はじめに
頭の中が溶けていくような感じがする。皮膚の下を、小さな何かが行ったり来たりしている。口の中が、何をしてもずっとざらざらしている。痛い、しびれる、だるい、という言葉ではどうにも言い表せない、奇妙な体の感覚が続く。人に話すと変な顔をされるので、だんだん話さなくなった――。
こうした「言葉にしにくい奇妙な体の感覚」が続くことを、精神科ではセネストパチー(体感異常)と呼んできました。 説明が奇妙な言い方になりやすいのは、伝え方が下手だからではありません。精神医学が100年以上前からこの名前で捉えようとしてきたのは、まさにそうした奇妙な感覚です。ご本人にとって、その苦しさは現実のものです。検査で異常が見つからなかったことは、感覚がないことを意味しません。
この記事は、精神科の症状を一つずつ取り上げた教科書『精神科シンプトマトロジー』のセネストパチーの章(熊﨑努)を下敷きにしています。
どんな感覚なのか ── 痛みやしびれとは「質」が違う
体の不調の多くは、痛い、重い、しびれる、ふらつく、といった、誰もが知っている言葉で伝わります。セネストパチーで語られる感覚は、そこからはみ出します。たとえば、次のような言い方がされます。
- 頭や首が、内側からぎゅっと締めつけられる
- 皮膚の下や体の中を、何かが移動していく
- 頭の中が空洞になった、脳が溶けた、何かが詰まった
- 頭のてっぺんに、冷たい物が載っている
- 口の中に糸や膜があるような、ざらつきやねばつきが消えない
章の冒頭で紹介されている方の例でも、頭や首が締まる感じ、皮膚の下を小さなかたまりが上下する感じ、頭の中が空っぽになったような感じ、頭頂に冷たいものがある感じなどが、いくつも重なって長く続いていました。そして診察しても、それに見合う体の異常は見つからなかったとされています。
ここで大事なのは、感覚の強さより、感覚の「質」が違うという点です。ありふれた不調が強くなったものではなく、ふだんの言葉の中に置き場所のないことが多い感じ方です。そのためご本人は、「溶ける」「動く」「空洞」といった、たとえを使うほかなくなることがあります。聞く側にはそれが大げさに、あるいは突飛に聞こえることがあり、そこで話が途切れてしまう。セネストパチーの苦しさには、この「伝わらなさ」も含まれています。
一つの病名とは限らない
セネストパチーという名前は、1907年にフランスで名づけられました。全身で自分の体を感じ取るしくみそのものに変調が起きているのだ、という捉え方です。その後ドイツでは統合失調症の一つの型としても取り上げられ、日本では口の中に限った奇妙な感覚にも口腔内セネストパチーという呼び名が使われるようになりました。ただし、統合失調症だけに起こる感覚とはされていません。
こうした経緯もあって、この言葉はいまも二通りの意味で使われています。
一つは、奇妙な体の感覚がそれだけで前に出ていて、ほかの精神症状が目立たない状態を指す使い方。もう一つは、統合失調症やうつ病など、別の精神疾患の一部として出てくる症状を指す使い方です。触覚の異常を含めるかどうかも、立場によって違います。現在の診断基準(DSM-5など)にはセネストパチーにそのまま対応する位置がなく、どのカテゴリーに入れるかもはっきりしていません。
つまり、「セネストパチーです」と言われても、それだけでは病名が一つに決まったことにはなりません。気分の落ち込みや眠り、考えのまとまり、ほかの体験があるかどうか、いつから、どう変わってきたか。そうしたことをあわせて確かめていくのは、統合失調症やうつ病に伴うものかどうかで、治療の組み立てが変わってくるからです。
それでも、分類上の位置が定まらないこの概念にも、ふつうの痛みや不調の言葉では捉えきれない体験の質を見落とさないための目印としていまも意味がある、というのが下敷きにした章の立場です。奇妙な感覚を、健康への不安の問題としてだけ捉えると、症状の中心にある、感覚そのものの奇妙さを取りこぼしてしまう、とも述べられています。
感じていることと、確信していること
奇妙な感覚の話をしていると、「それは幻覚なのか」「妄想なのか」という問いにぶつかります。
精神医学には、体の内側に幻覚のような感覚が生じるものを「体感幻覚」と呼ぶ言葉もあります。ただし、検査で原因の見つからない頭痛や腹痛をすべて体感幻覚に含めるわけではありません。
難しいのは、感覚がとても奇妙で、その説明に「脳が本当に溶けて流れ出している」「体の中に生き物が住みついている」といった強い意味づけが入ってくると、感じていることと、事実だと確信していることの区別がはっきりしなくなることです。精神医学の側でも、体感異常と妄想の区別はいつも明確につくものではないとされています。
ですから、ご自分やご家族の体験がどちらにあたるのかを、この記事で判定することはしません。それは、話を伺いながら、ほかの症状や経過とあわせて少しずつ見えてくるものです。妄想とはどういうものか、確信の強い話にどう接するかは妄想とは?にまとめてあります。
