快楽のあとに落ち込みが来るのはなぜか――脳の天秤と、やめられないものとの距離
動画をもう一本だけ、と思って開いたのに、終わるころにはさっきより退屈になっている。甘いものを食べたあとに、ほっとする暇もなく物足りなさが来る。お酒が抜けた翌朝、理由のはっきりしない落ち着かなさが体に残っている。楽しかったはずのことが、前ほど楽しくない。なのに、やめようとするとかえってつらい。
なぜこんなことが起きるのか。この記事では、精神科医アンナ・レンブケの著書を下敷きにしながら、脳が快楽のあとに「逆向きの調整」をかける仕組みを紹介します。ゲーム、動画、SNS、お酒、甘いもの、買い物――対象は問いません。特定の依存症の診断や治療の話ではなく、「やめられない」が意志の問題ではなくて脳の調整の話であること、そしてその説明自体にも限界があることを、一本の記事として書きます。なお、この記事の対象は18歳以上の方です。子どものゲームやスマホについての心配は報酬系と「やめにくい」仕組みをご覧ください。
ドーパミンと、報酬を求める脳の働き
脳には、何かよいことが起きたときや「もうすぐ手に入りそうだ」と感じたときに活発になる回路があります。報酬系と呼ばれるこの回路で中心的な役割を果たしている伝達物質の一つが、ドーパミンです。
ドーパミンについて知っておくと後の話が分かりやすくなることが二つあります。
一つは、ドーパミンが関わるのは「満足する」ことよりも「求める」ことのほうだという点です。ドーパミンを作れなくなった動物でも、口に入れた餌を味わう様子は残ります。けれど、自分から餌を取りに行く行動は大幅に減る。つまりドーパミンは、快楽そのものというよりも、快楽のありかへ向かわせる力に深く関わっています。
もう一つは、刺激の届き方によって、ドーパミンの放出には差があるということです。ゆっくり届く刺激より、速く強く届く刺激のほうが大きな反応を引き出しやすい。アプリの通知、お酒の一口目、甘いものの最初の一かけらは、いずれも脳にとっては「速く届く報酬の合図」です。報酬系の仕組みの全体像については報酬系と「やめにくい」仕組みで詳しく書いています。
快楽のあとに来る、逆向きの傾き
ここからが、この記事の核心です。
レンブケは、脳が快楽と苦痛を処理する仕組みを「天秤」にたとえます。快楽の刺激が入ると、天秤は快楽の側に傾く。けれど脳はそのまま傾きっぱなしにはしません。恒常性――内部の状態を一定に保とうとする働き――によって、傾いた天秤を元に戻そうとする力が反対側から加わります。
この反対向きの力は、体感としては、落ち込み、退屈、焦燥感、「もっと欲しい」という感覚として現れます。チョコレートを食べ終えたあとの物足りなさ。動画を見終えたあとの空虚さ。飲み会の翌朝の気だるさ。これらは、天秤が戻ろうとするときの「逆向きの傾き」として理解できる、というのがこの比喩の骨格です。
この考え方の元になっているのは、1970年代にソロモンとコービットが提唱した反対過程理論です。快と不快は脳の近い場所で処理され、一方が生じるともう一方で打ち消す方向の反応が起こるという理論で、レンブケはこれを現代の神経科学の知見と結びつけて、日常の経験に当てはめて説明しています。
ここで押さえておきたいのは、逆向きの傾きが起きること自体は異常ではないということです。天秤が戻ろうとすること自体は、脳が正常に働いている証拠でもあります。問題は、この調整の仕組みが「繰り返し」によって変わっていくところにあります。
繰り返すほど、天秤は戻りにくくなる
同じ刺激を繰り返し受けていると、二つのことが起こります。
一つ目は、同じ量の刺激から得られる満足が小さくなること。最初は一杯で満足できたお酒が、いつの間にか三杯必要になる。前は一話で切り上げられた動画が、気づくと三話四話と流し見になっている。精神医学の教科書では、これを耐性と呼びます。脳が繰り返される刺激に適応し、同じ反応を出すためにより多くの入力が必要になる過程です。
二つ目は、刺激がない状態がより苦しくなること。天秤の比喩でいえば、繰り返しによって「戻る位置」そのものが苦痛の側にずれていきます。最初は快楽の反動で一時的に沈んでいただけの気分が、やがて刺激を受けていないときは常に沈んだまま、容易には戻らなくなる。こうなると、もはや楽しむために使っているのではありません。苦しくないところまで戻すために使っている。
楽しいはずのものがもう楽しくないのに、やめられない。やめると気分が沈んで、体がだるくなって、何もしたくなくなる。だから少しでも楽になるためにもう一度手を伸ばす。この循環が、外からは「意志が弱いからやめられない」に見えるものの正体です。脳が刺激のある状態に適応してしまったあとの、神経適応の問題だと精神医学の教科書では説明されています。ただし教科書も、脳の変化だけで使用行動のすべてを説明できるかは未解決だとしています。学習、環境、個人差が相互に絡むためです。
