エレベーターの扉が閉まった瞬間、まだ何も起きていないのに、外へ出たい気持ちでいっぱいになることがあります。閉じ込められた経験があるからでしょうか。それとも、もともと怖がりだからでしょうか。閉所恐怖症の原因を考えるときは、恐怖が生まれた経緯と恐怖が続いている仕組みを分けてみると、見えてくるものがあります。
1. 怖いのは「狭さ」か、それとも「出られないこと」か
エレベーターの中で怖くなる人は、四方を壁に囲まれていることだけを恐れているのでしょうか。精神医学の教科書は閉所恐怖症について、閉ざされた場所から抜け出せなくなることと、そこで息ができなくなることへの強い心配を取り上げています。
例えば、乗り込んだ直後は平気でも、扉が閉まると「途中で止まったら出られないかもしれない」と気になり始める場面を考えてみます。同じ箱の中に立っていても、扉が開いているときと閉まった後では、その場所の意味合いが違ってきます。狭さだけでなく、逃げ道がなくなるという予想も怖さに関わっているのです。
もう一つが呼吸への心配です。「ここで息苦しくなったらどうしよう」「すぐには外に出られない」と考えると、閉じた空間は怖い場所になります。閉所恐怖症では、そこでパニックのような強い不安が起こること自体を心配する場合もあります。
こうした恐怖は、精神医学では「特定の恐怖症(限局性恐怖症)」という枠組みで考えられることがあります。特定の場所や対象を前にすると、実際の危険に見合わないほど強く怖くなり、できるだけ近づかないようになる状態です。エレベーターを避けて階段に向かうのも、その一例です。
ただ、同じエレベーターに乗っていても、落ち着いて過ごせる人がいます。怖いのが場所そのものだとしたら、なぜこれほど反応が違うのでしょうか。この疑問を解くために、まずはその場所が「怖い場所」になるまでを見ていきます。
2. 恐怖が生まれる三つの入口
恐怖症の裏には、必ず一度は大きな事故に遭ったという物語があるように思えるかもしれません。ところが恐怖の学習についての研究では、直接怖い思いをする以外にも入口があると考えられてきました。心理学者ラフマンが示した三つの経路です。
一つ目は、自分で怖い体験をすることです。
エレベーターに閉じ込められて強い恐怖を感じたあと、エレベーターを見るだけで不安になる、という経路です。もともと特別な意味のなかった場所と怖かった体験が結びつき、その場所が恐怖を呼び起こすようになると考えます。これは「条件づけ」と呼ばれる学習の説明です。
歯科医院の例でも、同じように説明できます。痛くて恐ろしい処置を経験したあと、診察室という場所に不安を感じるようになるかもしれません。体験そのものは終わっていても、場所が当時の怖さを思い起こさせるのです。ただし、強い体験をした人が全員その場所を怖がるようになるわけではありません。
二つ目は、誰かが怖がる姿を見て学ぶことです。
自分は被害に遭っていなくても、他の人が危険な目に遭う様子を見たり、ある対象を前にひどく怖がる姿を目撃したりすることがあります。教科書では、父親がヘビを恐れる様子を見て、子どもがヘビを怖がるようになる例が紹介されています。恐怖は自分の経験だけから学ぶとは限らず、他人の反応も手がかりになるという考え方です。
三つ目は、言葉や情報を通して学ぶことです。
ニュースで航空機事故の話を見聞きすることや、周囲からある場所の危険を繰り返し伝えられることも、恐怖を学ぶ経路として論じられています。実際に飛行機の事故を経験しなくても、飛行機を危険なものと感じるようになる可能性があるのです。もちろん、報道を見たり注意を受けたりしただけで誰もが恐怖症になるという意味ではありません。
この三つは恐怖がどう身につくかを整理するための考え方で、自分の恐怖が必ずどれか一つに当てはまると診断する方法ではありません。しかも、ここにはもう一つ難しい問題があります。入口があったとしても、本人がそれを覚えているとは限らないのです。
3. きっかけを思い出せない人が多い
「いつからエレベーターが怖いのですか」と聞かれても、はっきり答えられない人がいます。子どもの頃から何となく苦手だった気もするし、何か一度怖いことがあった気もします。けれども、思い返しても決定的な場面は浮かんできません。
