福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

治療は続けている。薬も飲んでいる。それでも、良くなったという手ごたえがないまま、ずいぶん長い時間が経った。そして、毎晩の一杯のことは、診察で一度も口に出したことがない。聞かれたら困る気がして、聞かれないままにしてある。

下敷きにしたのは、精神科の専門誌が治療の長引くうつ病を主題にした特集号のうち、お酒、タバコ、賭け事について論じた一編(以下「論文」)です。

この三つは、うつと互いに影響し合います。落ち込みの側も、のめり込みの側も重くなって長引き、ぶり返しやすくなり、うつ病への一般的な治療も効きにくくなります。だからこそ、治療が思うように進まないときには、そちらへ目を向け直すことが打開の入口になります。

見えているほうだけが、治療の的になっていることがある

たとえば次の診察で、「正確な量は分からないのですが、最近、寝る前に飲む日が増えました」と切り出したとします。医療者はおそらく、量を問いただすのではなく、増えてきたのはいつごろからか、眠りはどうなっているか、落ち込みが強まった時期と飲む日が増えた時期はどちらが先だったかを、順に尋ねていくでしょう。その場で断酒が決まるわけでも、何かの結論が出るわけでもありません。ただ、これまで診察の外に置かれていたものがひとつ、治療の経過を見直す材料に加わります。言えなかったことが、診察で扱える話題に変わる――まずは、そこまでです。

うまく言葉にならなくても構いません。「最近、少し増えている気がする」というだけでも差し支えありませんし、立場や事情があって言えないときは、その事情のほうをご相談ください。

落ち込みのうしろにお酒の問題があることは、かなりよくあります。逆に、お酒の問題で受診した方のうしろに、長引く落ち込みが見つかることもしばしばあります。どちらの場合も、うしろにあるものに注意が向かなければ、ご本人やご家族が訴えている症状だけに治療の的が絞られてしまいます。

うつの治療を進めるうちに落ち込みが軽くなって、飲酒のほうも目につかなくなることがあります。お酒のほうに手を入れていたら、いつのまにか落ち込みも軽くなっていた、ということも起こります。その一方で、うつの治療を重ねても落ち込みが動かないままで、お酒への働きかけもいっこうに好転しない、ということも起こります。見えているほうだけを治療して行き詰まっているのなら、見えていないほうを診察の場に出すことが、次の一手になります。

お酒とうつ――重なりは珍しくなく、順序は人それぞれ

うつ病の方のうち、いま現にお酒の問題を抱えているのはおよそ6人に1人、一生のうちのどこかでそれが起こるのはおよそ3人に1人――複数の研究をまとめると、そう見積もられています。うつの診察でお酒のことが尋ねられるのは、疑われているからではなく、それだけありふれた重なりだからです。

どちらが先かについては、お酒の問題のほうがうつ病より先に来ている例が多いことが、研究を重ねるなかではっきりしてきています。つらさをしのぐために飲んでいるうちに問題が表に出てくる――「自己治療」と呼ばれる見方――については依存は『自己治療』かもしれない|つらさを薬や行動でしのぐしくみがその見方の側から書いていますが、この論文は、お酒が先の例のほうが多いという整理で、立場が異なります。ただし、これは集団を調べたときに見えてくる順序です。お酒が先だった方も、落ち込みが先だった方も、ほぼ同じ時期に両方が現れた方もいて、一人ひとりについてどちらが先かは、治療のうえでの参考として個別に確かめるものとされています。

治療の面では、お酒を断つだけで落ち込みが軽くなることは臨床でもたびたび経験され、それを支える報告もあります。その一方で、うつ病が併せてあると、うつ病のない場合に比べて、お酒を断てている割合は低いことも知られています。だからこそ、飲む量が変わってきた時期と、落ち込みの経過との前後関係は、診察で確かめ直す値打ちのあることの一つです。なお、お酒は急に断つと、それ自体で体調が大きく乱れることがあります。減らすのか、やめるのか、どういう順番で進めるのかは、ご自分だけで決めず、主治医とご相談ください。

