福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
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精神科医同士の対談集に、睡眠についての興味深い話が出てきます。

ある患者さんに眠れているかを尋ねると、問題なく眠れているという返事がありました。ところが、昼間はひどく眠いと訴えています。そこで睡眠時間を具体的に聞いてみると、実際には一晩に1時間しか眠っていなかったそうです。

1時間でも眠ったことには違いありません。しかし、医師が「眠れています」という返事から想像した睡眠とは、ずいぶん違っていました。

これは『大人の発達障害ってそういうことだったのか』で紹介されている診察のエピソードです。

うつの治療が長引くときにも、似たようなことが起こります。ご本人は質問に答えているし、医師もきちんと尋ねている。それでも、肝心な負担が見つかっていないことがあります。

薬は効いたのに、復職を考えると具合が悪くなる

精神科の専門誌『精神科治療学』に、ある方の治療経過が紹介されています。

その方はすでに自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けていて、支援を利用しながら事務の仕事をしていました。

職場の同僚が何人か異動したころから、怒りっぽさが目立つようになりました。職場だけでなく、自宅でも大声を出すようになります。

その後、疲れやすさやだるさ、食欲の低下が現れ、感覚の過敏さも強くなりました。腹痛や目の痛みもあり、身体の診療科を受診しましたが、異常は見つかりませんでした。

休職して1か月あまり経っても、状態は変わりませんでした。

そこで少量のSSRIという抗うつ薬を使ったところ、体の症状と感覚の過敏さは和らぎました。

ところが、復職を考える段階になると再び調子が悪くなります。これを何度も繰り返しました。

復職に不安があるのか尋ねられても、ご本人には具体的な理由が思い当たりません。

薬によって改善した症状はありました。それでも、仕事に戻れる状態にはなかなか至らなかったのです。

後輩を教える役目が増えていました

診察で職場の過ごし方を一つずつ確かめていくうちに、それまで分からなかったことが出てきました。

年度が替わったころから、後輩に仕事を教える役目の一部を任されていたのです。

それに加えて、ほかの人と一緒に進める作業も増えていました。

事務の仕事そのものを続けながら、人に教えたり、誰かと作業を合わせたりする機会が増えていたわけです。

ご本人はそれを復職への不安の理由として捉えていませんでした。しかし、職場での過ごし方を詳しく調べていくと、こうした変化が負担として浮かび上がってきました。

就労を支える人たちも関わり、上司と相談して仕事を組み直すことになりました。

後輩への指導は担当から外し、一人で完結しやすい作業を中心にしたのです。

その結果、ご本人は安心できるようになり、復職に至っています。

この経過で興味深いのは、薬が効いたあとも残っていた問題が、仕事の中身を細かく確かめることで見つかったという点です。

発達特性のある方のうつ病では、仕事や家庭など外からの負担が高い割合で関わっています。しかも、その負担をご本人が十分に捉えていないこともあります。

「仕事が忙しいですか」「人間関係がつらいですか」という質問だけでは、負担の内容が見つからない場合があります。

そこで、もう少し細かく確認します。

  • 最近、職場や身のまわりで何が変わったか
  • 仕事のどの部分は終わっていて、どこで止まっているか
  • 誰と、どのように関わりながら仕事をしているか
  • 家のなかでは、どのような状況になっているか

ここまで具体的に尋ねて、ようやく見つかる負担もあります。

「いつもと違う」を見つける難しさ

発達特性のある方では、負担だけでなく、うつ状態そのものを把握するのが難しいこともあります。

まず、発達特性があるからといって、幼いころから困りごとが目立つとは限りません。

知的な遅れを伴わない方では、学生時代の比較的守られた環境で大きな問題が表に出ないまま過ごすこともあります。

ところが就職したり、職場が変わったりすると、それまで目立たなかった困りごとが現れる場合があります。そうした負担が、うつ病などを発症する危険を高めることがあります。

さらに、ASDのある方では自分の気持ちや置かれた状況を捉えること、相手に伝えることが苦手な場合があります。

例えば医師が「気分が沈んでいますか」と尋ねても、そもそも気分が沈むという表現がうまく伝わらないことがあります。

専門誌の論文では、ASDのある方のうつ状態について、気分の落ち込みよりも意欲の低下や体の不調が前に出やすいと、筆者が臨床経験から述べています。

腹痛や下痢など、お腹の症状として現れることもあります。ただし、身体の症状をすべて心の問題と考えるわけではありません。まだ身体的な確認をしていない症状については、その症状に合った診療科で調べることが先です。

診る側にも難しさがあります。

精神科医は普段の診療経験から、うつ状態の方に見られやすい表情や話し方を知っています。しかし、ASDのある方では表情の動きや声の調子など、言葉以外の伝わり方に違いがある場合があります。

