「幻聴があるのだから、統合失調症ではないでしょうか」。そう考えるのは自然ですが、幻聴だけでは病名は決まりません。双極性障害でも幻覚や妄想が現れることがあり、見分ける手がかりは、気分の大きな変化とそれらの症状がいつ重なったかにあります。まずは似ているところから、二つの病気を比べてみましょう。
幻覚・妄想は、統合失調症だけの症状ではありません
誰もいないのに声が聞こえる、自分が監視されていると強く信じるといった体験を聞くと、統合失調症を思い浮かべるかもしれません。確かに幻覚や妄想は統合失調症の重要な症状ですが、同じような体験が双極性障害でも起こることはあまり知られていません。
たとえば双極性障害で躁状態になったときには、自分には特別な能力があるという確信が生まれることがあります。逆に深いうつ状態では、自分は重大な罪を犯した、罰を受けるべきだという考えが妄想になることがあります。ここまで聞くと「妄想の中身で区別できそう」と思えますが、そう簡単でもありません。双極性障害でも、誰かに狙われている、見張られているといった被害的な妄想が現れることがあるからです。
では、どのくらい起こるのでしょうか。2022年に公表された、複数の研究をまとめた分析があります。一定以上の質を備えた研究に限ると、生涯に精神病症状を経験した割合は双極I型障害で63%、双極II型障害で22%でした。精神病症状には幻覚や妄想などが含まれます。調査対象や医療機関の種類に偏りがあるため、誰にでもそのまま当てはめられる数字ではありませんが、幻覚・妄想が双極性障害と無縁ではないことは十分に読み取れます。
反対に、妄想を一つ確認しただけで統合失調症と診断することもできません。診断では複数の症状の組み合わせに加え、生活への影響や続いた期間も見ます。つまり「どんな声が聞こえたか」「何を信じていたか」という一場面だけでは、病気の輪郭はまだ見えないのです。
思考と知覚の問題か、気分と活動の問題か
二つの病気の違いをつかむには、症状の中心がどこにあるかを考えると分かりやすくなります。
統合失調症では、考えや知覚の変化、話や行動のまとまりにくさ、感情表現や意欲の低下などを見ます。症状を整理する言葉に「陽性症状」と「陰性症状」があります。陽性症状は、幻覚や妄想のように通常はない体験が加わることです。一方の陰性症状は、気持ちを表に出す、何かを始めるといった働きが弱まることを指します。「陽性」が良くて「陰性」が悪いという意味ではありません。
双極性障害の中心にあるのは、気分と活動量が普段とは大きく変わる時期です。躁状態では気分が高ぶるだけでなく、怒りっぽくなったり、少ししか眠らなくても平気だと感じたり、次々と話し続けたり、普段なら踏みとどまる買い物や投資に突き進んだりすることがあります。
軽躁状態では、仕事がはかどるなど本人には好調に思える場合もあります。躁状態との違いには生活や仕事への影響の大きさが関わり、躁状態では著しい支障や入院が必要なほどの変化がみられます。
| 比べるところ | 統合失調症 | 双極性障害 |
|---|---|---|
| 症状の中心 | 思考・知覚などの変化 | 気分・活動量の大きな変化 |
| 目立つ症状 | 幻覚・妄想、陰性症状など | 躁・軽躁、うつなど |
| 幻覚・妄想 | 診断を考える重要な要素 | 気分の大きな変化に伴うことがある |
もっとも、表に出る行動は同じでも、内側の理由は違うことがあります(後の節で詳しく見ます)。
本当の分かれ道は、症状が現れた順番です
診察で確かめたいのは、幻覚や妄想が「あったか、なかったか」だけでなく、気分が大きく変化した時期と幻覚・妄想が現れた時期がどう重なるかです。
次の二つの経過を比べてみましょう。
Aさんの場合。 普段とは違うほど気分や活動量が高まる時期が始まり、その途中から声が聞こえたり、特別な力があると信じたりするようになりました。気分と活動量が落ち着くにつれて、そうした体験も治まりました。
Bさんの場合。 気分が大きく高ぶったり落ち込んだりしていない時期から、声が聞こえる状態がありました。その後に、はっきりした躁状態やうつ状態が重なる時期がありました。
Aさんのように精神病症状が気分エピソードの中に収まる経過は、精神病症状を伴う双極性障害を考える材料になります。一方、Bさんのように気分エピソードの外にも精神病症状がある経過では、統合失調症や統合失調感情障害などを含めて考えることになります。
ただし、これは二つの経過から二つの病名を当てる問題ではありません。統合失調症の診断では、症状が複数あるか、生活上の機能が落ちているか、一定期間続いているかなども確かめます。さらに、似た状態を生む薬剤や身体の病気がないかも確認します。どちらが先だったかという順番に加えて、その後も気分と知覚の変化がどう続いたかが重要です。
いま見えている症状を一枚の写真にたとえるなら、これまでの経過は動画のようなものです。同じ幻聴があっても、その前後に何が起こっていたのかをたどることで、診断の考え方は変わってきます。
「波があるのは双極性障害だけ」ではありません
双極性障害と聞くと、元気な日と落ち込む日が交互にやってくる姿を想像するかもしれません。しかし診断で重視するのは日々の機嫌の上下ではなく、普段と明らかに違う状態がひとまとまりの期間として続くことです。