タバコとうつ――双方向に影響し合う

うつ病の方の喫煙率は、一般の人口の2倍近くにのぼります。喫煙が心の健康を損なう向きと、心の不調のほうが喫煙を後押しする向きの、双方向の関係が指摘されています。タバコは日本でも世界でももっとも使われている依存性のある物質ですが、タバコ使用は精神医学の領域ではこれまで十分に目が向けられてこなかった分野でもあります。

禁煙については、うつ病があるとやめられる割合は低くなるものの、やめられた場合には落ち込みの改善が見込めることが、複数の研究で重なって示されています。その効き目の大きさは、抗うつ薬による治療に引けを取らない、あるいはそれ以上だという指摘もあります。そして、順番として大事なのは、やめてみようという気持ちが育ってきたところで治療につないでいくことだと考えられています。本数が増えているかどうか、やめてみたい気持ちが少しでもあるかどうかは、診察で話題にできることの一つです。

賭け事とうつ――一方への治療が、他方も動かすことがある

賭け事についても、うつとの重なりは知られています。ギャンブル障害のある方のうち、いまうつ病にかかっている、あるいは過去にかかったことがあるのは3〜4人に1人にのぼり、女性のほうでその傾きがとりわけ強いことがうかがわれています。

そのうえで、賭け事のほうを的にすえた認知行動療法を受けた方たちを調べたところ、賭け事についての指標が良くなっただけでなく、落ち込みの指標のほうも上向いていて、うつ病が併せてあった方たちで抑うつの点数の改善が目立った、という研究があります。一方への治療が、他方にも動きを生むことがある――この重なりを診察の場に出しておく意味は、ここにもあります。賭け事に使うお金や時間が増えていることは、うつの診察で話してよい話題です。

診察で話題にする、ということ

うつの治療が思うように進まないとき、見直すのは薬や通院の中身だけではありません。これまで診察の外に置かれていたものを、治療の経過を見直す材料に加える――この記事で書いてきた道すじは、それに尽きます。

たとえば、こんな言い方です。

  • 「寝る前に飲む日が増えています」
  • 「本数が増えています」「やめてみたい気持ちが出てきました」
  • 「賭け事に使うお金と時間が増えています」

「最近、少し増えている気がする」――そのくらいの言葉から、話は始められます。

当院での実際

当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。うつや不安、不眠のご相談を、お酒を飲んでおられること、やめにくいものがあることを理由にお受けしないということはありません。ただし、アルコール依存症そのものが主なお困りごとである場合、当院では専門の治療を行っておらず、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになります。紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

ご相談は、まずWEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形をとっています。WEB問診は、書きにくければ簡単な記載で差し支えありません。量や回数を正確に整理できていなくても、やめる決心がついていなくても、そのままお話しいただけます。

自分や他の人を傷つけそうな考えが出ているときは、次の予約を待たないでください。通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。

まとめ

飲酒や喫煙、賭け事は、うつの経過に重なることがあり、見えているほうだけを治療していると行き詰まることがあります。重なり方は人それぞれで、そこは診察で個別に確かめていく部分です。

そのほか、近いところにあるもの ── アルコール依存症とは?「やめられない」は意志の弱さではありません精神科の薬とお酒――飲み合わせのリスクと、現実的な付き合い方ギャンブル障害(ギャンブル依存症)――「意志が弱い」のではなく、治療できる病気です治療抵抗性うつ病とは|効かないときに最初に確認すべきこと


参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 精神科治療学 第37巻8号(2022年)の特集より、うつ病に重なるお酒・タバコ・賭け事の問題と、その治療について論じた一編(吉村淳、843〜849頁)

よくある質問

お酒を飲んでいることを正直に話したら、診てもらえなくなるのではないでしょうか。

そういうことにはなりません。うつや不安、不眠についてのご相談は当院でお受けしており、お酒を飲んでおられることを理由にお受けしないということはありません。アルコール依存症そのものが主なお困りごとである場合は、当院では専門の治療を行っておらず、実施している医療機関をご自身でお探しいただくことになります。紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

自分で断酒や禁煙をしてみたほうがいいのでしょうか。

ご自分だけの判断で始めることはお勧めしません。とくにお酒は、急に断つとそれ自体で体調が大きく乱れることがあります。減らすのか、やめるのか、どういう順番で進めるのかは、必ず主治医とご相談のうえで決めてください。やめる決心がついていない段階のまま、ご相談いただいて構いません。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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