テレビを消したあとも、誰かに話しかけられているように感じることがあります。無視しようとしても声が気になり、気づけば一日中そのことを考えてしまうかもしれません。そんなときに目指したいのは、今すぐ声を消すことだけではなく、声に振り回される時間を少しずつ減らすことです。
聞こえるのは声でも、困りごとはそれだけでしょうか
部屋には自分しかいないのに、名前を呼ばれた気がします。耳を澄ませると、今度は自分の行動について何か言われているように聞こえます。確かめようと音のするほうを向いても、話している人は見つかりません。
こうした体験を、医療では「幻聴」と呼びます。「幻」という字が入っていても、本人には確かに聞こえている声です。周りの人に聞こえないからといって、本人の苦痛まで軽いわけではありません。
声が聞こえたという事実だけで、病名が決まるわけではありません。著しい睡眠不足のような極端な状況でも、幻覚は起こりうると説明されています。だからこそ声の体験を隠さず、その前後に何があったかを整理しておくと役に立ちます。
初めて声が聞こえた場合や、まだ医療機関に相談していない場合は、自分でできる工夫を試す前に、精神科・心療内科を受診してください。
幻聴は人の声とは限りません。音楽のように聞こえたり、意味のある言葉にならない音として感じられたりすることもあります。人の話し声が聞こえる場合は、その声が何をしているかによって体験が違ってきます。
たとえば食事をしようとすると、「今から食べるんだね」と実況するような声があります。何をしていても見られている気がして、落ち着かなくなるかもしれません。二人以上の声が自分のことを話し合っているように聞こえる人もいます。直接話しかけられる場合もあれば、「こうしなさい」と指示される場合もあります。
同じ「声が聞こえる」でも、うるさくて集中できない人、言葉に傷つく人、声の言うことが気になって予定を変えてしまう人とでは、困りごとが違います。診察で大切なのも、声があるかないかの一点だけではありません。どんな声が、いつ、どのくらい聞こえ、生活の何を邪魔しているのかが手がかりになります。
声の言葉が自分の考えや出来事と合っていると、次の言葉も確かめたくなるかもしれません。けれども、以前は当たったように思えても、別の日には言われたことが起こらなかったという経験もあります。聞こえた内容を、すぐに自分の行動を決める材料にしなくてよいのです。とくに命令口調の声は、聞こえていることと従うことを分けて考える必要があります。
声が強い日の背景に、何がありましたか
朝はまだ静かだったのに夕方になると声が増える日もあれば、人と会ったあとにどっと疲れが出る日もあります。そこで「どうすれば聞こえなくなるか」だけを考えていると、声そのものに意識が集まりがちです。声が気になった日の睡眠や疲れ方、人とのつながりにも目を向けてみましょう。
精神科の臨床では、不安、不眠、過労、孤立が強まると幻聴や妄想も強まり、逆に症状のせいでこうした負担が増えるという循環が指摘されています。眠れないから声が気になり、声が気になるからますます眠れなくなる、といった具合です。声だけを相手にしていると見落としやすい、生活とのつながりです。
たとえば、声にうんざりして友人からの連絡を避けていたなら、孤立を減らす工夫が候補の一つになります。仕事や家事で疲れ切っている日は、負担を見直すことが対処の入口になるかもしれません。原因を探すのは自分を責めるためではなく、声が強まる条件を知って、動かせるところを見つけるためです。
声の正体に決着がつかなくても、今日の困りごとは扱えます
「本当に誰かが話しているのでは」「どうして自分にだけ聞こえるのだろう」。そう考え始めると、声の意味や出どころを調べることに気持ちが向きます。けれども、その答えがすぐに出なくても、目の前の困りごとには手をつけられます。
たとえば「朝から何度も呼ばれて疲れる」「仕事に取りかかるたびに口を挟まれる」「嫌な言葉が残って、食事を楽しめない」と言い表してみます。声が何者なのかは説明できなくても、声のせいで何ができなくなっているかは言葉にできます。
小さな違いに見えますが、これが対処を考える出発点になります。「声を止められない自分」だけを見ていると、できることが何もないように感じるかもしれません。一方で「声が聞こえても昼ごはんは食べたい」「友人と電話で話す時間は守りたい」と考えれば、試してみたい行動が見えてきます。
声を聞く体験のある人たちの回復については、声が完全になくなることだけを目標にせず、本人が望む生活を取り戻していくという考え方もあります。治療を受けながら、自分で工夫できる部分を探すことには意味があります。
声との口論に、毎回つきあわなくてかまいません
