「検査では異常が見つかりませんでした」
そう言われて、ほっとするどころか、かえって困ってしまう人がいます。
足に力が入らず、うまく歩けません。検査を受けても原因が分からず、症状はそのまま続いています。異常が見つかれば、どうして歩けないのか、どうすればよくなるのかが分かるかもしれない。そう期待していたのに、何も見つからなかったのです。
さらに「精神科で相談してみてください」と勧められたら、どうでしょう。
体の症状について相談していたはずなのに、突然、心の問題だと言われたように感じるかもしれません。
こうした場面を理解するうえで知っておきたい病名の一つが、転換症です。
検査に何も出なかった。なのに、安心できない
精神科医の尾久守侑は、著書『器質か心因か』で、検査に異常が見つからなかった患者さんの気持ちについて書いています。
患者さんは必ずしも、検査で何も見つからないことを望んでいるわけではありません。原因が見つかれば、それに対する治療や対処法があるかもしれないと期待しています。
ところが結果は正常でした。安心できる材料が増えた一方で、つらい症状が続く理由は分からないままです。
そこへ十分な説明もなく「心の問題かもしれません」と言われると、自分で症状を作り出していると責められたように受け取ってしまうことがあります。
『精神科臨床144のQ&A』で転換性障害の歩行障害を取り上げた渡辺俊之も、精神科を紹介された患者さんが困惑したり、仮病のように見られてつらい思いをしたりすることについて述べています。
検査で異常が見つからないことと、症状が実際に起きていることは両立します。
検査は体の病気を調べる手段であって、本人のつらさが本物かどうかを判定するものではありません。
ただし、異常が見つからなかったという結果だけで、体の病気を否定できるわけでもありません。
この両方を理解しておく必要があります。
転換症は「異常なし」だけで決まる病名なのか
足が動かない、声が出ない、体の感覚がなくなる。
こうした症状があっても、診察や検査の結果、神経の病気としては説明しにくい現れ方をすることがあります。
そのときに検討される病名の一つが転換症です。
アメリカ精神医学会の診断基準DSM-5では、おおむね次の点を確認します。
- 体の動かし方(随意運動)や、感じ方(感覚)に関わる症状が現れている。
- その症状の現れ方が、神経の病気やほかの体の病気として説明できる形とかみ合わない。
- 症状によって苦痛が生じている、または日常生活に支障が出ている。
ここで注目したいのは、二つ目の条件です。
診断で確かめるのは、単に検査結果が正常かどうかではありません。症状の現れ方が、神経の病気として説明できる形と一致するかどうかです。
どのような診察や検査を受けたのか、その結果から何が分かるのかを考える必要があります。
また、転換症という診断がついたからといって、その人に別の身体疾患がないと証明されたわけではありません。
まだ体の病気について調べていない場合は、症状に応じて内科、神経内科、耳鼻科、眼科などで確認することが先になります。
検査が何を調べているのかについては、精神症状の陰に隠れる「体の病気」でも取り上げています。
歩けないだけではありません
転換症というと、突然足が動かなくなったり、立てなくなったりする状態を思い浮かべるかもしれません。
実際には、体の動きから感覚まで、さまざまな症状が含まれます。
体の動きに関わる症状
- 体の片側、または両側に力が入らなくなる、麻痺が起きる
- 手足がふるえる、ぴくつく(振戦、ミオクローヌス)
- 動きがぎこちなくなり、滑らかに動かせなくなる
- 手足や体が不自然な姿勢になる
- 立てなくなる、歩けなくなる、歩き方が変わる
- 飲み込みにくくなる、のどがつかえる
- 声が出なくなる(失声)、発音がうまくできなくなる
- けいれんのような発作が起きる
けいれんのような発作には、心因性非てんかん性発作(PNES)と呼ばれるものがあります。
感じ方に関わる症状
- 触れられた感覚が鈍くなる、感覚がなくなる
- ものが二重に見える(複視)
- 見える範囲が筒のように狭くなる(筒状視野)
- 聞こえにくくなる、聞こえなくなる
- においの感じ方が変わる
- 失神や昏睡に似た状態になり、呼びかけに反応しなくなる
これらは転換症でみられる症状として挙げられているもので、同じ症状があれば転換症だという意味ではありません。
転換症には、解離の症状が一緒に現れることもあります。転換症と解離症の両方が認められる場合には、両方を診断します。
解離については解離とは何かで詳しく説明しています。
なお、のどのつかえ感には咽喉頭異常感症という別の考え方もあります。のどに何かがつかえている感じが続くも参考になります。
PNESと診断された人に、別の発作が起きました
ここで少し意外な症例を紹介します。
『器質か心因か』には、けいれんのような発作を繰り返していた患者さんの話が出てきます。
その患者さんには、体を反らせるような動きを伴う発作がありました。
