記事では、BPDにまつわる代表的な誤解を一つずつ取り上げ、研究で分かってきたことをもとに整理していきます。読み終えるころには、少し肩の力が抜けて、「責めなくていいんだ」と感じてもらえたらと思います。なお、診断はあくまで医師が行うものですので、ここでは「考え方の整理」としてお読みください。
誤解1〜2:「性格の問題」「わがまま」ではない
BPDという言葉から、「気分屋」「自分勝手」といった性格の問題を連想する方がいます。けれども、BPDの根っこにあるのは、人との関わりのなかで強い不安や傷つきを感じやすい、生まれ持った敏感さ(素因)です。この敏感さがあるところに、さまざまなストレスや経験が重なることで、気分の不安定さ、衝動的な行動、対人関係の揺れといった症状があらわれてくると考えられています。
つまり、「わがままだから感情を爆発させる」のではなく、感情の波が大きく、それを自分でしずめるのが難しいために、結果として周囲を巻き込んでしまうことがある、というのが実際に近いのです。順序が逆なのですね。本人もそのつらさに苦しんでいて、決して「好きでやっている」わけではありません。
ここを取り違えると、本人は「自分はダメな人間だ」と自己否定を深め、周囲も「どうして分かってくれないのか」と疲れてしまいます。性格の問題として責め合うのではなく、「敏感さという素因を背景に持つ状態」として捉え直すことが、回復への最初の一歩になります。
誤解3:「子ども時代の虐待だけが原因」ではない
「BPDは子ども時代の虐待が原因だ」という説明を聞いたことがあるかもしれません。確かに、つらい養育体験はBPDと関連することがあり、無視できない要素です。けれども、「虐待だけが原因」という単純な理解は、専門家のあいだでは見直されています。
研究を見ていくと、二つの大切な事実が分かります。一つは、つらい体験を経験した人の多くは、BPDにも他の精神疾患にもならないということ。同じような体験をしたきょうだいの片方だけが苦しみ、もう片方は大きな問題を抱えなかった、という例もしばしば見られます。もう一つは、はっきりした虐待歴がない方にもBPDは生じうるということです。
いま広く受け入れられているのは、生まれ持った素因(敏感さ)と、さまざまな環境要因とがかけ合わさって生じる、という考え方です。原因を一つに決めつけてしまうと、的外れな治療につながったり、ご家族が過剰に自分を責めてしまったりすることがあります。「原因は一つではない」と知っておくことは、本人にとってもご家族にとっても、気持ちを軽くしてくれるはずです。
誤解4:「女性だけの病気」ではない
BPDは「女性の病気」というイメージを持たれがちです。実際、クリニックや病院の外来で出会うBPDの患者さんは、女性が多いことが知られています。
ところが、地域社会全体を対象にした調査では、少し違う姿が見えてきます。ある研究では、女性と同じくらい男性にもBPDがいることが示されました。それなのに外来で女性が目立つのは、「男性が少ない」からではなく、「男性が受診につながりにくい」からだと考えられています。
一般に、女性のほうが助けを求めて受診することが多く、男性は同じような苦しさを抱えても、お酒やトラブルといった別の形であらわれたり、医療につながらないまま過ごしたりしやすいと言われます。つまり、男性のBPDは「見えにくい」だけで、いないわけではないのです。「自分は男性だからBPDではないはず」と受診をためらう必要はありません。性別にかかわらず、つらさがあれば相談してよいのです。
誤解5〜6:「治らない」「薬で治る」という誤解
BPDについて、正反対の方向の誤解が二つあります。「どうせ治らない」という諦めと、「薬を飲めば治る」という期待です。
まず「治らない」について。これは、はっきりとした誤解です。BPDの方を長い期間にわたって追いかけた研究では、多くの方が時間とともに症状を和らげ、改善していくことが示されています。年齢を重ねるなかで気持ちのコントロールがつきやすくなったり、安定した人間関係や仕事のなかで落ち着いていったりする方も多くいます。回復には時間がかかることもありますが、「一生このまま」ではないのです。
次に「薬で根本的に治る」について。残念ながら、BPDそのものをまるごと治す特効薬は、いまのところありません。お薬は、つらい気分やいらだち、不安といった一部の症状をやわらげる補助として役立つことはありますが、中心になるのはお薬よりも、対話を重ねていく精神療法(カウンセリングなどの心理的な治療)です。「飲み続ければ治る」と過度に期待するのでも、「薬で治らないなら無理だ」と諦めるのでもなく、精神療法を軸に、必要に応じてお薬を補助的に使う――この組み合わせが現実的です。どの治療を選ぶかは、医師が一人ひとりの状態を見て一緒に決めていきます。
誤解7:自傷は「必ず死にたいサイン」とは限らない