精神疾患の診断・統計マニュアルであるDSM-5には、限局性恐怖症の人の多くは、なぜ恐怖が始まったのか具体的な理由を思い出せないと記されています。閉じ込められた経験や、怖い場面を見聞きした経験がきっかけになる場合はあります。それでも、きっかけを語れないことは、恐怖症の説明として珍しいことではありません。
ここで気をつけたいのは、「覚えていない」と「何もなかった」を同じ意味にしないことです。反対に、「覚えていないなら、忘れている大きな出来事があるはずだ」と決めることもできません。恐怖を学ぶ経路が複数ある以上、過去の一場面を見つけるだけで説明が完成するとは限らないからです。
研究にも同じ難しさがあります。恐怖が始まった理由を調べるとき、ずっと後になってから本人に昔のことを尋ねる方法では、記憶の正確さに限界があります。そのため、発症の経緯を振り返った答えだけで結論を出すことには慎重さが必要です。
はっきりしたきっかけを覚えている人の体験には、もちろん意味があります。一方で、覚えていない人が原因を見つけるまで過去を探し続ける必要もありません。むしろ次に考えたいのは、同じような怖い出来事を経験した人たちが、なぜ全員同じ恐怖を抱くわけではないのかという問いです。
4. 同じ怖い体験をしても、恐怖症になるとは限らない
エレベーターに閉じ込められた経験を聞けば、「それが原因で怖くなったのだろう」と考えるのは自然です。ところが恐怖症の研究には、この説明だけでは解けない疑問があります。怖い出来事を経験しても、その後は平気で同じ場所に入れる人がいるのです。
犬への恐怖を調べた研究が、興味深い例になります。犬を怖がる人の56%は、犬との外傷的な体験を恐怖の原因として報告しました。ここまでは、怖い体験から恐怖が生まれるという説明に合っています。ところが、犬を怖がらない人でも、66%が犬との外傷的な体験を報告していました。
この二つの数字は、犬との怖い体験をした人が恐怖症になる確率を示しているわけではありません。別々の集団に過去の経験を尋ねた、特定の研究の結果です。それでも、怖い経験があることと、その後も怖がることは同じではないと考えるきっかけになります。
長い間、恐怖症は「怖い体験と対象が結びついて恐怖が生まれ、その対象を避けることで恐怖が続く」という二段階で説明されてきました。この考え方は今も重要ですが、最初に怖い体験をした記憶がない人や、体験しても恐怖症にならない人を、これだけで説明することはできません。
では、同じ出来事の結果を分けるものは何でしょうか。研究では、出来事が起きたときのストレスの強さが候補に挙げられています。犬にかまれた場合でも、以前から犬と接する機会が多かったか、その後にも犬と関わる経験があったかによって、恐怖の生まれ方が違う可能性が考えられています。
その場に支えてくれる人がいたかどうかも、検討されてきた要因の一つです。同じ体験と呼んでも、前後の経験や周囲の状況まで同じとは限りません。ただし、これらの要因を並べれば、ある人が恐怖症になった理由を逆算できるわけではありません。
犬の研究をそのまま閉所恐怖症に当てはめることもできません。大切なのは、恐怖を理解するには出来事そのものに加えて、その出来事を経験した人と、その前後の状況にも目を向ける必要があるという点です。
5. 「生まれつき怖がり」で説明できるのか
同じ体験でも反応が違うのは、生まれつきの性格のせいなのでしょうか。ここで気になるのが、その人がもともと持っている傾向です。
DSM-5では、否定的な感情を抱きやすいことや、慣れない状況で行動を控える傾向が、特定の恐怖症に関わる気質上の危険要因として挙げられています。ただし、これらは他の不安症にも共通する傾向で、「怖がりだから閉所恐怖症になる」と一対一で結びつけられるものではありません。
育った環境も無関係とは言い切れません。親の過保護、親との分離や喪失、虐待などは、DSM-5が挙げる環境上の危険要因です。とはいえ、これらも他の不安症と重なる要因であり、特定の育てられ方を見つけて「これが原因だった」と決められるわけではありません。家族のせいにしてしまうと、研究が示している範囲を超えてしまいます。