脳波検査中にも同じ発作が起きましたが、発作の前後や発作中に、てんかんを疑う脳波の変化は確認されませんでした。
そのため、この発作は心因性非てんかん性発作(PNES)として経過を見られていました。
ところが、別の日に様子の違う発作が起きます。
患者さんは声を出してうなずくような動きをしていましたが、名前を呼ばれても反応しませんでした。
そのとき脳波を調べると、今度はてんかん性の変化が連続して現れていました。薬を投与したあと、意識ははっきりし、脳波も正常化しました。
この患者さんには、PNESとてんかんという異なる種類の発作が起きていたのです。
最初の発作をPNESと判断したことが、必ずしも誤りだったわけではありません。一人の人に両方の発作が起こることがあります。
PNESと診断された経験があるからといって、その後に起きる発作をすべてPNESだと判断することはできません。
この症例は、精神的な要因と身体の病気を単純な二者択一で考えることの難しさを教えてくれます。
「疾病利得」という言葉が残してきたもの
そもそも「転換」という言葉は、どこから来たのでしょうか。
英語ではconversionといいます。
フロイトは1894年、受け止めきれない心の葛藤が意識の外に押しやられ、体の症状という別の形に変わって現れるという考え方を示しました。
『精神科シンプトマトロジー』の転換の章では、この歴史を紹介しています。
ただし、現在の転換症の診断が、フロイトの説明によって決まるわけではありません。
転換症に関連して、昔から使われてきた言葉が三つあります。
- 疾病への意志
- 美しき無関心
- 疾病利得
このなかでも「美しき無関心」は、少し奇妙な名前です。
歩けないなど生活に支障をきたす症状があるにもかかわらず、そのことを強く苦痛に感じている様子が乏しい状態を指します。転換症でしばしばみられる特徴として語られてきました。
また、症状によって現実の葛藤から離れたり、何らかの願いが満たされたりするという考え方もあります。
これらの特徴を重視して転換症や解離症を理解しようとする精神科医は、現在も少なくないと同書では述べられています。
しかし、この見方には難しい問題があります。
症状の背景に現実から逃れたい気持ちがまったくないとは限りません。一方で、周囲がその動機を疑うような目で患者さんを見ることで、診療のなかに問題が生じることもあります。
歩けなくなった人に対して、本人も気づいていないうちに何かから逃れようとしているのではないかと考えることと、本人が意識して歩けないふりをしていると考えることは、まったく違います。
『精神科シンプトマトロジー』で説明される動機も、無意識の働きとして考えられています。
「疾病利得」という言葉を、演技や詐病を疑う根拠にしてはいけません。
体の症状で困っている患者さんにとって、まず必要なのは、実際に何が起きているのかを聞いてもらうことです。
ストレスの理由は、あとから見つけられてしまう
転換症では心理的な背景が話題になることがあります。
ただ、人の生活には何かしら心配事があります。
仕事が忙しい、家族とうまくいっていない、将来が不安だという事情は、それほど珍しくありません。
『器質か心因か』では、誰かに心の症状が現れたとき、周囲がもっともらしい理由を見つけて説明するのは比較的容易だと指摘されています。
たとえば、歩けなくなった人に仕事上のストレスがあったとします。
そこで「仕事がつらかったのでしょう」と説明したくなるかもしれません。しかし、仕事のストレスが見つかったことだけで、歩けなくなった理由まで説明できたとは限りません。
著者は、その人が今どのような状態にあるかだけでなく、それまでどのように暮らしてきたかという経過も見る必要があると述べています。
現在の状態を一枚の写真のように捉えることと、時間をさかのぼって経過を確認することは違います。
転換症を考えるときにも、この両方の視点が役立ちます。
張りつめる体と、遠ざかろうとする体
『精神科シンプトマトロジー』の転換の章には、興味深い見取り図が紹介されています。
転換症の症状を「緊張・過敏型」と「弛緩・離隔型」という二つの方向から理解しようとするものです。
これはDSM-5に定められた正式な下位分類ではありません。著者の柴山雅俊が、症状の理解や治療に役立つのではないかとして示した考え方です。
緊張・過敏の側:体が張りつめている
こちらは心と体が強く緊張した状態です。
トラウマや恐怖との関係が指摘されており、発作のように症状が現れ、比較的短い期間でおさまることが多いとされます。
具体的には次のような症状が挙げられます。
- 頭痛、動悸、ふるえ
- のどのつかえ
- 手足の異常な動き
- 筋肉のこわばり
幻視や幻聴、フラッシュバックにつながる体験も、この側で説明されています。
フラッシュバックとは、切り離されていた記憶や感情が、今まさに起きていることのように入り込んでくる体験です。