声に責められると、反論したくなるのは自然なことです。「違う」「そんなことはしていない」と言い返しているうちに、頭の中で長い口論が始まるかもしれません。相手を納得させようとしても、声とのやり取りだけで時間が過ぎてしまいます。
そこで試したいのが、声への反応を少し淡白にすることです。聞こえていることを無理に否定する必要はありません。「また声が気になっているな」と気づいたら、言い返す代わりに、目の前の行動へ気持ちを戻してみます。
たとえば洗い物の途中で批判する声が聞こえても、返事はせず、お皿を一枚洗うことに戻ります。本を読んでいる途中なら、声の内容を検討し続ける代わりに、今の一段落をもう一度目で追います。大切なのは声との勝ち負けを決めることより、自分がしようとしていたことを一つ残すことです。
もちろん、声への向き合い方を一つに決める必要はありません。声の内容を受け止め直したり、声への反応を専門家と一緒に考えたりする治療もあります。ここで勧めているのは、声と争うほど疲れるときに、口論から少し離れてみるという工夫です。
「言い返さなければ負けたことになる」と感じるかもしれません。でも、声の主張を認めることと、言い争いをやめることは別です。言い返さない時間をつくるのは声に譲るためではなく、その時間を自分のものにするためです。声の正体や意味を、その場で結論づける必要もありません。
最初から長い時間できなくてもかまいません。声が続いていても数分だけ別のことに意識を向けられたなら、その数分は声に占領されなかった時間です。そこから、自分に合う音や行動を見つけていきましょう。
声が聞こえる場所に、別の音を置いてみます
部屋が静かになると、声がいっそう気になることがあります。そんなときは、声に集中しないための音を自分で選んでみます。好きな音楽をかける、テレビ番組を見る、短い動画ではなく一曲をゆっくり聴くなど、普段の暮らしにあるものから始められます。
音楽は、声を力ずくで押さえ込むためだけのものではありません。たとえば夕食の支度中に聞こえてくる言葉に気を取られたら、曲の旋律を追いながら手元の作業を続けてみます。声が残っていても曲の終わりまで料理を進められたなら、やりたいことに戻れた時間があったことになります。音楽に合わせて声の変化を確かめ続ける必要もありません。試したいのは「この曲で声が消えるか」という実験だけではなく、「この曲と一緒なら自分の夕食を作れるか」という工夫です。
鼻歌を歌うという方法もあります。声が聞こえるときに別の発声を重ねると一部の幻聴が減った、という研究が紹介されています。ただ、鼻歌なら誰でも声が弱まると分かっているわけではありません。口ずさむと気が楽になるなら使い、かえって気になるなら別の方法を選べばよいのです。
音を変えてみたのに声が聞こえ続けると、「何をやっても無駄だ」と感じるかもしれません。でも、対処法が役立ったかどうかは、声が消えたかだけでは測れません。曲を聴いている間は声の言葉を追いかけずに済んだことや、テレビを見ながら食事を終えられたことも、生活の側に戻れたという変化です。
人の声を聞きにいく、という選択もあります
一人で声に向き合っていると、何をしていてもそのことが頭から離れなくなるかもしれません。気の合う人に電話をする、ちょっと雑談をするといった行動も対処の候補です。「幻聴の話をしなければ」と身構える必要はありません。いつもの話題で話している時間が自分の助けになるか、確かめてみましょう。
反対に、聞こえている声のことを信頼できる人に話すのが助けになる場合もあります。「今、声が気になっているから少し話せる?」と伝えるだけでも会話は始められます。詳しい内容を全部説明しなくても、声に困っていることは伝わります。
誰かと話す気力がない日には、散歩に出る、少し体を動かす、絵を描く、パズルに取り組むといった方法も挙げられています。外の景色を眺めながら歩くほうが合う人もいれば、家で手を動かすほうが落ち着く人もいるでしょう。声以外に注意を向けられるものを、暮らしの中にいくつか持っておくという発想です。
こうした対処法の一覧は、どれも同じように効くと証明された順位表ではありません。幻聴を経験する人はもともとさまざまな工夫をしていて、役立つと感じる方法も幅広い一方、効果を詳しく比べた研究はまだ十分ではありません。「一般的なおすすめ第一位」を探すより、「今日はこれならできそう」を選ぶほうが現実的です。昨日は電話が役立っても、今日は一人で絵を描いていたいかもしれません。疲れているときに新しい趣味を始める必要もありません。すでに暮らしの中にある、少し取りかかりやすいことを思い出してみてください。
声の記録は、声の言葉を集めるためだけのものではありません