そのため、普段の経験だけでは気分の状態を読み取りにくくなります。医療者の側から積極的に尋ねて確かめなければ、症状を見落とす可能性があります。

逆の取り違えも起こります。

外出する機会が少ない、就職活動のような段取りの必要なことが進まない。こうしたことが、ASDのある方では以前からの特徴である場合もあります。

それを新しく生じたうつ症状と判断すると、抗うつ薬の適切でない使い方につながるおそれがあります。

そこで役立つのが、以前のその人と比べることです。

もともと苦手だったことなのか、以前はできていたのに難しくなったことなのか。生活のどこが、いつから変わったのかを確かめます。

発達障害の診断がついている方だけの話ではありません。何が負担なのか自分でも分からない状態は、発達特性の有無にかかわらず起こります。

また、うつの治療が長引いているからといって、発達障害があると決まるわけでもありません。

「ゆっくり休んでください」では休めない人もいます

うつの治療では、仕事を休んで療養することがあります。

しかし、仕事を休む時間ができたことと、その時間をうまく使って休めることは同じではありません。

『大人の発達障害ってそういうことだったのか』では、ASDのある方への説明は、曖昧な言い方を避けて具体的にする必要があると論じられています。

例えば「少しゆっくり過ごしてください」と言われても、どの程度ゆっくりすればよいのか分からない方がいます。

どの時間帯に、どれくらい休むのか。そうしたことまで具体的に決めたほうが、伝わりやすい場合があります。

同じ本には、休養を勧められても何をすればいいか分からず、インターネットを使って過ごすうちに、かえって疲れてしまう方の話も出てきます。

休職しているのに疲れが取れないとき、休み方そのものがうまく決まっていない可能性もあるわけです。

もう一つ、療養中の計画を誰が考えるのかという問題もあります。

うつ状態から回復してくれば、自分でこれからの生活や仕事の計画を立てられる方もいます。

一方、発達特性のある方では、うつ状態が改善しても、適切な計画を自分だけで組み立てることが難しい場合があります。

そうしたときは「元気になったら自分で考えてください」と任せるよりも、生活の過ごし方や仕事の内容について具体的に考える手助けが必要になります。

先ほどの症例でも、仕事に戻るために必要だったのは、気力が回復するのを待つことだけではありませんでした。後輩への指導を外し、一人で進めやすい仕事に組み直すという具体的な変更がありました。

仕事を調整しても、不安が残ることがあります

環境を調整すれば、すぐに安心して戻れるとは限りません。

専門誌の論文では、周囲の理解が得られて仕事の調整ができたあとも、不安が残る場合について触れています。

発達特性のある方では、完璧にやろうとする気持ちに自己評価の低さが重なり、小さな失敗を過度に恐れることがあります。

うつ状態に伴う悲観的な考え方が、その不安をさらに強めることもあります。

失敗が怖くて人と関わる場面を避けるようになると、生活は孤立しやすくなります。孤立することで社会参加への不安がさらに強くなるという、悪循環も考えられます。

ここには、もう一つの難しさがあります。

発達特性のある方では、困ったときに人に相談すること自体が苦手な場合があります。特にASDのある方では、誰かを頼るという考えが思い浮かびにくいこともあります。

そのため、本人の側から相談が出てくるのを待つだけでなく、周囲から声をかけることも大切になります。

ただし、暴力や強い支配がある関係では、相手と話し合って折り合いをつけるという考え方は当てはまりません。身体的な暴力がなくても、強く支配されている場合は安全を確保することが先です。

それ以外の場面では、本人だけで問題を抱え込まず、周囲と相談しながら環境を調整することを考えます。

職場では、上司や産業医などとの相談が必要になることも多くあります。発達特性を職場に伝えているかどうかにかかわらず、その人が力を発揮しやすい仕事の内容や量を考えていきます。

相談先は職場の中だけとは限りません。

論文では、デイケアやリワークのように、同じような困難を抱える人たちと交流できる場も重要な選択肢として挙げています。

似た困りごとを持つ人と関わるなかで、孤立した生活から社会参加へ向かう安心感が得られる場合があります。

仕事の調整が進んでも不安が残るときには、こうした支援の場を利用することも考えられます。

薬と環境調整は、どちらか一方ではありません

ここまで環境の話をしてきましたが、抗うつ薬が不要だという意味ではありません。

冒頭の症例でも、SSRIによって身体の症状や感覚の過敏さは和らいでいました。

薬による治療は役立っていましたが、それだけでは復職につながらず、仕事内容の調整によって安心が得られたという経過です。

うつの治療が長引いている場合、薬の量や種類、これまでの治療を見直すことも必要になります。

薬物療法の考え方は抗うつ薬が効かないとき 増量・切り替え・増強のどれを選ぶかで詳しく扱っています。後半は医療者向けの内容も含む連載です。

また、治療が長引いているからといって、すぐに治療抵抗性うつ病と決まるわけではありません。先に確認したいことは治療抵抗性うつ病とは|効かないときに最初に確認すべきことにまとめています。