この型では、現実から逃れたい、何かの願いを満たしたいといった色合いは薄いとされます。
むしろ、恐怖やトラウマに圧倒され、心と体が追いつめられた状態として理解されています。
弛緩・離隔の側:体の力が抜け、現実から離れていく
こちらは緊張・過敏の側とは異なり、心と体の力が抜けたような状態です。
次のような症状が挙げられています。
- 立ちにくい、歩きにくい
- 手足の力が抜ける
- 体の感覚がなくなる
- 見える範囲が狭くなる
- 失神する
- 昏睡に似た、呼びかけに反応しない状態になる
比較的長く続く症状が多いとされます。
この型について著者は、つらい現実や葛藤から離れたいという願いが、意識しないところで働くという考え方を示しています。
今まさに体験していることを、自分の体験や記憶ではないものとして遠ざける「否認」や、空想のなかで願いを満たそうとする働きが関係すると考えられています。
空想に入りやすい傾向や、催眠にかかりやすい性質が関わっている可能性も、推測として述べられています。
先ほど出てきた「疾病への意志」や「美しき無関心」は、こちらの側に当てはまりやすいとされます。
ただし、ここでも意識して症状を作り出しているという話ではありません。
二つの状態は、行き来することがあります
緊張・過敏型と弛緩・離隔型は、きれいに分けられる二種類の病気ではありません。
著者自身も、両者の間にはっきり線を引くことはできないと述べています。
張りつめた状態が強くなると、その状態から逃れようとする弛緩・離隔の側が現れることがあります。
反対に、弛緩・離隔が強まることで無防備な状態になり、緊張や刺激が生じやすくなることもあると説明されています。
そのため、一人の人に両方が同時に現れたり、時間とともに入れ替わったりすることがあります。
昨日はふるえや筋肉のこわばりが目立っていたのに、別の時期には力が入らなくなるといった変化も、この見取り図では考えられます。
どちらの型に当てはまるかを決めることより、症状の変化を含めて、その人の心と体に何が起きているのかを理解することが大切です。
同書では、症状について語るなかで自分の体験を表現する動きが進み、それが治療につながることも少なくないと述べられています。
症状が続く時間も、人によって違います
転換症の経過は一様ではありません。
数日で症状がおさまる人もいれば、二、三週間ほどで落ち着く人もいます。一方、症状が長く残ることもあります。
『精神科シンプトマトロジー』では、解離症との関係によっても経過が異なると説明されています。
解離症があって、そこに転換の症状が重なって現れた場合は、比較的短い経過をとるとされます。
一方、解離症から転換症へ移っていった場合には、長引くことが多いとされています。
また、PNESや失神のような発作が、何度も繰り返されることもあります。
診断基準DSM-5では、症状が続く期間によっても区別します。
- 6か月未満:急性のエピソード
- 6か月以上:持続性
ただし、この区分だけで症状がいつ治まるかを予測できるわけではありません。
経過を追いながら、その時々の症状と生活への影響を確認していく必要があります。
似ている病名でも、注目するところが違います
転換症と混同されやすい病名に、身体症状症があります。
どちらも体の症状に関わる病名ですが、診断で中心に置くものが違います。
身体症状症では、体の症状に対する考えや不安、行動が過剰になっていることが中心です。
たとえば、痛みや倦怠感などが続いて、そのことが頭から離れず、日常生活の中心になっているような状態です。
一方、転換症では、体の動かし方や感じ方そのものの変化と、その現れ方が神経の病気として説明できる形とかみ合わないことが中心になります。
そのため、転換症では症状に強くとらわれていることが必須の条件にはなっていません。
実際には両方の特徴が重なることもあります。
症状そのものよりも、症状への不安や検査を繰り返したくなる気持ちに悩んでいる場合は、身体症状症とはや病気不安症(心気症)とはも参考になります。
精神科に行ったら、体の治療は終わるのか
歩行障害のためにリハビリテーションを受けていた人が、精神科への受診を勧められたとします。
そのとき、それまで体の症状を診てくれていた医師や理学療法士との関係は、どうなるのでしょうか。
『精神科臨床144のQ&A』で渡辺俊之は、転換症の歩行障害について、リハビリテーション科や整形外科と精神科が協力する治療の考え方を紹介しています。
歩行障害で困っている患者さんにとって、それまで体の症状を診てくれた医療者との関係は大切です。
精神科を受診することになった途端、身体科の医療者が自分たちの役割は終わったという態度をとれば、患者さんは見捨てられたように感じることがあります。
そこで著者は、リハビリテーションの訓練を続けながら精神科を受診し、両方の診療を並行して進める方法について述べています。
これは、精神科を受診したからといって、体への働きかけが不要になるとは限らないという考え方です。
