はじめに
「片づけが苦手で、いつも探し物をしている」「予定や約束をうっかり忘れてしまう」「人に合わせて頑張っているのに、家に帰るとどっと疲れる」。こうした困りごとを、長いあいだ「自分の努力が足りないだけ」「性格の問題」と思い込んできた女性は少なくありません。
そして大人になり、家事や育児、仕事が重なってきたあたりで、「どうしてこんなにうまく回らないのだろう」と感じ始める方もいます。
もしあなたが今そんなふうに感じていても、それはあなただけが抱えている悩みではありません。実は、ADHD(注意欠如・多動症。注意の持続や段取りが苦手になりやすい特性)を持つ女性は、子どもの頃から大人になるまで気づかれにくいことが、専門家のあいだでも指摘されています。
この記事では、
- 女性のADHDがなぜ見逃されやすいのか
- どんな特徴があり、どんな場面で表面化しやすいのか
- うつや不安として受診したときに見落とされやすいパターン
- 受診を迷っている方が相談しやすくなる準備
について、できるだけわかりやすくお伝えします。なお、ADHDかどうかの診断は医師が行うものです。この記事は「気づきのきっかけ」としてお読みください。
女性は「多動」が目立たず「不注意」が中心になりやすい
ADHDというと、「じっとしていられない」「席を立ち歩く」といった活発に動き回るイメージ(多動)を思い浮かべる方が多いかもしれません。実際、子どもの頃にそうした多動が目立つと、周囲も「落ち着きがない子」として早めに気づきやすくなります。
ところが女性の場合、この多動が外に向かって激しく現れるよりも、内側にこもる形になりやすいと言われています。たとえば、頭の中でいつも考えがぐるぐる回っている、おしゃべりが多くなる、そわそわと落ち着かない、といった目立ちにくい形です。
代わって中心になりやすいのが「不注意」です。
- 忘れ物や約束のうっかりが多い
- 片づけが苦手で、机の上や部屋がすぐ散らかる
- 段取りを立てて物事を進めるのが難しい
- 気が散りやすく、ひとつのことに集中し続けにくい
こうした不注意の困りごとは、周囲から見ると「だらしない」「気が利かない」と見えてしまうことがあり、特性として気づかれにくいのです。本人も「自分の頑張りが足りないだけ」と受け止めてしまいがちです。
発達の過程をみると、子どもの頃に目立った多動が、成長とともに不注意のほうへ移っていく傾向も指摘されています。女性ではもともと多動が目立ちにくいぶん、年齢を重ねるほど「不注意中心」の姿になり、ますます気づかれにくくなることがあります。
周囲に合わせる「適応」で、困りごとが表に出にくい
女性が見逃されやすいもうひとつの大きな理由が、周囲に合わせようとする努力です。専門的には「カモフラージュ」や「過剰適応」と呼ばれることがあります。
これは、自分の苦手さやとまどいを表に出さないよう、周りに溶け込もうと一生懸命にふるまうことを指します。たとえば、友だちのしぐさや話し方をよく観察してまねをし、その場に合わせていく。こうした適応が上手だと、対人関係でつまずいている様子が表面化しにくくなります。
周りから見れば「ちゃんとやれている人」に見えるため、困りごとが拾われないまま時間が過ぎていきます。けれど本人の内側では、
- 常に周囲を気にして気を張り続けている
- 「変だと思われないように」と必死に合わせている
- 家に帰るとぐったり疲れ果ててしまう
といった負担が積み重なっていることが少なくありません。表面上はうまくやれているように見えても、本人は人一倍エネルギーを使って何とか乗り切っている、というわけです。
この「頑張ってカバーできてしまう」ことが、かえって特性に気づくきっかけを遠ざけてしまう面があります。
診断のものさしが「男性基準」に寄りやすい問題
ADHDや発達の特性を評価するときには、いくつかの質問票やチェック項目が使われます。こうしたものさし(評価尺度)は、これまで主に男性の特徴をもとに作られてきた経緯があると指摘されています。
そのため、
- 多動が外に出やすい男性の姿には当てはまりやすい
- 一方で、多動が目立たず不注意が中心の女性は、当てはまりにくい
という偏りが生まれやすくなります。専門家のあいだでも、「女性には女性に合った見方や基準が必要なのではないか」という議論があります。
また、先にふれたように、女性は周囲に合わせる適応が上手で社会的な困りごとが表に出にくいため、短い面接や一時点だけの様子では拾われにくいことも知られています。子どもの頃からの育ちの経過をていねいにたどることが大切だと考えられているのは、こうした背景があるからです。
つまり、「これまで指摘されてこなかった」ことは、「特性がない」ことを必ずしも意味しません。見るためのものさしや見方のほうに、女性を拾いきれない面があった可能性もあるのです。
大人になって負荷が増えると表面化しやすい
子どもの頃や若いうちは、周囲のサポートや限られた役割のなかで、なんとかやり過ごせていた方もいます。ところが大人になると、こなすべきことが一気に増えます。
- 仕事の段取りや締め切りの管理