躁病エピソードでは、気分の高揚や怒りっぽさに加えて活動量が大きく増えます。眠らなくても平気だと言い、話す量が増え、次々と計画を始めることがあります。診断上は通常、こうした変化が少なくとも1週間、ほぼ毎日続くことが一つの条件です。入院が必要なほど重い場合には、期間が短くても躁病エピソードに当たることがあります。軽躁状態は本人には好調な時期に感じられることもあるので、周囲の人の記憶が手がかりになります。
気分が下がるうつの時期もあれば、躁とうつの特徴が入り交じる混合状態もあります。「波」という言葉は分かりやすい反面、上がったらすぐ下がる規則正しい動きを連想させます。実際の経過を理解するには、それぞれの時期がどれくらい続き、どう回復したかを見る必要があります。
回復までにかかる期間は、躁の時期か、うつの時期か、躁とうつが入り交じった時期かによって違います。同じ病名でも、目の前の人が何週間で回復するかをあらかじめ言い当てることはできません。
一方、統合失調症にも症状の強い時期と落ち着く時期があります。症状が持続する経過もあれば、悪化と寛解を繰り返す経過、十分に回復する経過もあります。「波があるか」だけを比べると重なってしまうからこそ、前の節で見た気分の波と幻覚・妄想の時間関係が大切になります。
症状が落ち着いたあと、どこまで元に戻るのでしょうか
家族にとっては、病名の違い以上に「また以前の生活に戻れるのでしょうか」という問いのほうが切実かもしれません。ここで知っておきたいのは、目立つ症状が消えることと、毎日の暮らしが元どおりになることは同じではないという点です。
双極性障害には気分が安定して過ごせる時期があります。しかし長期にわたって経過を調べた研究では、双極I型・II型とも症状のない期間ばかりではなく、特にうつ症状とともに過ごす時間が大きな割合を占めていました。躁状態は言動の変化が目につきやすい一方で、病気による負担を考えるときには、気分が沈んでいる時期の長さも見落とせません。「躁が治まったから、もう元どおり」とは限らないのです。
統合失調症についても、「一度発症すると回復しない」という見方は正確ではありません。世界保健機関(WHO)の資料では、少なくとも3分の1の人が症状の完全寛解に至るとされています。その一方で、幻覚や妄想が目立たなくなっても、意欲や感情表現が乏しい状態や、記憶・注意・問題解決の難しさなどが続くことがあります。
たとえば家から出なくなった姿は同じでも、背景は一つではありません。誰かに狙われるという恐怖から外出を避けている場合も、意欲がわかず何かを始められない場合も、悲しさや苦しさの中で動けない場合もあります。統合失調症の「陰性症状」とうつ状態はとくに似て見えますが、悲しさを感じているか、動けない自分をどう受け止めているかを聞くことで、違いが見えてくることがあります。
「声が聞こえなくなったか」だけで回復を測ると、暮らしの中に残る困難を見逃します。症状が和らいだあとに、どんなことができるようになり、何に困っているのか。その両方を見ることが、本人にとっての回復を考える出発点になります。
二つの病気の間にある「統合失調感情障害」
ここまで読むと、「幻覚・妄想もあり、躁やうつもある人は、どちらの病名になるのでしょうか」という疑問が浮かぶかもしれません。その問いを考えるうえで重要なのが、統合失調感情障害という診断です。
名前は難しそうですが、鍵になるのはここでも時間です。統合失調症に特徴的な症状がはっきり現れる時期に、躁病エピソードや抑うつエピソードが重なります。ただし、二種類の症状が同時にあったというだけでは、この診断にはなりません。
国内の『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』に示された鑑別では、さらに二つの条件が重要になります。一つは、躁やうつの気分エピソードがない時期にも、幻覚・妄想が2週間以上続いたことがあるかどうか。もう一つは、気分症状が活動期全体の半分以上の期間を占めているかどうかです。
つまり、気分の変化と幻覚・妄想が同じ時期に起きたかだけでなく、重ならなかった時期がどれくらいあったかまで確かめます。短い診察で見える一場面よりも、長い経過のほうが診断の位置づけをよく教えてくれるのです。
『統合失調症のみかた,治療のすすめかた』では、統合失調症と双極性障害を完全に切り離されたものとはみなさず、両者に連続性があり、その間に統合失調感情障害の双極型を置いて考える見方が紹介されています。これは二つの病気の関係を理解するための一つの考え方です。
治療では、幻覚・妄想などの精神病症状と、躁・うつなどの気分症状の両方を見ていきます。となると次に気になるのは、病名が違えば薬もまったく別なのか、という点です。
治療薬は違いますが、使う薬は重なります
「抗精神病薬が処方されたから、統合失調症なのでしょうか」。薬の名前から病名を推測したくなりますが、二つの病気では使う薬が重なり、同じ薬でも目的が違います。
統合失調症では抗精神病薬が治療の中心になります。幻覚や妄想を和らげるだけでなく、落ち着いた状態を保ち、再発を防ぐ役割もあります。Cochraneが75件、9,000人以上の試験をまとめたレビューでは、薬を中止した群の1年時点の再発リスクは、継続した群の約2.6倍でした。今の症状が落ち着いていても、維持療法には意味があるのです。
一方、抗精神病薬には体重増加、眠気、体の動きに関する副作用などもあります。効果と生活への負担の両方を見ながら治療を考えます。なお、このレビューの試験は多くが約1年までのもので、さらに長い経過を直接示す数字ではありません。
