「薬、飲んだ?」「飲んだってば!」。心配して声をかけたのに、また険悪な空気になってしまいます。精神科の薬を嫌がる家族に、何と言えば飲んでもらえるのでしょうか。実は、説得の言葉を探す前に「何が嫌なのか」を聞くと、次にできることが変わってきます。
「薬、飲んだ?」から始まる言い争い
家族にとって「薬を飲んだ?」は、体調を気遣う確認です。ところが本人には、「また監視されている」「自分は信用されていない」と聞こえるかもしれません。心配が大きいほど確認の言葉は強くなり、本人も身構えてしまいます。
そもそも薬を飲むという行為の意味は、人によって違います。眠気などのつらい経験を思い出す人もいれば、錠剤を手に取るたびに「病気の自分」を突きつけられる人もいます。家族や医師に生活を管理されているように感じる場合もあります。
精神科医の中井久夫は、薬を体に取り入れること自体が、医療への大きな信頼を必要とする行為だと考えました。家族にとっては「処方されたのだから飲むのが普通」でも、本人にとっては、その「普通」に不安が伴っているかもしれません。
双極症の服薬に関する57研究をまとめたレビューでも、飲み忘れや依存への恐れなど、本人の報告にしか現れない要因の領域がありました。医療者の側から見える理由だけでは足りないという発見です。双極症についての研究ですが、ほかの病気でも参考になる視点です。
飲んだかどうかは確かめられても、飲みたくない理由は聞かなければ分かりません。
説得する前に、聞いた言葉を返してみる
「どうして飲まないの?」と聞いたつもりでも、言い方によっては「飲まないあなたが悪い」と責められているように響きます。本人が答えず、家族がさらに問い詰めると、会話の中心は薬から言い争いに移ってしまいます。
最初の一言は短くて構いません。
「何回言ったら飲むの?」
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「飲むことで何か困っていることがある?」
後者は、飲まないことを裁く前に、本人の経験を尋ねています。返事が「別に」だけなら、そこで一度終えても構いません。家族が欲しい答えを、その場で全部聞き出す必要はありません。
もう一つ役に立つのが、相手の言葉を自分の言葉で短く返し、合っているか確かめる聞き方です。
「また面倒くさがっているんでしょう」
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「毎日薬のことを考えるのが、もう嫌になっているのかな?」
本人が「そうじゃなくて、飲むと仕事中に眠いんだ」と訂正したなら、それは大事な前進です。家族の予想が外れたことより、本人が何に困っているのかが一つ分かったことに意味があります。
このとき、うなずいたり、「仕事中の眠気が嫌なんだね」と確かめたりするだけでも会話は続きます。ただし「それはつらいよね。でも飲まないあなたが悪いよね」と続けると、聞き返したつもりが結局は非難になります。相手の考えを理解することと、自己判断で薬をやめることに賛成することは別です。だからこそ、気持ちを聞く時間と、薬の扱いを主治医と相談する時間を分けて考えます。
もちろん、家族にも腹が立つ日はあります。毎回理想的に聞けなくても、言い争いになりそうなら「今日はここまでにしよう」と区切ってよいのです。とくにうつ状態では、何度も「大丈夫?」と確かめられたり、長く励まされたりすること自体が負担になることがあります。短い問いを一つ置いて待つのも、関わり方の一つです。
「飲むとつらい」なら、副作用の話を先にする
本人が「飲みたくない」と言うと、家族は薬を続ける大切さを説明したくなります。けれども、本人が困っているのが飲んだ後の強い眠気や体の動かしにくさなら、まず聞きたいのはそのつらさです。
「そのくらいの眠気は我慢して」
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「飲んだあと、どんなことが一番つらい?」
例えば「午前中、頭がぼんやりして仕事にならない」と答えたなら、「何時ごろから」「毎日なのか」と聞いてみます。「副作用が怖い」と話す人でも、すでに不快な症状を経験した人と、依存するのではないか、将来やめられなくなるのではないかと不安に思う人とでは、知りたいことが違います。説明を受けたつもりでも、本人の疑問が残っている場合があります。
ここで避けたいのは、「病気が悪くなるよりましでしょう」という比較です。本人が今感じているつらさへの答えにならず、次からは話してくれなくなるかもしれません。薬の不快な面を話題にするのは、治療を拒む宣言とは限りません。
