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「午後までに、会議の資料をいい感じにまとめておいてください」。上司は仕事を任せたつもりでも、部下には「いい感じ」が何を指すのか分からないことがあります。提出された資料が期待と違えば、上司は「また伝わらなかった」と感じ、部下は「言われたとおりにしたのに」と戸惑います。こうしたすれ違いは、能力を決めつける前に任せ方を見直す入口になります。

1. 「仕事を任せられない」の中身をほどく

「この人には仕事を任せられない」という一言には、種類の違う困りごとが混ざりがちです。依頼の内容をつかめない、作業の順番や時間を組み立てられない、途中で起きた問題をうまく報告できない、といったことです。同じように締め切りに間に合わなくても、どこで止まったかによって必要な助けは変わってきます。

例えば、提出された資料の数字は正確なのに、期限を過ぎてしまった人がいるとします。資料を作る力はあっても、調べる時間と仕上げる時間の配分で苦労したのかもしれません。あるいは、上司の期待する完成形が分からず、何度も作り直していた可能性もあります。「資料作成が苦手」とまとめてしまうと、この違いが見えなくなります。

報告についても同じです。ミスに気づいていなかったのか、気づいていても誰に何を伝えればよいか分からなかったのかで、次に考える方法は変わります。上司が「困ったら聞くのが普通」と思っていても、本人には「どこからが相談すべき問題なのか」という基準が伝わっていないことがあります。

発達特性に関連して、作業や時間の管理に苦労する人がいます。失敗を重ねて叱られ、努力しても評価されない経験が続くと、自分を低く評価するようになることもあります。「責任感がない」「何度言っても駄目」という言葉ばかりが増えると、上司も本人も、次に何を変えればよいのかを見つけにくくなります。

仕事の評価を曖昧にする必要はありません。むしろ成果物の質、期限の守り方、途中の報告を分けて見るほうが、得意な部分と助けが必要な部分がはっきりします。「全部を任せられない」から「この工程なら任せられる」へ考えを進めるために、まず確かめたいのは依頼するときの言葉です。

2. 「いい感じにやっておいて」には完成図がない

「適当に整えて」「なるべく早く」「見やすくしておいて」。職場では便利な言葉ですが、受け取る側にはいくつもの解釈ができます。「なるべく早く」は今日中なのか、今の仕事を終えた後なのか。「見やすく」は文字を大きくすることなのか、情報を絞ることなのか。上司の頭の中には答えがあっても、依頼の言葉からは見えないことがあります。

こうしたすれ違いを考えるうえで参考になるのが、「指導する人」だけでなく「状況を説明する人」になるという発想です。何をするかを命じるだけでは、なぜその方法を選ぶのかは分かりません。「この資料は会議で数字の増減を比べるために使います」と用途を伝えれば、どの情報を残し、どこに時間をかけるかを判断する手がかりになります。

同じ資料作成でも、頼み方を変えると会話はこうなります。

あいまいな依頼

上司「午後までに、会議用にいい感じにまとめてください」
部下「分かりました」

完成形が見える依頼

上司「今日15時までに、先月と今月の売上をA4一枚で比較してください。会議で増減を確認するので、数字の正確さを優先して、見た目の調整は後で構いません。迷ったら12時に確認しましょう」
部下「比較表を一枚ですね。増減の理由まで調べますか?」
上司「今回は数字の比較までで大丈夫です」

後の会話では、完成させるもの、期限、求める仕上がり、迷ったときの判断基準が共有されています。そのうえ部下は、調べる範囲をその場で確かめられました。上司が細部まで決めてしまうというより、本人が自分で進めるために必要な情報を渡している形です。

知識や作業能力が高くても、「少し」「適当に」といった程度の表現をつかみにくいことがあります。その場合は、声を大きくして同じ説明を繰り返すより、指示を短い文章にして残すほうが役立ちます。チャットやメモに「提出物・期限・優先すること・確認先」を書いておけば、作業の途中で見返せます。繰り返す仕事なら、手順を簡単に書き出しておくこともできます。

もちろん、すべての動きを細かく指図する必要はありません。何のための仕事で、どこまでできれば完了なのかが分かれば、本人が選べる部分も残せます。任せ方を具体的にすることは、裁量を奪うことではなく、判断できる土台を渡すことです。

3. 段取りまで一人に任せていませんか

資料の中身はよいのに、提出がいつも遅れます。「次は余裕を持って」と伝えても同じことが起きるなら、資料を作る力と、完成までの時間を管理する力を分けて考えてみます。

「資料を作る」という一つの仕事にも、情報を集める、必要なものを選ぶ、形にする、間違いを確認する、提出するという工程があります。途中で別の依頼が入れば、どちらを先に進めるかも決めなくてはいけません。個々の作業は得意でも、複数の工程を組み合わせるところで止まる人がいます。