- 家事と、その日その日のやりくり
- 子育てや家族のスケジュール調整
- 複数のことを同時に進める場面
このように求められる役割が重なり、負荷が大きくなると、それまで努力でカバーできていた苦手さが追いつかなくなり、困りごととして表面化しやすくなります。「昔はなんとかなっていたのに、今はうまく回らない」と感じる背景には、こうした事情があることもあります。
これは、環境が暮らしにくくなったことで、もともとあった特性が見えやすくなった、とも言えます。決して「能力が落ちた」わけではありません。
うつ・不安として受診し、背景の特性が見落とされやすい
もうひとつ知っておきたいのが、受診のきっかけと診断のずれです。
困りごとが積み重なると、気分の落ち込みや不安、眠れない、職場や家庭にうまく適応できないといった形でつらさが現れてきます。そのため、最初の受診はうつや不安、適応障害(環境にうまくなじめずに心身の不調が出る状態)として始まることが多くあります。
このとき、目の前のうつや不安への対応が中心になり、その背景にもともとの特性が隠れていると気づかれにくいことがあります。専門家のあいだでも、こうした「背景に隠れた特性」を見落とさないことの大切さが指摘されています。
長いあいだ「治りにくいうつ」「繰り返す不安」として通院していた方が、子どもの頃からの様子を改めてたどることで、背景にあった特性に目が向くようになる、ということもあります。気分の不調そのものへのケアはもちろん大切にしながら、「もしかすると背景に別の理由があるかもしれない」という視点を持っておくと、整理が進みやすくなります。
なお、うつや不安があるからといってADHDがあるとは限りませんし、その逆も同じです。これらを見分け、診断するのは医師の役割です。
受診の目安
以下のようなことが続いていて、生活のしづらさを感じている場合は、一度相談を検討してみてください。
- 忘れ物・うっかり・片づけの苦手さが、子どもの頃からずっと続いている
- 周囲に合わせるために常に気を張り、家に帰るとひどく疲れる
- 仕事・家事・育児が重なって、急に物事が回らなくなってきた
- うつや不安で通院しているが、なかなかすっきりしない
- 「自分の努力不足では」と長く責め続けてしまっている
これらに当てはまるからといって、必ずADHDというわけではありません。何が起きているのかを一緒に整理するために、医療機関を利用していただけたらと思います。
まとめ
女性のADHDは、多動が目立ちにくく不注意が中心になりやすいこと、周囲に合わせる適応が上手で困りごとが表に出にくいこと、評価のものさしが男性の特徴に寄りやすかったことなどから、大人になるまで気づかれにくいと考えられています。
そして大人になり役割や負荷が増えたときに表面化しやすく、うつや不安として受診して背景の特性が見落とされることもあります。
大切なのは、それが「努力不足」や「性格の問題」だけではないかもしれない、と知ることです。気づくことは、自分を責める材料ではなく、これからを楽にしていくための入り口になります。気になることがあれば、どうぞ気軽にご相談ください。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 大人の発達障害 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症 ASD・ADHD(精神科治療学)
- ADHDクロストーク
- 大人の発達障害ってそういうことだったのか
よくある質問
女性のADHDはなぜ大人になるまで気づかれにくいのですか?
女性は走り回るような多動が目立ちにくく、忘れ物やうっかりといった不注意が中心になりやすいためです。さらに周囲に合わせて努力でカバーすることが多く、困りごとが表に出にくいことも理由のひとつと考えられています。
うつや不安で受診したのに、ADHDが関係していることはありますか?
あります。気分の落ち込みや不安として受診し、その背景にもともとの特性が隠れていることは珍しくありません。気になる場合は、子どもの頃からの様子も含めて医師に相談すると整理しやすくなります。診断は医師が行います。
子どもの頃に指摘されなかったのですが、可能性はありますか?
可能性がなくなるわけではありません。女性は子どもの頃から見逃されやすく、評価のものさし自体が男性の特徴に寄りやすかったとも指摘されています。当時の様子を振り返りながら相談してみるとよいでしょう。
受診する前に準備しておくとよいことはありますか?
子どもの頃からの困りごと、いつ・どんな場面でつらくなるか、今いちばん困っていることをメモしておくと役立ちます。母子手帳や通知表など当時を振り返れるものがあれば、より参考になります。
ADHDだとわかったら、生活は変わっていきますか?
特性を理解することで、自分に合った工夫や周囲の助けを取り入れやすくなります。「努力不足」ではなかったと気づけること自体が、気持ちの負担を軽くすることもあります。対応の方針は医師と一緒に考えていきます。