むしろ、飲めていないことを主治医に伝えるのは重要です。実際には十分飲めていないのに、医師が処方どおり飲んでいると思っていると、「量が足りないから効果が出ない」と考えて増量し、さらに飲みにくくなる悪循環が起こり得ます。家族の役目は服薬を取り締まることではなく、何が起きているかを一緒に整理することです。
役に立つのは、飲んだ日とその後の様子を簡単に残しておくことです。眠気が出た時間、体の違和感、生活への影響を本人の言葉で書いておきます。薬の説明に載っていない症状や、説明が足りなかったと感じる不満も、診察で話してよい内容です。本人がつらさを言葉にできれば、主治医は効果と副作用の両方を踏まえて治療を検討できます。
副作用を聞くのは、薬を続けさせるための遠回りではなく、本人が納得して治療について話せるようになるための最初の一歩です。
「自分は病気じゃない」と言われたら
「自分は病気じゃないのに、どうして薬を飲まなければいけないの?」。こう言われると、家族は診断名や医師の説明を持ち出して説得したくなります。けれども、病気かどうかをその場で決着させようとすると、本人にとっては自分の感じ方を否定される話し合いになってしまいます。
病気についての理解は、「ある」「ない」の二つにきれいに分かれません。例えば、眠れない、気分が不安定になるといった変化には気づいていても、それを病気とは考えていない人がいます。診断名は受け入れていても、薬が必要な理由には納得できない人もいます。症状の受け止め方、病名への理解、治療への考えが、すべて同じ歩幅で進むとは限らないのです。
「医師が病気と言っているんだから認めて」
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「病気という言い方には納得できないんだね。今の生活で困っていることはある?」
この問いなら、病名についての意見をいったん脇に置けます。本人が「眠れないのは困る」「仕事で調子が出ない」と言ったなら、まずそこから話を始められます。「家族が困るから飲んでほしい」だけでは、本人には自分のための治療として伝わりにくいものです。反対に、本人が変えたいと思っていることが見つかれば、それが診察で相談する入口になります。
薬への抵抗には、自分らしさを守りたい気持ちが隠れている場合もあります。毎日薬を飲むことが「弱い人間になった証拠」のように思えたり、他人に生活を決められているように感じたりするのです。「自分のことは自分で決めたい」という言葉を、ただの反抗として片づけないことが大切です。
家族は病気だと思っていて、本人はそう思っていない。その違いを今日中になくさなくても構いません。本人がまだ必要性を感じていない治療を受けているなら、その難しさにも目を向けたいところです。病名について意見が違っていても、困りごとまで別々に抱える必要はありません。 一緒に考える話題を、診断名から日々の生活へ移してみましょう。
「効かない」と「もう治った」は、正反対の理由です
同じ「もう飲まない」でも、「飲んでいるのに楽にならない」と「最近ずっと元気だから必要ない」では、本人の考えていることが反対です。前者には期待した効果が得られない失望があり、後者にはよくなった実感があります。家族が最初から「やめると悪くなるよ」と返しても、本人が持っている疑問には届かないかもしれません。
「効いていない」と感じているなら、何が変わらず困っているのかを聞いてみます。薬の効果を改めて検討する必要がある場合も、効果が現れるまでの時間について説明を受けることで見通しが立つ場合もあります。「飲んでも変わらない」という一言を、主治医に伝える具体的な質問に変えていくのです。
一方、「もう治った」と思っている人とは、調子がよくなったことをまず一緒に喜べます。ただし、症状が落ち着いたことと、薬をいつまで続けるかは同じ話ではありません。うつ病の抗うつ薬治療については、よくなってからも一定期間続ける意味があります。ここで必要なのは、過去の不調を持ち出して怖がらせることより、今後の治療の目的を確かめる会話です。
説明した側と受け取った側の間では、思いのほか認識がずれやすいものです。薬をどのくらいの期間続けるかといった大切な説明でも、それは起こり得ます。本人が「そんな話は聞いていない」と言っても、すぐに聞き逃したと決めつけないほうがよさそうです。
中断したことが後から分かったときも、最初の返事が大切です。
「勝手にやめるなんて、何を考えているの?」