似ているけれど中心が違うもの
体の症状をめぐる相談には、セネストパチーと重なって見えるものがいくつかあります。見分けの手がかりは、何がいちばん苦しいのかです。
いちばん苦しいのが「重い病気にかかっているのではないか」という恐れで、感覚そのものは軽いなら、病気不安症の説明のほうが近いかもしれません。症状のことが頭から離れず、調べたり検査を繰り返したりすることで生活が圧迫されているなら、身体症状症で詳しく取り上げています。手足が動かない、声が出ない、ある部分の感覚がなくなるといった、体の動きや感覚の働きが弱まったり失われたりする症状は、転換症で取り上げています。セネストパチーで前に出るのは、恐れや働きの変化よりも、感じている中身の奇妙さです。
「虫が這うような」という言い方は、夕方から夜、じっとしていると脚の奥がむずむずし、動かすと楽になるレストレスレッグズ症候群でもよく使われます。この組み合わせがあるなら、そちらの説明が当てはまるかを先に確かめる価値があります。また、音や光、肌ざわりなど、実際にある刺激の受け取り方が強すぎる感覚過敏は、セネストパチーのように感じている中身そのものが奇妙な体験とは別のもので、大人のASDの感覚過敏に詳しく書いています。
体の確認と、精神科への相談の順番
体の奇妙な感覚があるとき、体の病気がないかを確かめることは前提です。 神経や皮膚、口の中の病気、薬の影響などで、似た感覚が起こることがあるからです。精神症状の裏に体の病気が隠れていることについては精神症状の裏にある身体疾患にまとめてあります。
ただ、それは「あらゆる検査を受け終えて、何も見つからなかった人だけが精神科に来てよい」という意味ではありません。口の中の感覚なら歯科や口腔の診療科、皮膚の感覚なら皮膚科というように、その場所に合った確認がまだであれば、それを進めながら、同時に精神科に相談していただいて構いません。一般的な受診の順番の考え方は自律神経の不調、何科に行けばいい?にあります。
反対に、すでにいくつもの医療機関を回り、そのたびに「異常はありません」と言われて行き場をなくしている方もいるはずです。そこで終わりにせず、別の角度から相談できる場所として、精神科を考えていただければと思います。
「精神科へ」と言われて傷ついた方へ
体で感じていることを相談したのに、精神科を勧められた。そのとき、「やっぱり気のせいだと思われた」「頭がおかしいと言われた」と感じた方は少なくないと思います。
体の苦しさを訴えているのに、それが否定されたように感じれば、精神科に通うこと自体に抵抗を覚えるのは当然です。
けれども、下敷きにした章も、ご本人にとって体の苦痛は現実のものだという立場から治療を考えています。精神科で扱うのは、その感覚が「本当にあるかどうか」ではありません。その感覚がどんな質のもので、何に伴って出ているのか、そしてそれを抱えながらどう暮らしを守っていくか、です。精神科は、感じていることを疑うための場所ではありません。
治療は、長くつき合いながら暮らしを守ることを目指す
正直にお伝えすると、セネストパチーの治療は、薬の面からも精神療法の面からも思うように進まないことが多く、短い期間で効果を得るのも難しいと考えられています。短い期間で感覚が消えることを目標にすると、思うように変わらないたびに、ご本人も周りも消耗してしまいます。
そのため、時間をかけて信頼できる治療関係をつくり、長くつき合いながら生活の質を保つことを目標にする考え方がとられます。具体的な形にすると、感覚の話を否定されずに聞いてもらえること、眠りや気分、食事、仕事や家のことが崩れていないかを一緒に見ていくこと。そうした積み重ねが、感覚に暮らし全体を明け渡さずにすむための土台になります。
良くならないと決まっているわけではありません。ただ、焦らずに進める治療であることは、先に知っておいていただいたほうがよいと思います。
受診と相談の目安
次のようなことが続いているときは、ご相談をお考えください。
- 痛みやしびれとは違う、言い表しにくい体の感覚が続いている
- 体の検査で説明のつく異常が見つからないまま、感覚がおさまらない
- いくつもの医療機関を回ったが、どこでも行き場がないように感じている
- 感覚が気になって、眠れない、食事がとれない、仕事や家のことが手につかない
- 気分の落ち込みや、まわりから何かをされているような感じなど、ほかの変化も出てきている
- 人に話しても分かってもらえず、ひとりで抱えている
暴力や強い支配のある関係のなかで出てきた症状についてのご相談も、当院で承っています。どれに当てはまるかを、ご自分で先に決めていただく必要はありません。
通院中であれば主治医に連絡し、命に関わる切迫した状況ではためらわず救急(119)を利用してください。
当院での実際
当院は福岡県春日市の精神科・心療内科です。ご相談は、まずWEB予約(デジスマ)でご予約のうえ、初診前のWEB問診にお答えいただく形をとっています。初診の所要時間の目安は、問診を含めて30分程度です。通院を始めた場合は、2週間に一度の通院が基本で、再診の所要時間の目安は5分前後です。