なお、この適応は通常、刺激のない時間が続くと徐々に元に戻っていく可能性があるとされています。日常のささいな楽しみへの反応が回復していく。ただし、回復の時間も程度も個人差が大きく、全員に一定期間での回復を約束するものではありません。
なぜ人はそもそもつらい状態を自分で手当てしようとするのか――「快楽のため」ではなく「苦痛から逃れるため」に手が伸びるという依存の側面については、「自己治療」としての依存で詳しく書いています。
合図と期待――手が伸びるもう一つの仕組み
天秤だけでは説明しきれない現象があります。
お酒をやめた人が、以前よく飲んでいた店の前を通りかかっただけで強い欲求に襲われる。ゲームのアイコンが目に入っただけで、指がタップしそうになる。これは天秤の傾きとは別の仕組みです。
脳は、快楽をもたらした刺激だけでなく、その刺激と結びついた環境――場所、時間帯、音、一緒にいた人――も記憶します。こうした結びつきが一度できると、環境そのものが渇望を引き起こすようになります。これが条件づけです。本人の自覚に上らないまま進むこともあります。
もう一つ、行動が続く理由として知られているのが、結果の不確実さです。ギャンブルの研究では、勝つか負けるかが読めないこと自体がドーパミンの放出に関わっているという報告があります。SNSの通知、動画のおすすめ、ガチャの結果は、開いてみるまで何が出るかわからない。この「わからなさ」が行動の継続を促す一因になっている可能性があります。ただし、SNSや動画の視聴にどこまで同じことが言えるかは十分に検証されていません。スマホやSNSとの距離のとり方、睡眠への影響についてはスマホ・SNSと睡眠をご覧ください。
この比喩の限界
レンブケ自身が、天秤は比喩にすぎない、と断る節を設けています。脳の実際の働きは、快楽と苦痛がシーソーのように一対一で釣り合うほど単純ではない。著者が挙げる限界は四つあります。
第一に、何を快く感じるかは人によって違います。ある人にとって強い報酬になるものが、別の人にはほとんど何も起こさない。天秤の傾き方に個人差がある以上、「この刺激は誰にとっても危険だ」とは言えません。
第二に、快楽と苦痛は同時に起こりうるということです。マラソンの終盤の苦しさの中にある達成感、辛い料理を食べるときの痛みと満足。天秤の比喩では片方が上がればもう片方が下がるように見えますが、実際には両方が同時に活性化する場面があります。
第三に、もともとの精神状態が天秤の出発点を変えるということです。うつ病や不安症、慢性的な痛みを抱えている人は、刺激がなくてもすでに苦痛の側に傾いた状態で一日を始めています。こうした人が刺激に手を伸ばすのは、「快楽を追い求めている」のではなく、「つらさをしのごうとしている」と見たほうが実情に近い。落ち込みが続いている方は、刺激の反動を疑う前に、落ち込みそのものを一つの症状としてうつ病の症状から眺めてみてください。
第四に、同じ刺激でも、本人がどう意味づけるかによって体験は変わるということです。痛みの研究では、同じ身体的なけがでも、状況や意味づけによって感じ方が大きく異なることが知られています。快楽と苦痛の比喩は、この意味づけの層を捉えきれません。
行動嗜癖の研究全体にも同様の留保があります。ギャンブル障害はDSM-5に精神疾患として正式に位置づけられていますが、それ以外の行動――ゲーム、買い物、性的行動など――が同じ意味で「依存症」かどうかは研究途上です。報酬への反応が弱いという結果と強いという結果の両方が報告されており、物質使用と行動の問題の神経機構がどこまで共通かも確定していません。日常の熱中を精神疾患と同一視しないよう求める声も、専門家の間にはあります。
この記事の天秤の話を読んで「自分は依存症だ」と判定したり、「あの人は天秤が壊れている」と周囲に当てはめたりすることは、この比喩の使い方としては正しくありません。天秤は、「やめたいのにやめられない」という経験を、意志の弱さではなく脳の調整として眺め直すための補助線です。
受診のときに伝えるとよいこと
何かに対して「やめたいのにやめられない」「前ほど楽しくないのに手が伸びる」「やめた翌日のほうがつらい」と感じているなら、そのことを診察で話す価値があります。自分の状態を知るための大事な情報です。
伝えるときに役立つのは時間の流れです。何を、いつ頃から使っているか(続けているか)。量や頻度がどう変わってきたか。やめたとき・減らしたときに何が起きたか。これだけで十分です。正確でなくてかまいません。言えない事情があるときは、その事情のほうをご相談ください。
レンブケは著書の後半で、刺激との距離のとり方についても考え方を提案しています。ただし、お酒や処方薬のように急にやめると体に負担がかかるものもあるため、進め方は一律にはいきません。何かをやめたい・減らしたいと思ったときは、主治医に相談してから動いてください。