自分を傷つける行為(自傷)を見ると、周囲は「死のうとしているのでは」と強く心配します。その心配はとても自然なものですし、危険がある場合には必ず専門家に相談していただきたいことです。
その上で知っておいてほしいのは、自傷は必ずしも「死にたい」という意味だけではない、ということです。多くの場合、自傷は、あふれそうなつらさや、消えてしまいたいほどの苦しさを、その場でなんとかやり過ごすための手段という側面を持っています。怒りや恥ずかしさ、自己嫌悪といった、言葉にしづらい感情への、本人なりの対処になっていることがあるのです。
これは「自傷をしてよい」という意味ではありません。むしろ、その背景にある気持ちを理解することで、自傷以外の楽になる方法を一緒に探していけるようになります。「死にたいわけではないのに傷つけてしまう、そんな自分はおかしい」と思う必要はありません。そのつらさには理由があり、相談できる場所があります。
補足:診断名は、本人を責めるためのものではない
「パーソナリティ障害」という言葉の響きに、傷つく方もいます。けれども診断名は、本人の人格を否定したり、責めたりするためにあるのではありません。
診断には、いくつかの大切な役割があります。バラバラに見える症状が、実は一つのまとまりとして理解できると分かること。これから症状がどう移り変わっていくか、見通しを立てやすくなること。そして何より、その人に合った治療や支援につなげやすくなることです。診断がつかないままだと、効果の限られた治療をくり返してしまうこともあります。
診断名は「レッテル」ではなく、「次に進むための地図」のようなものだと考えてみてください。もちろん、診断をつけるかどうか、どう伝えるかは、医師が本人の気持ちに配慮しながら慎重に行います。
受診の目安
以下のようなことに当てはまる場合は、一度ご相談ください。
- 気分の波が激しく、自分ではしずめにくいと感じる
- 人との距離感に苦しみ、対人関係で消耗しやすい
- 自分を傷つけてしまうこと、消えてしまいたい気持ちがある
- 「自分は性格が悪い」「どうせ治らない」と強く思い込んでしまう
- 周囲との関係に疲れ、本人も家族もつらさを抱えている
- 男性で、これまで「自分は関係ない」と相談をためらってきた
これらは「当てはまったらBPDだ」という意味ではありません。診断は医師が行います。気になることがあれば、早めに相談していただくことが、楽になる近道です。
まとめ
BPDは「性格が悪い」「わがまま」といった人格の問題ではなく、敏感さという素因を背景に持つ心の状態です。原因は虐待だけではなく、男性にも同じくらい見られ、長い目で見れば多くの方が回復していきます。お薬は補助で、中心になるのは対話を重ねる精神療法です。自傷もつらさへの対処という側面があり、診断名は責めるためでなく、支援につなげるためにあります。
誤解を一つずつほどいていくと、見える景色が変わってきます。自分を責めすぎず、回復の道があることを覚えておいてください。当院でも、あなたのペースに合わせてご相談をお受けしています。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- ジョエル・パリス『境界性パーソナリティ障害の治療』
- 『境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック』
よくある質問
BPDは性格が悪いということですか?
いいえ。BPDは性格の良し悪しの問題ではなく、対人関係に過敏になりやすい生まれ持った傾向(素因)を背景に、さまざまなストレスが重なって生じると考えられている状態です。本人の努力不足や人格の問題ではありません。
BPDは子どものころの虐待が原因なのですか?
虐待だけが原因とは言えません。つらい体験を経験した人の多くはBPDになりませんし、そうした体験がはっきりしない人もいます。生まれ持った素因とさまざまな環境要因が関わると考えられています。
BPDは治らない病気なのですか?
「一生治らない」というのは誤解です。長期間の経過を追った研究では、多くの方が時間とともに改善していくことが示されています。診断や治療方針は医師が一人ひとり判断します。
男性でもBPDになりますか?
なります。地域全体を対象にした調査では、女性と同じくらい男性にもいることが示されています。男性は受診につながりにくいだけで、いないわけではありません。性別にかかわらず相談してかまいません。
自傷があると、必ず入院が必要ですか?
必ずしもそうではありません。自傷の背景や危険の程度はさまざまで、対応も一人ひとり異なります。まずは安心して話せる場で相談することが大切です。命の危険が差し迫っていると感じるときは、ためらわず救急(119番)に連絡してください。そこまでではなくても、つらいときは主治医や当院にご相談ください。