遺伝についてはどうでしょうか。2018年のレビューは、動物、状況、血液・病気に関する三つの型の恐怖症を調べた双生児研究を統合すると、平均遺伝率は約30%になると紹介しています。
ここでいう遺伝率30%は、一人の恐怖症の原因の30%が遺伝で決まったという意味ではありません。集団の中に見られる違いに、遺伝的な違いがどの程度関係するかを推定した数字です。「親が怖がる場所だから自分も必ず怖くなる」という予言には使えません。家族の中で恐怖症が似る背景には、遺伝と環境の両方が関わりえます。
もう一つ、「準備性」という仮説もあります。人間はどんな対象でも同じように怖がるのではなく、ある組み合わせを恐怖として学びやすい性質を持つのではないか、という考え方です。例えば、犬にかまれた経験と犬への恐怖は、花のとげで刺された経験と花への恐怖より結びつきやすいのではないか、と考えます。
ただ、この仮説をめぐる研究結果の評価は一様ではありません。特定の恐怖症の危険要因そのものも、十分に研究されていないと2018年のレビューは指摘しています。気質、環境、遺伝はそれぞれ手がかりになりますが、どれか一つで個人の原因を言い当てることはできないのです。
6. 避けると楽になるのに、恐怖が続くのはなぜ?
ここまで考えてきたのは、恐怖がどう始まったかという話でした。ところが、今もエレベーターが怖い理由は、最初に怖くなった理由と同じとは限りません。
例えば、エレベーターの前で足が止まったとします。階段を選べば、扉が閉まる不安も、途中で出られなくなる心配も、その場では味わわずに済みます。階段を上りながらほっとするかもしれません。避けたことで苦痛が減るのですから、次も階段を選びたくなるのは不思議ではありません。
この「避けると楽になる」という経験が回避を続ける力になるというのが、先ほど触れた二段階モデルの後半です。不快なものを避けて安心することで、その行動が繰り返されやすくなる仕組みを、心理学では「負の強化」と呼びます。ここでの「負」は、悪い行動という意味ではありません。
回避には、現実に苦痛を減らす働きがあります。毎回強い不安に耐えることだけが正解だと言いたいのではありません。ただ、避けることでその場は楽になっても、次にエレベーターを前にしたときの恐怖が小さくなるとは限りません。その場の安心と、長く続く恐怖は両立するのです。
特定の恐怖症が何年も続く場合があることも、研究で報告されています。一方、回避だけで恐怖症のすべてを説明できるわけではありません。「なぜ怖くなったか」と「なぜ避け続けているか」では、見ている仕組みが違います。過去の出来事が見つからなくても、今どんな場面を避けているかを考えることには意味があるのです。
7. 一度薄れた恐怖が、また戻ってくる理由
以前はエレベーターの前で足が止まっていたのに、最近は乗れるようになってきました。それでも、しばらく利用しなかった後に扉が閉まると、また怖くなることがあります。「もう慣れたと思ったのに、なぜでしょうか」という疑問には、恐怖が薄れるときの学習が関わっています。
少し意外なのは、怖さが和らぐことと、昔の怖い記憶が完全に消えることは同じではないという点です。恐怖の学習を研究する立場では、ある場所と危険を結びつけた古い学習が残る一方で、「そこにいても予想した怖いことが起こらない」という新たな学習が加わると考えます。これを「抑制学習」という枠組みで説明します。
新しい学習が働いている間は怖さが小さくなっても、古い学習の影響が再び表れることがあります。2014年のレビュー論文では、その例として、時間が経つにつれて恐怖が戻る現象と、周囲の状況が変わったときに戻る現象が紹介されています。
例えば、誰かと一緒なら乗れるようになったエレベーターでも、一人で乗る場面では以前の怖さが出てくるかもしれません。状況の違いが学習の呼び起こされ方に関係するという研究上の説明を、身近な場面に置き換えた例です。別の嫌な出来事の後に恐怖が戻る可能性も論じられています。
恐怖が再び強まったとしても、それだけで、それまでの取り組みが無意味だったとは言えません。新しい学習がどのように身につき、後から呼び起こされるかには、研究すべき点が残っています。「一度怖くなくなったのに戻った」という経験にも、学習という視点から理解する道筋があるのです。