当院は18歳以上を対象とする精神科・心療内科のクリニックです。「やめられない」の背景にあるうつ・不安・眠れない・トラウマに関連する不調は、当院の診療範囲です。初診では、服用中の市販薬やサプリメントも確認しています。やめるかどうか決まっていない段階でも、そのままお話しいただいてかまいません。
一方、アルコール依存症をはじめ、依存症そのものが主なお困りごとである場合、当院では専門治療を行っていません。専門の医療機関をご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。ご本人が受診に同意されたうえでの、ご家族の同席は可能です。ご本人のことをご家族だけでご相談いただくことはできません。
処方薬を飲んでいる方へ。抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬は、この記事で扱った快楽を求める仕組みとは前提が異なります。自己判断で減らしたりやめたりすると、離脱症状が出ることがあります。減薬については主治医にご相談ください。処方薬の依存や減らし方について詳しくは抗不安薬とからだの慣れをご覧ください。
つらさが強く、自分を傷つけたくなったり、どうでもよくなったりしている方は、119番に電話するか、主治医に連絡してください。
まとめ
快楽のあとに落ち込みが来るのは、脳が内部の状態を一定に保とうとして逆向きの調整をかけるからです。レンブケはこの仕組みを天秤にたとえました。同じ刺激を繰り返すほど、天秤は苦痛の側に傾いたまま戻りにくくなり、楽しむための使用が苦痛を避けるための使用に変わっていく。これは意志の弱さではなく、脳の適応の問題です。ただし著者自身がこの比喩に四つの限界をつけています――快の感じ方の個人差、快と苦痛の同時発生、もともとの精神状態の影響、意味づけによる体験の変化。天秤の話で自分を診断するのではなく、「やめたいのにやめられない」を意志とは別の角度から眺め直すための補助線として使ってください。やめたいのに手が伸びるなら、そのことを診察で話すところから始められます。
報酬系と「やめにくい」仕組み / 「自己治療」としての依存 / スマホ・SNSと睡眠 / 買い物・課金がやめられない / 抗不安薬とからだの慣れ / うつ病の症状と受診の目安
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- Anna Lembke『ドーパミン中毒』(新潮新書、原著: Dopamine Nation: Finding Balance in the Age of Indulgence, Dutton, 2021)
- Nancy M. Petry (ed.) Behavioral Addictions: DSM-5 and Beyond (Oxford University Press, 2016)
- Robert Boland, Marcia Verduin (eds.) Kaplan & Sadock's Synopsis of Psychiatry 第12版 (Wolters Kluwer, 2022)
よくある質問
ドーパミンが出すぎると依存症になるのですか?
ドーパミンだけで依存症になるわけではありません。快楽を求める仕組みの一部にドーパミンが関わっていますが、依存に至る過程には環境やもともとの心身の状態、学習など多くの要因が絡みます。脳の一つの物質だけで説明しきれるものではなく、精神医学の教科書でも多因子的に起こると記載されています。
スマホのせいで気分が落ち込んでいるのでしょうか?
落ち込みの背景は一つとは限りません。スマホの使いすぎが気分に影響する可能性はありますが、うつや不安、環境の問題が気分の落ち込みをもたらしていることもあります。落ち込みが続いているなら、原因を自分で一つに決めるよりも、そのこと自体を診察で話していただくほうが確実です。
本に書いてある「一定期間やめてみる」は、やったほうがいいですか?
著書ではそうした枠組みが提案されていますが、この記事で特定の期間を推奨することはしません。とくにお酒や処方薬については、自己判断で急にやめると離脱症状が出ることがあり、危険を伴います。何かをやめたい・減らしたいと思ったら、主治医に相談してから進め方を考えてください。
処方薬を飲んでいますが、この記事の話に当てはまりますか?
抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬は、快楽を追い求めるために飲むものではなく、治療の必要から処方されています。この記事で扱っている快楽と苦痛の調整の話とは前提が異なります。自己判断で減らしたりやめたりせず、減薬の相談は主治医としてください。
楽しいと思えなくなったのは、天秤が傾いているからですか?
楽しいと感じられなくなる状態は、うつ病の中心的な症状の一つでもあります。天秤の比喩だけに当てはめず、それがどのくらい続いているか、日常生活にどう響いているかを含めて、診察で話してください。