診断名についても同様です。

うつ病なのか適応障害なのか、判断がまだ定まっていないこともあります。

ただ、負担になっていることを探し、できるだけ環境を調整し、必要に応じて薬物療法を検討するという方向は、どちらの診断でも大きくは変わりません。

診断名が確定する前から、生活や仕事で何が起きているのかを調べることは始められます。

両者の診断の違いは適応障害とうつ病の違い|診断はどこで分かれるのかで説明しています。

「何が負担か分かりません」から診察を始められます

春日メンタルクリニックは、福岡県春日市にある精神科・心療内科です。

うつや不安で受診された方については、必要に応じて背景に発達特性がないかという視点を持ちながら診察しています。成人のASD・ADHDの評価や診断も、問診を中心に行っています。

心理検査は当院では実施していません。検査を希望される場合は実施している医療機関をご自身でお探しいただきますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。

当院で、休養がうまくいっていない方にお尋ねしていることがあります。

「休めていますか」という質問よりも、「休もうとすると何が邪魔をしますか」という聞き方です。

仕事を休んでいるのに、気持ちが落ち着かない。休む時間はあるのに、何をして過ごせばいいか分からない。そうしたことも、療養を考えるうえで大切な情報になります。

初診前にはWEB問診がありますが、気持ちをうまく文章にできない場合は、簡単な記載でも差し支えありません。詳しくは診察で伺います。

何が負担なのかを自分で整理できていなくても、そのままお話しいただけます。

最初に紹介した、眠れていると答えた方の話を思い出してみてください。

睡眠時間を具体的に尋ねたことで、それまで分からなかった状態が見えてきました。

仕事の負担も似ています。

「仕事がつらいですか」と尋ねるだけでは分からなくても、「最近、仕事の内容や一緒に働く人は変わりましたか」と尋ねると、思い当たることが出てくる場合があります。

何が負担になっているのか分からないときには、質問をもう少し具体的にしてみる。

それも、うつの治療が長引いているときに試せる見直し方の一つです。


参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):

  • 『精神科治療学』第37巻8号(2022年)の特集より、発達障害が併せて存在するうつ病の特徴・対処と、適応障害との見分けについて論じた一編(太田晴久、851〜856頁)。論文名「発達障害の併存した治療抵抗性うつ病―適応障害との鑑別―」(星和書店)。
  • 宮岡等・内山登紀夫『大人の発達障害ってそういうことだったのか』医学書院、2013年。

よくある質問

抗うつ薬を変えても良くならない場合、発達障害があるということでしょうか?

治療が長引く理由は一つではなく、発達障害があるとは限りません。薬の治療について先に確かめたいことは「治療抵抗性うつ病とは|効かないときに最初に確認すべきこと」で解説しています。そのうえで、仕事や家庭で気づいていない負担がないかを見直すことも、一つの考え方です。

落ち込んでいる自覚がなくても、うつ状態のことはありますか?

ASDのある方では、気分の落ち込みが言葉になりにくく、意欲の低下や体の不調が目立つ場合があります。一方、もともとの行動の特徴をうつ症状と取り違えることもあります。以前と比べて何が変わったのかが判断の手がかりになります。

休職しているのに、うまく休めないのはなぜですか?

仕事から離れる時間ができても、休み方が曖昧だとどう過ごせばよいか分からないことがあります。休憩する時間帯や過ごし方を具体的に考えるほうが理解しやすい方もいます。自分で療養中の計画を立てるのが難しい場合は、そのことも診察で相談できます。

発達障害を職場に伝えていなくても、仕事の調整を考えられますか?

発達特性を職場に伝えているかどうかにかかわらず、仕事の内容や量を見直すことは考えられます。どの作業が進めやすく、どこで困っているかを具体的に確かめることが出発点です。必要に応じて上司や産業医などと相談し、調整の可能性を探ります。

うつ病か適応障害か分からない段階でも、環境を見直す意味はありますか?

診断名がまだ決まっていなくても、負担になっていることを調べ、環境の調整を考えることは始められます。必要に応じて薬物療法を検討するという方向も、両者で大きくは変わりません。診断の違いについては「適応障害とうつ病の違い|診断はどこで分かれるのか」で説明しています。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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