双極性障害では、躁・うつの症状を治療するとともに、次の波を防ぎ、安定して過ごせる時間を長くすることを目指します。気分安定薬にはリチウム、バルプロ酸、ラモトリギンなどがあります。ただし、どれも躁・うつ・再発予防に同じように効くわけではなく、治療する時期によって薬の役割が違います。
双極性障害でも、非定型抗精神病薬を使うことがあります。幻覚・妄想への対応に加えて、気分の症状の治療にも使われるからです。抗うつ薬で気分が上がりすぎて躁状態に移ることがある点も、治療上の大切な違いです。
| 比べるところ | 統合失調症 | 双極性障害 |
|---|---|---|
| 薬物療法の中心 | 抗精神病薬 | 気分安定薬など |
| 長期的な目的 | 精神病症状の再発予防 | 躁・うつの再発予防 |
| 薬の重なり | 抗精神病薬を使用 | 抗精神病薬も使用 |
統合失調感情障害では、幻覚・妄想と躁・うつの両方を対象に、治療を組み合わせて考えます。薬の種類は病名の暗号ではありません。「この薬は何を抑え、何の再発を防ぐためのものですか」と確かめると、処方の意味が見えてきます。
診断を考えるとき、家族の記憶が役立つことがあります
初診日の様子は、長い経過の一部分にすぎません。落ち込みが強い日に受診すれば、それ以前に活動量が大きく増えた時期があったかどうかは見えにくいかもしれません。幻聴が目立つときも、それが気分の変化より先だったのか後だったのかが重要になります。
本人の記憶に家族の観察を重ねると、時間の流れを整理しやすくなります。手がかりは次の四つです。
- 最初に何が変わったか。 気分や活動量か、声が聞こえるなど知覚や考え方の変化か。
- 気分が変化した期間。 いつ始まり、いつ普段の状態に戻ったか。
- 幻覚・妄想があった期間。 躁やうつと重なっていたか、気分が落ち着いた時期にはどうだったか。
- その後の暮らし。 意欲、感情表現、注意力や生活上の困難がどう変わったか。
使った薬や身体の病気も振り返ります。薬剤や身体疾患によって、躁状態に似た変化が生じる場合があるからです。
本人は「調子がよかった」と覚えていて、家族は「眠らずに動き続けていて心配だった」と覚えているかもしれません。どちらかを正解にするのではなく、内側の体験と外から見えた変化を並べてみます。
初診時には、その後の経過はまだ分かりません。時間とともに情報が増え、診断の捉え方を見直す意味が出てくることもあります。二つの病気を見分ける手がかりは、今の症状だけでなく、その人がこれまで過ごしてきた時間にあります。
よくある質問
Q. 幻聴があったら、統合失調症なのでしょうか?
幻聴は双極性障害の躁状態やうつ状態でも起こることがあります。気分と活動量が大きく変わった時期に重なっていたかどうかが重要です。症状の組み合わせや続いた期間も含めて考えます。
Q. 症状がない時期があれば、双極性障害なのでしょうか?
統合失調症でも、症状が落ち着く時期や完全寛解する経過があります。一方、双極性障害でもうつ症状が長く続くことがあります。「元気な期間があったか」だけでは区別できません。
Q. 抗精神病薬を飲んでいるということは、統合失調症ですか?
抗精神病薬は双極性障害にも使われます。幻覚・妄想だけでなく、気分の症状への効果を期待して使うこともあります。薬の名前で病名を決めず、処方の目的を確かめることが大切です。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)
- 『統合失調症のみかた,治療のすすめかた』松崎朝樹/中外医学社/2017年
- 『双極性障害の診かたと治しかた ― 科学的根拠に基づく入門書』寺尾岳/星和書店
- 『The Bipolar Disorder Survival Guide』David J. Miklowitz/The Guilford Press/2019年
- 『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』日本神経精神薬理学会・日本臨床精神神経薬理学会/2022年
- 『Lifetime and point prevalence of psychotic symptoms in adults with bipolar disorders: a systematic review and meta-analysis』S. R. Aminoffほか/Psychological Medicine/2022年
- 『The long-term natural history of the weekly symptomatic status of bipolar I disorder』L. L. Juddほか/Archives of General Psychiatry/2002年
- 『A prospective investigation of the natural history of the long-term weekly symptomatic status of bipolar II disorder』L. L. Juddほか/Archives of General Psychiatry/2003年
- 『Maintenance treatment with antipsychotic drugs for schizophrenia』Cochrane/2020年
- 『Schizophrenia fact sheet』World Health Organization