そこで、金曜日が締め切りなら「火曜日までに数字を集め、水曜日に下書きを見せ、木曜日に確認して、金曜日に提出」と途中の目標を置いてみます。「数字の正確さが最優先で、見た目は最後」と順序も伝えます。途中の目標は仕事を取り上げるためではなく、遅れや迷いに早く気づくためのものです。

ADHDの特性に関連して、注意の切り替えや時間の見積もり、作業を最後まで進めることに苦労する場合があります。予定を一覧にして見えるようにしたり、短い工程ごとに確認したりする方法が考えられます。ASDの特性に関連する困難には、予定の予告や、手順と判断のルールを文章にすることが助けになる場合があります。

急ぎの案件が入ったときも、「これもお願い」だけでは仕事が増える一方です。「今の集計はいったん止めて、先にこちらを終えてください。集計の期限は明日に変更します」と、新しい優先順位まで伝えます。切り替えの判断を本人任せにしないための調整です。

一方で、細かく管理されるより、得意な作業をまとめて進めたほうが力を出せる人もいるでしょう。職業名や診断名だけで向き不向きを決めず、どこまで自分で進められ、どこに確認が必要かを本人と確かめます。目指すのは仕事を減らすことではなく、任せた仕事が完成に届く形を作ることです。

4. 「困ったら報告して」だけでは遅れることがある

「問題があれば連絡してください」と伝えたのに、締め切り直前に「実は途中で止まっています」と知らされることがあります。上司は「なぜ早く言わなかったのか」と驚きますが、本人は、もう少し調べれば解決できると思っていたのかもしれません。どの段階から「問題」として報告するのか、基準が分からなかった可能性もあります。

報告のタイミングも、仕事の指示に含めてみます。「遅れそうなら言って」より、「水曜日の昼に、下書きがどこまでできたか教えて」のほうが、双方に同じ目印ができます。報告する相手、チャットか口頭かという形式、どの程度の遅れで相談するかも決めておきます。

進み具合を確かめる場面は、例えば三つに分けられます。始めるときに「今日はどこまで進めるか」、途中で「終わったことと、止まっていること」、終わりに「できたことと次回に残すこと」を確認します。報告の中身も「進捗」「次の作業」「迷っている点」に絞れば、長い説明を求めずに済みます。

ADHDの成人に向けた書籍では、職場の相談相手と朝夕に各5分ほど話し、最初に目標を決めて後で達成状況を見る方法が提案されています。これは全員に合う決まった回数ではなく、試せる方法の一例です。毎日必要なのか、節目だけで十分なのかは、仕事と本人の進め方に合わせて調整します。

上司が毎回話せない職場では、進捗を確認できる同僚や相談担当者を決める方法もあります。ただし担当者に丸投げせず、何を確認し、判断に迷ったら誰につなぐかを共有しておきます。

確認の時間が「どうしてできていないのですか」という叱責になれば、相談しにくくなります。「ここまでできていますね。止まったのはどこですか」と聞けば、次に必要な情報を探せます。報告を待つだけでなく、問題が小さいうちに話せる機会を仕事に組み込むことが大切です。

5. 「発達障害かもしれない」から話を始めない

同じミスが続き、指示した順番で作業が進まないと、「発達障害なのでは」と考える上司もいるかもしれません。しかし、職場で見える行動だけから診断を判断することには限界があります。診断では、子どもの頃からの経過なども検討されます。上司が担うのは病名の推測よりも、仕事上の出来事を具体的に捉えることです。

例えば「責任感がない」では、何を直せばよいか分かりません。「火曜日にお願いした報告が木曜日まで届かなかった」なら、報告する日と方法を見直せます。「指示を聞かない」という評価も、「数字の比較を頼んだが、原因分析まで進めて提出が遅れた」と言い換えれば、仕事の範囲を共有できていたかを確かめられます。

話し合いでは「どうしていつもできないのですか」より、「今回、どの工程で進めにくくなりましたか」と聞いてみます。「調べ始めると終わりどきが分からない」という返事なら、調査を終える基準を一緒に決められます。「口頭で複数の依頼を受けると抜けてしまう」なら、一つずつ伝えて記録を残す方法を相談できます。

得意な作業と助けが必要な工程は、同じ人の中にもあります。診断の有無や職場への開示を出発点にしなくても、その違いを聞き、任せ方を調整することはできます。医療上の判断は専門家に委ね、職場では実際に何が起き、どんな条件なら進めやすいかを共有します。

本人だけに改善を求めても、依頼や報告の仕組みが変わらなければ同じところで行き詰まります。こうした工夫を個人の善意で終わらせず、本人と職場が何を変えるかを話し合うことが、合理的配慮を考える入口になります。

6. 合理的配慮は「何を変えるか」を一緒に決めること

指示や報告の工夫を上司一人の善意に頼っていると、担当者が変わった途端に元へ戻ります。だからこそ、本人と会社で「どの仕事が進めにくく、何を変えるか」を決めておく意味があります。

