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「え?」と聞き返した瞬間、もう答えが分かっていることはありませんか。

相手が話しかけてきたことは分かります。でも最初の一言が言葉になりません。反射的に「え?」と返したところで、さっきの言葉の意味がすっと浮かびます。相手が繰り返してくれるころには、こちらはもう理解しています。

聞き返したのに返事を待たずに答えてしまい、少し気まずくなります。「ちゃんと聞いて」と言われると、これ以上どう頑張ればいいのか分からなくなるかもしれません。

ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)のある方からも語られる体験です。ただし、「え?」の直後に分かる現象そのものの原因は、まだ確かめられていません。この奇妙な時間差を考えるには、「聞こえる」と「分かる」を分けてみる必要があります。

「え?」と言ったあと、さっきの音を聞き直している?

実際に起こったことを順番に並べると、不思議です。相手はまだ言い直していないのに、こちらの理解だけが後から追いつきます。聞いていなかった言葉を、どこから取り戻したのでしょうか。

説明の候補に「反響記憶」があります。聞いた音の情報を数秒間だけ保つ働きです。話しかけられたときには意味をつかめなくても、音の情報がしばらく残っているなら、「え?」と言っている間に解析が進むのかもしれません。

ただ、これはもっともらしい仮説であって、実証された説明ではありません。「聞き返した直後に分かる」という体験自体を直接調べた研究は、まだ見つかっていません。

言えるのは、聞き逃したと思っていた言葉が後から理解できる場合、音の情報がある程度は届いていた可能性があるということです。聞く気がなかったと決めつける根拠にはなりません。

脳波では数ミリ秒なのに、どうして1〜2秒も遅れる?

耳に音が届くことと、その音を言葉として理解することには段階があります。外国語の映画を字幕なしで観ると、声は聞こえても意味をつかむまで少し時間がかかることがあります。それに似た感覚を、日本語の会話で経験する方もいるということです。

耳も単純なマイクではありません。私たちは左右の耳に届く音のわずかな時間差や強さの違いを手がかりに、音の方向を捉えています。特定の周波数の音を抑えるよう、耳へ向かって戻る神経の経路もあります。聞くという行為には、音を受け取る以上の処理が関わっています。

ASDの方については、音への脳の反応が少し遅れるという研究結果があります。複数の研究をまとめた解析でも報告され、音を意味として処理する段階の脳波が遅れるという報告もあります。

ここには見落とせない数字の違いがあります。研究で測られた遅れは数ミリ秒〜数十ミリ秒で、1000分の1秒単位です。一方、「え?」と言ってから分かるまでの体感は1〜2秒になることもあります。脳波の遅れを見つけたからといって、そのまま日常の1〜2秒を説明できたわけではありません。

聴力検査が正常でも聞き取りにくさが残ることはありますが、「脳の処理が何秒遅い」と単純に測れたわけでもないのです。

機械の音より、人の声が重なるほうが難しい

静かな部屋で1対1なら普通に話せるのに、会議や飲み会になると急に会話に入れなくなる。そんな差がある方もいます。

ASDの方の聞き取りを検討した複数の研究では、一定の機械音のような雑音がある状況よりも、ほかの人の話し声が重なる状況で難しさが目立つことが示されています。成人のASDの方を対象にした調査でも、大勢の中での会話を非常に難しいと感じる人が多くいました。

騒がしいかどうかだけでは説明しきれないわけです。機械音が流れている部屋と、何人もの声が飛び交う部屋とでは、聞き取りの条件が違います。

もう一つは注意の切り替えです。聴力検査に異常がないのに聞き取りにくさを訴える成人を調べた研究では、注意を切り替える苦手さが、聞き取りにくさの強さと最もよく関連していました。

パソコンの画面に集中しているとき、突然隣から声をかけられます。声に注意を向けるころには、相手はすでに本題を話し始めています。最初の数語だけ取りこぼす体験を、こう考えると理解しやすくなります。ただし、関連が見つかったことと、すべての聞き逃しの原因が注意の切り替えだと証明されたことは別です。

音に敏感なのに、呼びかけには気づかない

時計のチクタクが気になり、ホールの反響音も苦手です。それなのに、誰かに話しかけられても気づかないことがあります。一見、矛盾しています。

ASDの感覚の特徴には、刺激が強すぎるように感じられる「過敏」と、刺激を感じにくい「鈍麻」があります。音に過敏な人は生活音や人の声に強く気を取られ、聴覚の鈍麻がある人は呼びかけに気づきにくいことがあります。同じ感覚について、過敏と鈍麻が共存する場合もあります。

どの音がつらく、どの音に気づきにくいかは人それぞれです。また、感覚の特徴と対人コミュニケーションの困難が一緒にみられることは報告されていますが、片方がもう片方を引き起こしているとは分かっていません。

成人になれば感覚の過敏が必ず消えるわけでもありません。普段どおりに仕事や生活をしているように見えても、人知れず大きな負担を感じている方がいます。音への敏感さと会話の聞き逃しは、外から見た印象だけでは分かりにくい困りごとです。

電話は、声を聞き取る手がかりが少ない

対面なら話せても、電話では何度も聞き返してしまう方がいます。電話の難しさには、物理的な条件もあります。

従来の電話が伝える音の範囲は、およそ300〜3400ヘルツです。「さ」「し」「た」などの子音を区別する手がかりには高い音が多く含まれますが、電話ではその一部が削られます。

