家族や友人が、事故や災害、大切な人との死別など、つらい出来事に見舞われて深く動揺している。そんなとき「何か力になりたいけれど、どう声をかけたらいいのかわからない」と戸惑う方は少なくありません。
世界保健機関(WHO)は、危機的な出来事に見舞われた人を支えるための手引きとして「心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)」のフィールドガイドを公表しています。もともとは災害などの現場で支援にあたる人のための手引きですが、その考え方は、身近な人がつらい状況にあるときの接し方にも多くのヒントを与えてくれます。この記事では、PFAの考え方を家族・友人の立場から整理してご紹介します。
心理的応急処置(PFA)とはどんな考え方か
PFAとは、苦しんでいる人や助けが必要かもしれない人に、同じ人間として行う人道的で支持的な関わりのことです。WHOのガイドでは、次のような要素が挙げられています。
- 実際に役立つケアや支援を提供する。ただし押し付けない
- 何を必要とし、何を心配しているのかを確認する
- 話を聞く。ただし話すことを無理強いしない
- 安心できるように、心を落ち着けられるように手助けする
- 必要な情報や支援につながる手助けをする
大切なのは、PFAは専門家にしかできないものではない、とされている点です。特別な資格がなくても、そばにいる家族や友人の少しの配慮と気遣いが、大きな支えになり得ます。
一方で、PFAは専門家が行うカウンセリングや治療とは異なります。また、出来事の詳細や感情を系統的に語らせる「心理的デブリーフィング」という方法は有効性がないことが示されており、推奨されていません。「つらかったことを全部話したほうが楽になる」と考えて無理に聞き出すのは、かえって負担になることがあるのです。
危機的な出来事への反応は人それぞれ
同じ出来事を経験しても、反応や感じ方は人によってかなり違います。震えや頭痛、ひどい疲労感、食欲不振といった体の症状、涙や悲しみ、不安や恐怖、不眠や悪夢、いらだち、罪悪感、感情の麻痺、ぼんやりして反応がなくなるなど、さまざまな形で現れます。軽い反応で治まる人もいれば激しく反応する人もいて、どちらが正しいということはありません。基本的な生活が守られ、周囲からの支えが得られれば、多くの人は時間とともに回復していくとされています。
「見る・聞く・つなぐ」——PFAの三つの原則
PFAの活動原則は「見る」「聞く」「つなぐ」の三つにまとめられています。家族・友人の立場に置き換えて見てみましょう。
見る——まず様子と安全を確かめる
いきなり言葉をかける前に、まず落ち着いて相手の様子を見ることが出発点です。けがや体調不良など緊急に医療が必要な状態はないか、食事や睡眠など基本的な生活が保てているか、ひどく動揺して呼びかけに応答できないような深刻な反応がないかを確かめます。子どもや高齢の方、もともと心身の病気を抱えている方は、特に注意が必要とされています。
聞く——寄り添い、無理強いせずに耳を傾ける
WHOのガイドは「目と耳と心で」聴くことを勧めています。相手から注意をそらさず、心配ごとに誠実に耳を傾け、いたわりと敬意をもって接する、ということです。具体的には次のような関わりが挙げられています。
- すぐそばにいる。深刻に動揺している人を一人にしない
- 何が必要か、何が心配かをたずねる
- 話すことを無理強いせず、本人が話したいときに耳を傾ける
- 穏やかな優しい声で話す
動揺が強く、震えや動悸などの反応が出ているときには、落ち着きを取り戻す手助けも紹介されています。たとえば、床に足をつけてその感覚を感じてもらう、周囲の見えるもの・聞こえるものに注意を向けてもらう、自分の呼吸に注意を集中してゆっくり息をしてもらう、といった方法です。
つなぐ——一人で抱え込まず、支援と結びつける