合理的配慮は、障害のある人が職場で力を発揮するうえでの支障を減らす措置です。厚生労働省の指針では、対象を障害者手帳の所持者だけに限定していません。発達障害を含む心身の機能の障害により、長期にわたって仕事に大きな制約がある人も含まれます。ただし、診断名だけで配慮の中身は決まりません。

例えば「口頭で三つ頼まれると、二つ目が抜けてしまう」と本人が話したら、「指示を一件ずつチャットに残す」を試せます。公的指針には、予定の明確化、図を使った手順書、指導・相談担当者の設定も例示されています。音や光が妨げになるなら、耳栓などの使用も候補になります。例を一律に当てはめず、何に困っているかから選びます。

話し合いでは、まず「提出が遅れる」を「依頼が重なると着手順を決められない」のように、具体的な支障に置き換えます。そのうえで本人の希望を聞き、会社も実行できる案を出します。「担当者を決めることはできますが、すべての予定を前日に知らせるのは難しいです」と、できることも難しいことも明らかにします。

決めた措置は理由とともに本人へ伝え、準備に時間がかかるなら見通しも説明します。実際に試して「指示は分かるようになったが、急な割り込みで止まる」と分かれば、今度は優先順位の変更方法を見直せます。配慮は一度決めたら固定するものではありません。

本人の希望をすべて実施できるとは限りません。業務への影響、費用、実現の難しさ、会社の規模や状況などを踏まえ、過重な負担かどうかを個別に考えます。難しい措置についてはその理由を伝え、別の方法で改善できないかを探ります。「できません」で終わらず、「ここまでならできます」と話せることが大切です。

相談内容のプライバシーを守り、相談したことを理由に不利益を受けないようにすることも欠かせません。そして実施後は、本人が働きやすくなったかに加えて、一緒に働く人への影響も見ていきます。

7. 配慮が同僚の負担に変わったとき

ある人の電話対応を減らしたら、隣の同僚が電話を取り続けるようになりました。本人は集中できても、同僚の仕事が終わらなくなれば、そのままでは続きません。配慮によって生まれた仕事の偏りは、部署で引き受けて考える問題です。

仕事を減らす前に、渡し方を変える余地も探します。電話を受ける時間帯を決める、対応手順を文字にする、得意な業務を組み合わせて分担する、相談先をはっきりさせるといった方法があります。一人の同僚に確認も代行も任せきりにせず、誰が何を担うかを決めます。

周囲には担当業務の変更や連絡の流れを説明しますが、本人の診断名や私生活まで知らせる必要はありません。配慮を始めた後は、本人の仕事の成果とともに、同僚の負担や業務の滞りも振り返ります。成人ADHDの書籍では3〜6週間ごとの確認が提案されていますが、これも職場で試す一例です。

休養や治療で不調が軽くなっても、仕事上の特性に応じた調整が必要なまま残る場合があります。「この人には任せられない」と結論づける前に、「どんな条件なら、何をどこまで任せられるか」と問い直してみます。本人が工夫することと同じくらい、任せる側が仕事の形を変えることにも意味があります。

よくある質問

Q. 発達障害の診断がない部下にも、仕事の任せ方を変えてよいですか?
はい。診断名を推測するより、「どの依頼が伝わらなかったか」「どの工程で止まったか」という仕事上の事実から話し合えます。指示を文章にする、優先順位を共有するといった工夫は、具体的な困りごとをもとに検討できます。

Q. 指示を具体的にしても報告が遅れる場合は、どうすればよいですか?
報告する内容だけでなく、時刻、相手、方法も決めてみます。途中で短く進捗を確認し、「何が終わり、どこで迷っているか」を聞くと、期限直前の行き違いを減らす手がかりになります。上司が対応しにくければ、相談担当者を決める方法もあります。

Q. 障害者手帳がなくても合理的配慮を相談できますか?
はい。厚生労働省の指針では、対象は手帳を持っている人だけではありません。本人と事業主が実際の仕事上の支障と希望を確認し、職場の状況も踏まえて実施する方法を話し合います。

参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)

  • 『精神科治療学』37巻1号「成人精神疾患の背景に潜む神経発達症のインパクト」近藤毅、出口裕彦、岩崎進一ほか、星和書店、2022年。
  • 『大人の発達障害を診るということ―診断や対応に迷う症例から考える』青木省三・村上伸治 編、医学書院、2015年。
  • 『大人の発達障害ってそういうことだったのか』宮岡等・内山登紀夫、医学書院、2013年。
  • 『成人期の自閉症スペクトラム 診療実践マニュアル』神尾陽子 編、医学書院、2012年。
  • 『Taking Charge of Adult ADHD, Second Edition』Russell A. Barkley、Christine M. Benton 協力、The Guilford Press。
  • 『合理的配慮指針(概要)』『合理的配慮指針 別表』厚生労働省、平成27年告示第117号。

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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