はじめに
「薬を1種類にまとめていきましょう」——診察でそう言われて、戸惑った経験はありませんか。「薬が減ったら、また悪くなるのでは」「種類が多いほうが、しっかり治療できているのでは」と不安になるのは、とても自然なことです。
実は、統合失調症の薬物治療では、抗精神病薬(幻覚や妄想などの症状に働きかける薬)を1種類、その人に合った量で使うことが原則とされています。これを「単剤(たんざい)治療」と呼び、複数の薬を1種類にまとめていくことを「単剤化」といいます。日本の学会が作成した「統合失調症薬物治療ガイドライン2022」でも、この原則がはっきりと示されています。
この記事では、なぜ薬を増やすのではなく1種類にまとめる方向がすすめられるのかを、ガイドラインの内容をもとにやさしく解説します。なお、実際にどの薬をどう使うかは、お一人おひとりの状態に応じて医師が判断します。
「1種類を適量で」が基本とされる理由
至適用量という考え方
抗精神病薬には「至適用量(してきようりょう)」、つまりその人にとってちょうどよい量があるとされています。量が少なすぎると効果が乏しく、多すぎるとアカシジア(じっとしていられないそわそわ感)や錐体外路症状(手のふるえ、体のこわばりなど)、抑うつ、不快感といった副作用が出やすくなります。
効果が感じられなかったり副作用がつらかったりすると、薬を続ける気持ちそのものが揺らぎ、飲み方が不規則になって再発につながることもあります。だからこそ、「たくさんの薬を少しずつ」ではなく、「1種類の薬を、効果と副作用のバランスがとれた量で」使うことが、治療の土台になるのです。
薬を足しても、上乗せの効果は示されていない
「1種類で効果が足りないなら、もう1種類足せばよいのでは」と思われるかもしれません。ガイドラインでは、まさにこの疑問について、世界中の研究を集めて検討しています。
その結果、急性期の統合失調症で抗精神病薬の効果が不十分な場合に、抗精神病薬同士を併用しても、単剤治療と比べて、精神症状全般の改善、有害事象(副作用など好ましくない出来事)の発現、治療の中断、生活の質のいずれについても、明らかな違いは認められませんでした。海外の研究には日本では行えない薬の組み合わせを検討したものも多く含まれており、日本の治療環境で実施できる併用に限ると、単剤治療を上回る結果は示されていません。
こうしたことから、ガイドラインは「単剤治療で効果が不十分な場合でも、併用治療より単剤治療を行うこと」を弱く推奨しています。「弱く推奨」とは、多くの場合にそちらが望ましいものの、個々の事情に応じて医師と相談して決める余地がある、という意味合いです。
抗精神病薬以外の薬を足す場合も同じ
気分安定薬(リチウム、バルプロ酸、ラモトリギン)や、ベンゾジアゼピン受容体作動薬(抗不安薬・睡眠薬の一種)を抗精神病薬に足すことについても、ガイドラインは検討しています。結論は同様で、いずれの薬も併用による症状改善は明らかでなく、併用しないことが弱く推奨されています。これらは日本では統合失調症に対する適応外使用となる点にも注意が促されています。
薬が多いことのリスク
単剤化がすすめられるのは、「足しても効果の上乗せが示されていない」からだけではありません。薬が多いこと自体のリスクも指摘されています。
- 重い副作用のリスク要因になる:高熱や筋肉のこわばりなどを起こす悪性症候群という重い副作用の予防のために、高用量投与や多剤併用、急な増量・減量を避けることが挙げられています。また、心臓の電気的な働きに影響するQT延長という状態は多剤併用時に高い頻度でみられるため、単剤化が対処のひとつとされています。
- 頓服の積み重ねにも注意:不安なときやイライラしたときの頓服(とんぷく)を安易に使い続けると、気づかないうちに過鎮静(強い眠気やぼんやり感)や多剤大量処方につながる危険性が指摘されています。
なお、日本ではこうした背景から、抗精神病薬の単剤治療率が治療の質を測る指標のひとつとして全国的に調査されています。単剤化は、一部の病院の方針ではなく、国内の精神科医療全体で目指されている方向なのです。
「減らす」ときにも慎重さが必要
