福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

音楽CDを10枚、買いたい順に並べてもらいます。そのうち5位と6位の2枚から1枚を選び、参加のお礼として受け取ってもらいます。そのあとでもう一度、10枚に順位をつけてもらいます。

日本と欧米の大学生を対象にした実験の手順です。選んだCDの順位が上がり、選ばなかったCDの順位が下がる動きに着目しています。好きだから選ぶという順序のあとにも、評価が動くことがあるという話です。

この実験は、精神科の専門誌『精神科治療学』で安達圭一郎が紹介したものです。そこで解説されている認知的不協和という考え方は、CDの選択から、健診の封筒を開けられない気持ちまでを考える手がかりになります。

「分かっている」と「している」が食い違うとき

認知的不協和理論はフェスティンガー(Festinger, L.)が1957年に発表した理論です。ここでいう「認知」は頭のよさや考える力ではなく、自分自身や自分の行動、身のまわりについて持っている知識や信じていることを指します。

たばこを吸っている人が、喫煙と肺がんの危険を結びつける話題に触れたとします。「自分は吸っている」と「それは体に障る」という二つの認知が食い違います。その食い違いによって内側に張りつめた感じや居心地の悪さが生じ、減らすか無くすかの方向に力が働くと説明するのが、この理論です。

その力は本人にとって大事なことほど強く働くとされています。また、抱えている認知のうち食い違う部分の割合が大きいほど、減らそうとする力も強くなります。

食い違いが起こりやすいのは、何かを選び終えたあとや、圧力によって自分の考えとは逆の行動を取らざるを得なかったときです。これまでの見方に合わない知らせに触れたとき、人前で意見を述べたとき、信じてきたこととかけ離れた現実を前にしたときも挙げられています。

飲むか飲まないかを決めた直後、飲み方や生活について検査の数値を見せられたとき、家族の前で「もう大丈夫だから」と言い切ったあとも、この並びにある場面です。

やめる以外にも楽になる道があります

体に悪いという話を聞けば、行動を改めるほうへ進みそうに思えます。ところが、この理論が説明するのは食い違いからくる負担を減らす動きです。解説はその減らし方を三つに分けています。

行動を変える方法

たばこをやめれば、「自分はやめた」という認知が得られます。「たばこは体に障る」という認知との食い違いがなくなるわけです。解説では、これがもっともよく採られる方法とされています。

周囲の状況を変える方法

たばこの危険を伝えてくる友人や、報道から距離を取る方法もあります。喫煙そのものは続いていても、危険を知らせる情報に触れにくくなれば、食い違いも生じにくくなります。

受診をすすめてくる人と、しばらく顔を合わせないようにするのもこの形です。ただ、自分が周囲に及ぼせる力には限りがあり、行動を変えるより難しいとされています。

新しい認知を足す方法

たばこを吸っていても長く元気でいる人の話を集めれば、「体に障る」という認知の重みを下げられます。食い違いを消す代わりに、その負担を小さくする方法です。

薬の副作用の記事ばかり読んで、飲まずにいる理由を増やしていくことや、お酒の話になると自分より飲む人を思い浮かべることも、この形として捉えられます。薬を飲みたくない気持ちについては、「薬を飲まないとだめですか?」でも扱っています。

同じ居心地の悪さから、行動を変える場合も、そのまま続ける場合もあることになります。三つの方法は意志の強さや人柄を判定するための分類ではなく、誰の内側でも働きうる仕組みとして並べられています。お酒や薬物、ゲームなどをやめられない困りごと自体は、この仕組みだけでは説明がつきません。

まだ読んでいない封筒を避けるのはなぜ?

健診や血液検査の結果を、封を切らずに置いています。受診の話題が出そうになると別の話に移り、気になっているのに、その病名だけは検索しないでいます。通院が途切れてからは、その医療機関の前を通らない道を選んでいます。

こうした場面では、情報に触れる前から回避が始まっていると捉えることができます。

認知的不協和理論には、いまある食い違いを減らすだけでなく、食い違いを大きくしそうな場面や情報を避けるという柱もあります。すでにある食い違いを増やさない場合と、そもそも起こさない場合の両方で、情報を避ける強い傾きがあると説明されています。

いまは食い違いがほとんどなくても、これまでの経験からつらさや怖さを予想していれば、新しい知らせに身構えると説明されています。封筒の中身をまだ読んでいなくても、「知るとつらくなりそうだ」と見込んで避けることはありえます。

「読んでいないのだから、まだ何も気にしていないはず」とは限りません。開けられないこと自体に、身構えるほどのものを抱えている様子が表れている場合もあります。

「みんなの好み」を考えると結果が変わりました

冒頭のCD実験では、選んだCDの順位が上がり、選ばなかったCDの順位が下がる幅を、選択後の食い違いを小さくした度合いの指標にしています。

この実験にはもう一つの手順がありました。参加者を二つの組に分け、一方の組だけは最初に自分の好みを並べる際、同じ国の平均的な大学生ならどう並べるかも推し量ってもらいました。

日本の大学生では、この手順を加えた組のほうが、選んだCDの順位を上げ、選ばなかったCDの順位を下げる幅が大きくなりました。一方、欧米の大学生では手順の有無による差がありませんでした。欧米の学生には順位の変化がなかった、という意味ではありません。