体の感覚を文章にするのが難しい場合、WEB問診は「気になる感じがある」程度の記載でも差し支えありません。詳しくは診察のなかで伺います。伝えたいことをAIなどで整理したメモがあれば、診察で画面のまま見せていただいて構いません。初診では、服用中の市販薬やサプリメントについても確認しています。
体の病気が疑われる場合、受診先はご自身でお探しいただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。決心がついてから受診する必要はなく、何を確かめたいのかが決まっていなくても、そのままお話しいただいて構いません。
ご家族のみの相談はお受けしていません。ご家族が心配されている当のご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。そのご本人がどうしても受診できない状況の場合は、お住まいの地域の保健所、市区町村の精神保健相談、精神保健福祉センターなどの公的相談先、または受診を予定している医療機関への問い合わせをご案内しています。ご家族ご自身の不調を診てもらうために受診されることは、それとは別で、ご自身の受診としてご相談いただけます。当院の診療対象は18歳以上の方です。
まとめ
痛みやしびれの言葉では言い表せない、奇妙な体の感覚が続くことを、精神科ではセネストパチー(体感異常)と呼んできました。説明が奇妙な言い方になりやすいのは、その感覚の質が、ふだんの言葉の外にあることが多いからです。
体の確認を進めながらでも相談はでき、治療は、長くつき合いながら暮らしを守ることを目標に考えられています。
奇妙に聞こえるかもしれない言い方のままで構いません。診察の場で、そのままお話しください。うまく言葉にならないときや、言いにくい事情があるときは、そのこと自体をご相談ください。
そのほか近いところにあるもの ―― 身体症状症とは・病気不安症(心気症)とは・転換症とは・幻聴とは?・妄想とは?・精神症状の陰に隠れる「体の病気」・自律神経失調症は何科に行けばいい?
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 内海健・兼本浩祐編『精神科シンプトマトロジー ── 症状学入門 心の形をどう捉え、どう理解するか』(医学書院)のうち、第25章「セネストパチー」(熊﨑努)、および第11章「幻覚」(菅原誠一)の体感幻覚にふれた部分
よくある質問
体の感覚のことで精神科を勧められました。気のせいだと言われたようで納得できません。
納得できない気持ちは自然なものです。体に起きている感覚を、体ではなく気持ちの問題だと言われたように受け取れば、精神科に回されたこと自体に傷つくのは無理もありません。けれども、この記事で下敷きにした精神医学の教科書の章も、ご本人にとって体の苦しさは現実のものだという立場から、セネストパチー(体感異常)の治療を考えています。感覚を否定するためではなく、その感覚とどうつき合い、暮らしをどう守るかを一緒に考えるための相談先として、精神科を使っていただけます。
セネストパチーと言われたら、統合失調症なのでしょうか。
そうとは限りません。セネストパチーは、それだけが前に出ている状態を指して使われることもあれば、統合失調症やうつ病など、別の精神疾患に伴って出てくる症状を指して使われることもあります。どちらにあたるのかは、感覚の中身だけでなく、気分や考え、経過などをあわせて診察で確かめていくもので、この記事やご自身で決められるものではありません。
治りますか。
薬の面からも精神療法の面からも思うように進まないことが多く、短い期間で効果を得るのも難しいと考えられています。そのため、すぐに感覚を消すことよりも、時間をかけて治療関係をつくり、長くつき合いながら生活の質を保つことを目標にする考え方がとられます。良くならないと決まっているわけではありません。
体の検査を全部受けてからでないと、精神科には行けませんか。
体の病気がないかを確かめることは前提ですが、検査をすべて受け終えるまで相談を待つ必要はありません。感覚のある場所に合った確認を進めながら、並行して精神科に相談していただいて構いません。一般的な受診の順番の考え方は「自律神経の不調、何科に行けばいい?」にまとめてあります。
家族が「脳が溶けている」と真剣に言います。否定したほうがよいのでしょうか。
感覚そのものを打ち消そうとしても、ご本人には体で感じていることなので、話がかみ合わないまま互いに疲れてしまいやすくなります。感じている苦しさのほうに耳を傾け、受診を一緒に考えるほうが進みやすいはずです。ご本人が、それを感覚としてではなく揺るがない事実として確信している様子があれば、「妄想とは?」の接し方も参考になります。ご家族のみの相談はお受けしていません。ご本人が受診され、同席に同意されている場合には、ご家族に同席していただけます。