「診察で話そう」と思っていたのに、診察室に入ると何を伝えればよいか分からなくなることがあります。声が聞こえたことは覚えていても、何時ごろだったか、そのとき何をしていたかまでは思い出せないかもしれません。
そこで、短い記録を残してみます。日記のように長く書く必要はありません。たとえば「夕方、帰宅後に自分を責める声が続いた。音楽をかけて夕食は作れた」「夜、寝ようとすると呼ぶ声がした。気になって眠りづらかった」といった具合です。大事なのは声の内容だけで終わらせず、前後の状況や生活への影響も一緒に残すことです。
書いておきたいのは、いつ聞こえたか、どのくらい続いたか、どんな言葉だったか、何に困ったか、どんな対処を試したか、という点です。毎回すべてを埋める必要はありません。「今日は友人と電話をしたら気になりにくかった」と一行残すだけでも、次に試す方法の手がかりになります。
記録を見返すと、声の多かった日だけでなく、声が気になりにくかった時間にも目が向きます。疲れた夜はつらくなりやすい、誰かと話したあとは作業に戻りやすい、といった自分なりの傾向が見えてくるかもしれません。声について延々と考えるためのノートではなく、助けになった行動を見つけるためのノートです。うまくいかなかった行動も書いておくと、次に無理をして繰り返さずに済みます。「音楽をかけたが、歌詞が気になった」「友人と話すと少し楽だった」と、対処による違いを並べてみましょう。うまく書けない日は空欄のままでも、記録の目的は失われません。
主治医には「聞こえたあと、どうなったか」も伝えます
声について話すのをためらう人もいます。変に思われそうで言い出しにくかったり、話したらすぐに薬が増えるのではと心配になったりするかもしれません。でも、声のことを話したからといって、必ず薬が増えるわけではありません。診察では声の様子と暮らしへの影響を見ながら、どう対応するかを考えていきます。
記録があれば「毎日聞こえます」だけでなく、「夕方に多く、三十分ほど気になります」「昨日は何かをしろと言う声でした」「声が気になって食事が進みません」「音楽を聴くと家事には戻れました」と具体的に話せます。声の言葉を一字一句正確に再現する必要はありません。自分が何に困り、どう過ごしているかが伝わることに意味があります。
声をゼロにできた日だけが、うまく過ごせた日とは限りません。声が聞こえていても友人と話せた日や、予定していた用事を済ませた日、つらさを診察で伝えられた日もあります。その積み重ねを見ながら、次は「いつもの対処では追いつかないとき」に何を目安にすればよいかを考えていきます。
いつもの対処では追いつかない日もあります
昨日は音楽を聴けば家事ができたのに、今日は何をしていても声が気になります。声が聞こえる時間が長くなり、言葉もきつくなったように感じます。そんな日は、いつもの方法でもっと頑張るより、何が変わったのかを確かめることが大切です。
声の回数だけでなく、生活の変化にも目を向けます。たとえば、以前より眠れなくなった、人との連絡を避けるようになった、食事や身の回りのことが後回しになっている、といった変化です。考えがまとまりにくい、会話がうまく続かない、何が現実なのか判断しづらいと感じることも、見逃したくないサインです。
幻聴が強まると、疲れや不安が増えます。その負担でさらに眠れなくなったり人と距離を置いたりすると、声がいっそう気になるという循環が生まれます。だからこそ、声の変化と生活の変化を一緒に見ることが役立ちます。
いつもより声が強い状態が続く、これまでできていたことが難しくなる、対処を試しても苦痛が増していく、といった変化があれば、次の予約日を待たずに主治医へ連絡する目安になります。
声が聞こえることに慣れている人ほど、「今回も何とかなる」と思うかもしれません。でも、慣れていることと、負担が増えていないことは別です。以前の自分と比べて暮らしがどのくらい変わったかを、手がかりにしてください。
「こうしろ」という声に、従わなくてかまいません
声の中でもとくに気をつけたいのが、命令する声です。「そこへ行け」「今すぐ何かをしろ」と指示されたり、従わなければ悪いことが起きると脅されたりする場合があります。
声が強い力を持っているように感じると、断るのが怖くなるかもしれません。けれども、声が命令していることと、その命令に従わなければならないことは別です。
命令する声に対する専門的な認知療法では、声が自分を支配できるという感覚に働きかけ、危険な指示に従う行動を減らすことを目指します。実際に、命令する声に従って、自分や他人を傷つけた、または傷つけそうになった経験のある人を対象とした研究では、認知療法を加えた群で、命令に従う危険な行動が減ったと報告されています。