そのうえ相手の口元や表情が見えません。口の動きが見えると聞き取りの負担が軽くなることは、研究でも示されています。対面の会話で使えていた手がかりが、電話では二つとも減ってしまうのです。

電話が苦手だからといって、必ず発達障害やAPDがあるとは限りません。そもそも電話は誰にとっても聞き取りの条件が悪くなりやすく、その影響が強く出る方もいるという話です。

「最初の一言を逃す」のは誰にでも起こります

何かに集中していると、近くで名前を呼ばれても気づかないことがあります。健康な人を対象にした実験でも、視覚的な作業に注意が向いていると、聞こえるはずの音に気づきにくくなる現象が確かめられています。

ASDやADHDのある方では、こうした聞き逃しがもっと起こりやすいのではないかとも考えられます。ただし、その違いを直接比較した研究が確立しているわけではありません。誰にでもある体験と、生活に支障が出るほど繰り返す困りごとは、同じ言葉で語れても重さが違います。

「気合いを入れて聞けばよい」と言われても、いつ話しかけられるか分からない状況で、ずっと全方向に注意を向け続けるのは難しいものです。出だしを逃したという事実だけで、怠慢や性格の問題にはできません。

「APDかも」と思ったら、診断名を急がない

聴力は正常なのに言葉を聞き取りにくい状態を調べると、APD(聴覚情報処理障害)という言葉に行き当たります。

ただし、APDにはまだ統一された診断基準がありません。同じ人たちでも、どの基準を使うかによってAPDと診断される割合が大きく変わるという報告があります。このため近年は、診断名を先に決めるより、聞き取り困難(LiD)という症状として捉える考え方が国内外で推奨されつつあります。

聞き取りにくさはASDやADHDだけのものでもありません。軽い難聴、睡眠不足、疲労、不安、うつ状態などでも起こります。最初に確かめたいのは耳そのものに問題がないかどうかで、まだ検査を受けたことがなければ、耳鼻咽喉科での聴力検査をおすすめします。

「APDという名前がついたら解決する」というよりも、どんな条件で聞き取れなくなるのかを知るほうが、日々の対処に結びつきます。

聞く努力を増やすより、会話の条件を変える

この聞き取りにくさを一律に「治す」確立された方法は、今のところありません。それでも、聞き取るために必要な条件を整えることはできます。

  • 大事な連絡は電話だけで済ませず、メールやチャットなど文字でも確認できるよう相談します。
  • 話しかけるときは先に名前を呼び、こちらの注意が向いてから本題に入ってもらうようお願いします。
  • 会議や集まりでは、なるべく静かで話し手の顔が見える席を選びます。
  • 聞き逃したときに「もう一度お願いします」と言いやすい関係を、可能な範囲でつくっておきます。
  • 大事な内容は議事録、メモ、チャットのログなどに残してもらい、後から確かめられるようにします。

職場や学校で説明するなら、「集中力がないわけではありません」と弁解するだけよりも、「最初に名前を呼んでもらえると助かります」「電話の用件は文字でも確認したいです」と伝えるほうが、相手も何をすればよいか分かります。

春日メンタルクリニックでは18歳以上の方を対象に、ASD・ADHDの評価と診断を問診中心に行っています。聞き取りにくさに加えて、対人関係で疲れやすい、忘れ物が多い、段取りが苦手といった困りごとが重なる場合には、発達特性との関係を考えるきっかけにもなります。ただし、聞き取りにくいという一つの症状だけで診断が決まるわけではありません。

最初の一言を聞き逃しても、その後は普通に会話ができることがあります。だからこそ周囲には伝わりにくいのですが、会話の出だしを拾いやすくする小さな工夫は、明日からでも相談できます。

参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)

  • 『Q&Aシリーズ 発達障害 ASD編』神尾陽子監修、お茶の水女子大学教員・大学院生ほか執筆、お茶の水女子大学ヒューマンライフイノベーション開発研究機構、2021年。
  • 『臨床のための神経機能解剖学』後藤文男・天野隆弘、中外医学社、1992年初版。
  • 『成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル』神尾陽子編、医学書院、2012年。
  • 『大人の発達障害ってそういうことだったのか その後』宮岡等・内山登紀夫、医学書院、2018年。

よくある質問

音に敏感なのに、名前を呼ばれても気づかないことはありますか?

ASDでは一つの感覚に過敏さと鈍さが共存することもあるとされています。音への反応は人によって違い、その特徴だけで聞き取り困難の原因や診断が決まるわけではありません。

聴力検査が正常なら、聞き取りの問題はないのでしょうか?

聴力検査が正常でも、音を言葉として理解する場面で困ることはあります。どんな場所で、誰との会話で起こるかを具体的にすると、耳の問題以外も含めて考えやすくなります。

会議では聞き取れないのに、1対1なら話せるのはなぜですか?

人の声が重なる場面では聞き取りの難しさが増すという研究があります。ただ、会議が苦手というだけでASDやAPDと判断できるわけではなく、睡眠や疲労などの影響も考えられます。

職場に聞き取りの苦手さをどう説明すればよいですか?

診断名だけを伝えるより、最初に名前を呼んでもらう、大事な連絡を文字でも残してもらうなど、必要な工夫を具体的に伝える方法があります。電話だけが苦手なら、メールやチャットで確認できるか相談するのも一案です。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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