ここまで読んで、「では今飲んでいる薬を早く減らしたい」と思われた方もいるかもしれません。ただし、減らし方にも注意が必要です。
先ほどふれたとおり、急な増量だけでなく急な減量も、悪性症候群のような重い副作用のきっかけになりうるとされています。長く複数の薬で治療を続けてきた方が単剤化を目指す場合は、体の反応を確かめながら、時間をかけて少しずつ調整していくのが一般的です。
また、単剤で効果が不十分なときには、薬を足すのではなく、量の見直しや、別の抗精神病薬への切り替えといった選択肢が先に検討されます。それでも十分な効果が得られない場合には、治療抵抗性統合失調症に唯一適応をもつクロザピンという薬が有効である可能性も、ガイドラインでは示されています。どの道筋が合うかは、経過を最もよく知る主治医との相談で決めていくものです。自己判断での中断・減量は避けてください。
受診・相談の目安
次のようなときは、遠慮なく主治医にご相談ください。
- 飲んでいる薬の種類が多く、何のための薬か分からないものがある
- 眠気、ふるえ、体のこわばり、そわそわ感などの副作用がつらい
- 頓服を使う回数が増えてきている
- 薬を減らしたい気持ちがあるが、再発が怖くて言い出せない
- 転居などで通院先が変わり、処方の見直しを相談したい
薬について疑問や不安を口にすることは、治療の妨げではなく、むしろよりよい治療につながる大切な情報です。なお、高熱と強い筋肉のこわばりが同時に出るなど、いつもと明らかに違う体調の変化があるときは、様子を見ずに主治医に連絡し、状況によっては救急(119)を利用してください。
まとめ
統合失調症の薬物治療では、抗精神病薬を1種類、その人に合った量で使う「単剤治療」が原則とされています。効果が足りないときに薬を足しても、単剤治療を上回る改善は示されておらず、一方で多剤併用は悪性症候群やQT延長といった副作用のリスク要因として挙げられています。
だからこそ、薬を1種類にまとめる単剤化は、「治療を薄くすること」ではなく、効果と安全性のバランスを整えるための前向きな調整です。ただし、減らす過程には慎重さが必要で、急な変更はかえって体に負担をかけることがあります。診断や治療方針の判断は医師が行いますので、薬への不安や希望があれば、ぜひ診察の場でお聞かせください。
参考にした資料(要約・再構成であり、原文の転載ではありません):
- 統合失調症薬物治療ガイドライン2022(日本神経精神薬理学会・日本臨床精神神経薬理学会)
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
薬の種類が多いほうが、しっかり治療してもらえている気がします。違うのですか?
統合失調症の薬物治療では、抗精神病薬を1種類、その人に合った量で使うことが原則とされています。研究を集めて分析した結果では、2種類以上を併用しても、1種類の治療と比べて症状の改善や生活の質に明らかな違いは示されていません。種類の多さは治療の手厚さとは別のものとお考えください。
効果が足りないとき、別の薬を足すのではだめなのでしょうか?
ガイドラインでは、効果が不十分な場合でも、抗精神病薬同士の併用より単剤での治療を続けることが弱く推奨されています。薬を足す前に、量の調整や別の薬への切り替えなど、単剤の範囲でできる工夫が検討されます。ただし最終的な方針は、お一人おひとりの状態を見て医師が判断します。
今、複数の薬を飲んでいます。自分の判断で減らしてもよいですか?
自己判断での中断や減量はおすすめできません。急な増量や減量は、悪性症候群などの重い副作用のきっかけになりうるとされています。減らす場合も、医師と相談しながら時間をかけて少しずつ進めることが大切です。気になることがあれば、まず診察でご相談ください。
抗精神病薬以外の薬(気分安定薬や睡眠薬など)を足すのはどうですか?
ガイドラインでは、リチウム・バルプロ酸・ラモトリギン・ベンゾジアゼピン受容体作動薬のいずれについても、併用による症状改善は明らかでなく、併用しないことが弱く推奨されています。これらは日本では統合失調症への適応外使用にあたることもあり、使う場合には慎重な検討が必要とされています。