また、精神科の初診でも、最初からストレスや過去の葛藤を詳しく聞くことだけが目的ではありません。
渡辺は初回の面接で、まず歩行障害そのものについて十分に聞くことを重視しています。そのうえで心理的な背景について説明し、発達歴や生活上の出来事を聞いていくとしています。
歩けないという症状で困っている人にとって、その症状をきちんと聞いてもらうことが、診療の出発点になるという考え方です。
受診するとき、何を伝えればよいのでしょうか
転換症に似た症状があっても、最初から精神科の病気だと考えることはできません。
体の病気をまだ確認していない場合は、まず症状に応じた診療科で診察を受けてください。
とくに突然手足が動かなくなった、顔の片側が動かなくなった、急に言葉が出なくなった、見え方や聞こえ方が急に変わった、意識が遠のく、けいれんのような発作が起きたといった場合は、精神的な症状だと自己判断せず、日を置かずに身体の診察を受ける必要があります。
そのうえで、次のような状況が続いている場合には相談を考えてよいでしょう。
- 検査を受けたものの、力が入らない、歩きにくい、声が出ない、感覚が鈍いなどの症状が続いている
- 見える範囲が狭い、聞こえにくいなどの状態が続き、生活に支障がある
- 症状の影響で眠れない日や、食事が取りにくい日が続いている
- 周囲から気のせいや大げさな訴えだと言われ、受診をためらっている
- これまでにどのような検査を受けたのか、自分でも整理できていない
診察では、いつから、どんなときに、体のどの部分に、どのような症状が出るのかを伝えると、経過を整理しやすくなります。
発作のように繰り返す症状であれば、毎回同じような現れ方をするのか、違う現れ方をすることがあるのかも、症状を理解する手がかりになります。
春日メンタルクリニックは福岡県春日市の精神科・心療内科で、18歳以上の方を診療しています。
受診はデジスマからのWEB予約制で、初診前にWEB問診があります。初診は問診を含めて30分程度です。体調への影響を考えるうえで、服用中の市販薬やサプリメントについても確認しています。通院を始めた場合は2週間に一度が基本で、再診の所要時間は5分前後が目安です。
症状の背景にある出来事を、最初からすべて説明する必要はありません。話したくないことを話さないままでも受診できます。
暴力や強い支配のある関係のなかで出てきた症状についても、ご相談をお受けしています。
うまく言葉にできない場合は、WEB問診に簡単に書いたり、伝えたいことをメモにまとめて診察で見せたりする方法もあります。
検査では異常が見つからなかった。それでも歩けない、声が出ない、体の感覚が変わってしまった。
転換症について考えるときは、検査結果だけでなく、症状の現れ方と、それまでの経過を合わせて見る必要があります。
身体の病気があるかどうかを確かめることと、心理的な背景について考えることは、どちらか一方を選ぶ話ではありません。
参考にした書籍(要約・再構成。原文の転載ではありません):
- 精神科シンプトマトロジー ―症状学入門―(内海健・兼本浩祐 編)/「32 転換」(柴山雅俊)
- 精神科臨床144のQ&A(Q44執筆:渡辺俊之)/星和書店/2018年
- 器質か心因か(尾久守侑)/中外医学社/2021年(第1章「器質か心因か」、第3章「心因反応の方程式」、第5章「病気でないことの伝え方」)
よくある質問
検査で異常がないと言われました。転換症なのでしょうか。
検査結果だけでは決まりません。転換症では体の動きや感覚の変化が、神経の病気として説明できる現れ方とどう違うかを診察と検査で確かめます。まだ身体の診察を受けていない場合は、症状に応じた診療科での確認が先になります。
大きなストレスを説明できないと、転換症とは診断されませんか。
転換という言葉は、心の葛藤が体の症状に形を変えるという歴史的な説明から生まれましたが、現在の診断はその説明だけで決まりません。生活のなかにストレスらしい出来事があっても、それだけで症状の原因を特定できるわけではありません。
PNESと診断されたら、てんかんは否定されたことになりますか。
PNESとてんかんは同じ人に起こることがあります。『器質か心因か』には、異なる種類の発作を調べた結果、両方が確認された症例が紹介されています。一つの発作について診断がついても、別の発作まで同じ原因とは限りません。
精神科を受診することになったら、リハビリは終わりですか。
必ずしもそうではありません。『精神科臨床144のQ&A』では、歩行障害のある患者さんについて、リハビリテーションでの訓練と精神科での診療を並行して続ける考え方が紹介されています。実際の進め方は症状や診療状況によって検討されます。
転換症と身体症状症はどう違うのですか。
転換症では体の動かし方や感じ方の変化と、その現れ方が診断の中心になります。身体症状症では、症状に対する考えや不安、行動が過剰になっていることが中心です。両者が重なることもあり、ご自分で病名を振り分ける必要はありません。