8. 原因探しより、今どこで困っているか
では、子どもの頃の出来事が思い出せず、遺伝や性格についても結論が出ないとき、何を手がかりにすればよいのでしょうか。ここで目を向けたいのが、いま避けている場面と、避けることで難しくなっていることです。
例えば、エレベーターを使わなくても暮らせる人と、職場が高層階にあって毎日使う必要のある人では、同じ恐怖でも生活への影響が違ってきます。階段で代わりが利くこともあれば、仕事や外出の選択肢が狭まることもあります。恐怖の強さだけでなく、その人の生活との組み合わせを見る必要があります。
特定の恐怖症の診断では、特定の対象を前にした強い不安、回避、実際の危険との釣り合いに加え、苦痛や仕事・社会生活への支障なども確認します。診断基準には恐怖が6カ月以上続くという項目がありますが、相談するために6カ月我慢するという意味ではありません。
また、閉じた場所でだけパニックのような不安が起こるのか、そうした場所以外でも予期しない発作があるのかによって、考える診断が変わることがあります。後者ではパニック症などとの区別も視野に入ります。症状の経過を整理するときにも、「どこで起きたか」は大切な情報です。
治療では、恐れている対象や場面に段階的に向き合う曝露療法が、特定の恐怖症に対して最も広く研究されてきました。闇雲に怖い場所へ飛び込むのではなく、治療者と一緒に怖い場面を整理し、取り組む順序を考える方法です。パニック症での段階的な取り組みについては、別の記事「パニック症の段階的曝露 怖い場所リストの作り方」でも紹介しています。
「なぜ最初に怖くなったのか」が分からなくても、「今は何を避け、何に困っているのか」から考え始めることはできます。過去の答えが一つに決まらなくても、現在の困りごとには目を向けられるのです。
よくある質問
Q. 閉所恐怖症には、必ずきっかけとなる出来事がありますか?
閉じ込められた経験のような明確な出来事があるとは限りません。他の人の恐怖を見たり、危険についての情報に接したりすることも、恐怖を学ぶ経路として考えられています。DSM-5には、始まった理由を具体的に思い出せない人が多いと記されています。
Q. 親が恐怖症だと、自分も閉所恐怖症になりますか?
家族の間で恐怖症が似る傾向は報告されていますが、それで発症が決まるわけではありません。遺伝と育った環境の両方が関係しうると考えられています。双生児研究から推定された遺伝率は集団についての数字であり、個人の将来を予測する割合ではありません。
Q. 怖い場所を避け続けると、恐怖症は治らないのでしょうか?
避けることは、その場のつらさを軽くする助けになります。一方で、避けて安心する経験が次も避ける行動を支え、恐怖の持続に関わると考えられています。曝露療法では、治療者と場面を整理し、段階を踏んで取り組みます。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)
- American Psychiatric Association『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院、2014年。
- Allan Tasmanほか編『Psychiatry, Third Edition』John Wiley & Sons、2008年。
- David A. Clark・Aaron T. Beck『Cognitive Therapy of Anxiety Disorders: Science and Practice』The Guilford Press、2010年。
- William W. Eatonほか「Specific phobias」『The Lancet Psychiatry』第5巻、2018年。
- Michelle G. Craskeほか「Maximizing Exposure Therapy: An Inhibitory Learning Approach」『Behaviour Research and Therapy』第58巻、2014年。
- John W. Barnhill「限局性恐怖症」『MSDマニュアル専門家版』MSD、2023年11月更新。