PFAの重要な役割は、その人を実際に役立つ支援へつなぐことです。食事・睡眠など生活の基本を整える手助けをする、正確でわかりやすい情報を一緒に確認する、家族や友人など支えになる人との連絡を保つ、といったことが含まれます。また、本人が「いま取り組むべきこと」と「後回しにできること」を整理できるよう手伝い、以前どうやって困難を乗り越えてきたかを思い出してもらうことも、本人の対処する力を取り戻す助けになるとされています。
避けたい対処として、医師の指示によらない薬の使用や飲酒でまぎらわすこと、一日中寝てばかりいること、人から遠ざかることなどが挙げられています。休息と食事をとる、信頼できる人と話す、体を動かすといった前向きな対処をそっと勧めてみてください。
支える側の自分自身のケアも忘れずに
WHOのガイドは、支援する人自身のケアにも一つの章を割いています。責任感の強い方ほど、身近な人の危機に直面すると、自分の休息を後回しにして関わり続けてしまいがちです。しかし、支える側が疲れ切ってしまっては、長く寄り添うことはできません。十分な休息、規則的な食事、信頼できる人に自分の気持ちを話すことなど、支える側の健康を保つことも、回り回って本人のためになります。
受診の目安
次のような場合は、家庭での見守りだけで対応せず、医療機関への相談をご検討ください。
- 強い落ち込みや不眠、食欲不振などが数週間たっても続き、日常生活に支障が出ている
- 呼びかけへの反応が乏しい、自分や子どもの世話ができないなど、深刻な状態が続いている
- 「消えてしまいたい」といった発言があるなど、自分を傷つける心配がある
自分や他人を傷つける恐れがある場合は、緊急に専門的な支援が必要な状態です。すでに通院中の方は主治医に連絡し、命に関わる差し迫った危険があるときは救急(119)を利用してください。診断や治療方針の判断は医師が行いますので、迷ったときは早めにご相談いただければと思います。
まとめ
- PFAは、苦しんでいる人に同じ人間として行う支持的な関わりで、専門家でなくても実践できます
- 原則は「見る・聞く・つなぐ」。様子と安全を確かめ、無理強いせずに耳を傾け、必要な支えと結びつけます
- つらい出来事を無理に詳しく話させる必要はありません
- 支える側の自分自身のケアも大切です
- 深刻な状態が続くときや自傷の心配があるときは、医療機関への相談や救急(119)・主治医への連絡を
参考にした資料
- 世界保健機関(WHO)ほか『心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド』日本語版
本記事は上記資料の内容を要約・再構成したもので、原文の転載ではありません。
執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏
よくある質問
PFA(心理的応急処置)は専門家でなくてもできるのですか?
はい。WHOのガイドでは、PFAは専門家にしかできないものではなく、苦しんでいる人に同じ人間として行う人道的で支持的な関わりだと説明されています。ただし専門家のカウンセリングや治療の代わりになるものではなく、必要な場合は医療につなぐことが大切です。
つらい出来事について、本人に詳しく話させたほうがよいですか?
無理に話させる必要はありません。WHOのガイドでも「話すことを無理強いしない」ことが原則とされ、出来事の詳細や感情を系統的に語らせる方法(心理的デブリーフィング)は推奨されていません。本人が話したいときに耳を傾ける姿勢で十分です。
動揺が強くて話もできない家族には、どう接すればよいですか?
そばにいて穏やかな声で話しかけ、一人にしないことが基本です。呼吸に注意を向けてゆっくり息をしてもらう、足の裏の感覚に注意を向けてもらうなど、落ち着きを取り戻す手助けが紹介されています。自分や他人を傷つける恐れがあるときは、緊急の専門的支援が必要です。
支える側の家族が疲れてしまったときはどうすればよいですか?
支援する人自身のケアもPFAの大切な要素です。休息をとる、規則的に食事をする、信頼できる人と話すなど、支える側が自分の健康を保つことが結果的に本人の支えになります。家族だけで抱えきれないと感じたら、医療機関への相談をご検討ください。