自分の好みでCDを選ぶ実験でも、ほかの人の好みを考える手順によって結果が変わったわけです。解説は、日本の大学生では自分ひとりの判断よりも、属する集団の判断が食い違いを減らすうえで大きな役割を担う傾きがあると述べています。

これはこの実験で集団を比べたときの傾向です。理論を臨床で使う際にも、文化ならではの事情を確かめることが大切だとされています。

受診するかどうか、薬を続けるかどうかにも、家族の考えや職場の見方が絡むことは珍しくありません。「本人がどう考えるか」という話のなかに、周囲の人の判断も入っていることがあります。

言い当てても相手が変わるとは限りません

暴力や強い支配のある関係にはこの記事の説明を当てはめず、身の安全の確保を優先してください。

身近な人が話題をそらしたり、自分に都合のよい情報ばかり集めたりしていると、「それは逃げだ」「言い訳をしているだけだ」と指摘したくなるかもしれません。しかし、認知的不協和理論は、そう言い当てれば相手の行動が変わるとは説明していません。

むしろ新しい食い違いが増え、指摘してくる人から離れる形が選ばれやすくなります。診察の話題を避ける、家族との会話が減る、といった動きです。

居心地の悪さを減らす道が複数あると考えるなら、矛盾を強く突きつけることが、そのまま行動を改める後押しになるとは限りません。家族としての声のかけ方は、本人が受診を嫌がるとき、家族はどう動く?でも扱っています。

食い違いを変化のきっかけにする試みもあります

この理論を行動の変化につなげる試みとして、解説では欧米を中心とした摂食障害、喫煙、薬物依存などの健康問題への取り組みが紹介されています。

用いられるのは、役割を演じる、集団で文章を書いて発表する、人前で意見を述べる、宿題に取り組むといった課題です。参加者が主体的に取り組むことで、いまの行動と食い違う認知を育てていきます。その食い違いを参加者自身が解消する過程を、問題となっている行動の軽減につなげる試みです。

食い違いが起こりやすい場面として出てきた「人前で意見を述べること」が、ここでは行動を変えるための課題に組み込まれています。本人が自分から課題に取り組むことを前提にした方法です。

その一例が、摂食障害の予防プログラムであるBody Projectです。参加者として想定されているのは、中学生くらいから若い成人の女性です。2022年の解説では、日本で実施した報告には行き当たっていないとされています。

摂食障害そのものの症状や受診の目安は、拒食(神経性やせ症を含む)で受診を考える目安と過食がやめられないで紹介しています。

決心がつく前にも話せることがあります

迷いが続くあいだに、体調や暮らしへの影響が出ていることもあります。次のような状態が続いていれば、医療機関への相談をお考えください。

  • 眠れない、食事が取れない、体重が落ちてきているといった変化があります。
  • 仕事や家事、身のまわりのことができなくなってきています。
  • お酒や市販薬の量が増えています。
  • 気持ちが晴れない日が続いていたり、涙が止まらなかったりします。
  • 健診や検査の結果を開けないまま、時間が過ぎています。
  • 「受診や治療の話をそらしてしまう」と自分でも気づいています。

当院の診療対象は18歳以上です。予約はデジスマのWEB予約で受け付けており、初診前にWEB問診へお答えいただきます。初診の所要時間の目安は問診を含めて30分程度です。

診察では、前熟考・熟考・準備・行動・維持という「変化の段階」の考え方も取り入れています。「やる気が出ない」のではなく、準備の途中かもしれないでは、別の呼び方で紹介しています。

どうするかが決まっていなくても、何があったかを話さないままでも受診できます。話していないことが体調に響いている場合には、その影響を診察で扱えます。「開けられずにいる封筒があります」という今の困りごとも、その話の始まりになります。


参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 精神科治療学 第37巻4号(2022年)特集「精神科臨床に役立つ心理学理論」より、認知的不協和理論とその臨床への応用を論じた解説(安達圭一郎)。論文名「耳の痛い話は頭に入らない―認知的不協和理論」、星和書店。

よくある質問

認知的不協和と防衛機制は同じものですか。

認知的不協和は知識や信じていることの食い違いと、それに伴う負担を減らす動きを説明する理論です。防衛機制は心が自分を守る働きを別の枠組みから捉えたもので、同じ概念ではありません。どちらも名前をつけて相手を問い詰めるためのものではなく、関連する説明を「心が自分を守る仕組み」で扱っています。

家族が「自分は病気ではない」と言います。認知的不協和でしょうか。

その言葉だけでは、認知的不協和によるものとは判断できません。医療でいう「病識」は認知的不協和とは別の枠組みで論じられてきたことがらです。本人の病気の捉え方については「病識とは?」で扱っています。

薬を自己判断でやめたあとの不調も、認知的不協和なのでしょうか。

処方薬を急にやめること自体が、体調を乱すことがあります。とくに睡眠薬として使われるベンゾジアゼピン系の薬は、見直しを医師が計画して行います。薬を飲みたくない気持ちと、中断によって体に起こることは分けて考えます。再び受診するまでの道すじは「通院を自己判断でやめてしまった」で紹介しています。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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