これは、怖い命令を一人で耐え抜けばよいという意味ではありません。自分や他人を傷つけるよう促す声や、危険な行動を指示する声が聞こえたら、すぐに主治医や医療者へ連絡してください。声に従ってしまいそうなときや、差し迫った危険があって安全を保てないときは、119番で救急の助けを求めてください。他人に危害が及びそうなときは110番に連絡してください。夜間や休日は、お住まいの都道府県の精神科救急情報センターに相談できる場合もあります。
声と口論して説得する必要も、声の言うことが正しいかを一人で確かめ続ける必要もありません。「命令されて怖い」「従わないと何か起きそうに感じる」と、そのまま伝えてよいのです。声を聞いたという事実だけでなく、どのくらい従いたくなるか、逆らうのをどのくらい怖く感じるかも、大切な相談内容です。
眠れないときは、声より先に睡眠の話をしてもかまいません
夜、布団に入ると声が気になって、なかなか眠れません。ようやく寝ついても、翌日に疲れが残ります。そして夜になると、また声が気になってしまいます。
不眠は、幻聴が強まる悪循環に関わる要素の一つです。眠れない状態が続いて声も強くなっているなら、睡眠のことを早めに主治医へ伝えてください。
暮らしの中でできる工夫としては、朝起きる時刻をそろえる、朝の光を浴びる、日中に体を動かすといったものがあります。夜のカフェインやアルコール、たばこなど、睡眠を妨げるものを見直すことも候補です。
飲んでいる薬が睡眠に関わっている場合もありますが、薬の量や飲む時間を変えるかどうかは主治医と一緒に決めます。
「声が聞こえます」と話すのが難しい日でも、「最近眠れていません」「夜になるとつらくなります」と伝えるところから始められます。眠れないこと自体が、相談する十分な理由になります。
連絡するとき、上手に説明しなくてかまいません
伝えることを整理しようとして、かえって言葉が出てこなくなるかもしれません。そんなときは、次の三つだけでも十分な手がかりになります。
- 何が変わったか:声が増えた、命令するようになった、眠れなくなった
- 生活で何に困っているか:食事が進まない、外出できない、仕事に集中できない
- 今、何が心配か:声に従ってしまいそう、以前より怖い、対処してもつらい
前からつけていた記録があれば、それを見せてもよいでしょう。記録がなくても、「いつもと違う感じがします」という一言から相談を始められます。
声の内容をすべて説明できるようになるまで待つ必要はありません。本人が感じている変化そのものが、診察で確かめるべき情報だからです。
声が聞こえる日にも、自分の一日を残していきます
幻聴への対処を考えていると、つい「今日は何回聞こえたか」「昨日より声が小さくなったか」に目が向きます。症状の変化はもちろん大切ですが、それと同じくらい、声が聞こえる中で何ができたかにも目を向けてみてください。
声に言い返さずに食事を終えられた日があります。音楽を聴きながら散歩できた日もあれば、つらいことを誰かに話せた日もあるでしょう。
幻聴が残ることと、生活を取り戻せないことは同じではありません。治療を続けながら自分に役立つ対処を見つけ、望む暮らしに近づいていくことも、回復の一つの形です。
明日も声が聞こえるかもしれません。それでも、明日の予定をすべて声に決めてもらう必要はありません。
声が聞こえる時間をゼロにできなくても、声に振り回される時間は減らしていけるかもしれません。
まずは、今日の自分がやりたかったことを一つ思い出すところから始めてみてください。
よくある質問
Q. 幻聴が聞こえたら、無視したほうがよいですか?
無理に聞こえないふりをする必要はありません。声と言い争うほど疲れるときは、返事をせずに、音楽や目の前の作業へ意識を戻す方法があります。声が消えなくても、自分のしたかったことを続けられたかを確かめてみてください。
Q. 幻聴があると主治医に話したら、薬が増えますか?
幻聴のことを伝えたからといって、必ず薬が増えるわけではありません。声の内容や頻度、生活への影響などを確かめたうえで、治療について話し合います。薬に不安がある場合も、その気持ちを含めて伝えてください。
Q. 幻聴が完全になくならないと、回復したとはいえませんか?
回復を、声が聞こえなくなったかどうかだけで判断する必要はありません。症状がまた現れることがあっても、自分の望む生活を送れるようになることは大切な回復の目標です。声への対処と治療を続けながら、暮らしの中でできることを増やしていくという考え方があります。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)
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