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「もう必要ないと思ったんだね。どうしてそう感じたのか、診察でも話してみない?」
言いにくいことを打ち明けた本人を責めると、次に飲めなかったときに話しにくくなります。「話してくれてよかった」と受け止めてから、いつごろ、どんな考えで中断したのかを整理します。効果への不満も、よくなった実感も、治療について判断するための大切な情報です。薬の再開や減量、中止は、そうした情報をもとに本人と主治医が検討していきます。
嫌がっているようで、飲めないだけかもしれません
ここまでは「飲みたくない気持ち」を考えてきましたが、飲むつもりがあっても実際には続けにくいことがあります。薬の種類や飲む回数が多かったり、生活の時間と服用時刻が合わなかったりする場合です。外からは拒んでいるように見えても、困っているのは日々の段取りかもしれません。
例えば、朝の薬を忘れる人に「朝なんだから飲めるでしょう」と言っても、その人は昼近くに起きる生活かもしれません。出勤前が慌ただしくて忘れる人も、寝る前に飲もうとして先に眠ってしまう人もいます。何度も忘れると、本人も言い出しにくくなります。
「忘れるなんて飲む気がないんでしょう」
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「いつなら忘れずに飲めそう?」
答えが見つかれば、歯磨きなど毎日の行動と結びつけたり、ピルケースや控えめな通知を使ったりする工夫を一緒に考えられます。服薬の回数や時刻そのものが負担なら、主治医に相談する話題になります。ただし、服用方法は薬ごとの事情で決められているので、家族だけで時間や回数を変えることはしません。
「ちゃんと飲んでいる?」より「今週、何日くらい飲めた?」のほうが答えやすいこともあります。できなかった回数を責めるためではなく、実際の生活に合う方法を探すための確認です。「飲まない人」だと思っていた相手が、実は「飲みたいけれど続けられない人」なのかもしれません。
診察室に持っていくのは、説得の記録ではありません
家族が診察で「薬を飲んでくれません」と伝えても、医師には肝心の理由が見えないことがあります。「飲むと眠くて仕事にならない」「よくなったから必要ないと思う」「朝は慌ただしくて忘れる」。同じ服薬の問題でも、診察で検討する内容は変わります。
本人が同意しているなら、家族も一緒に診察に入り、本人の言葉を中心に説明するとよいでしょう。家族が代わりに「この人は薬が嫌いなんです」と結論を出すより、「本人はこう話していました」と伝えるほうが、相談の出発点がはっきりします。医師の前では言いにくいことなら、短いメモにする方法もあります。
次の診察で伝えること
- 実際にどのくらい飲めているか。例えば「今週は何日飲めたか」
- 飲んだ後に何がつらく、いつごろから起きているか
- 飲みたくない理由を本人がどんな言葉で話したか
- 効果・副作用・服用期間・飲み方について何を確かめたいか
記録は立派な日誌でなくて構いません。眠気が目立った日や、普段と違う症状があった日だけでも、本人の感じ方と生活への影響が伝わります。医師への不満も伏せる必要はありません。「副作用の説明を聞いていなかった気がする」「今のままでは仕事がつらい」という気持ちも、治療を考え直す材料になります。
質問を用意するなら、「この眠気について、別の方法はありますか?」「今の薬を続ける目的と、期間の見通しを教えてもらえますか?」と具体的に尋ねてみます。飲めていない期間を隠したままだと、薬の効き目を正しく検討しにくくなります。家族が薬の量や再開を決める必要はありません。説得の結果ではなく、本人と主治医が話し合うための情報を持っていくことが大切です。
話し合いより、受診を優先するとき
飲みたくない理由をゆっくり聞ける場面ばかりではありません。本人が「死にたい」「消えてしまいたい」と口にしているなら、服薬をめぐる議論はいったん止め、その気持ちを責めずに聞いて、担当医へ早めに連絡します。今にも行動に移しそうなときや、担当医に連絡がつかないときは、ためらわず119番に連絡してください。夜間・休日は、各都道府県の精神科救急情報センターにも相談できます。不調が強くても本人は受診を先延ばしにすることがあるため、家族が受診を勧めたり付き添ったりすることが支えになります。
強い興奮や暴力があるときは、家族がそばで説得し続ける必要はありません。自分や子ども、高齢の家族の安全を優先し、必要ならその場を離れて安全な場所に避難します。入院を含めた治療が必要な状態もあるため、担当医や医療機関へ早く相談してください。暴力などで身の危険があるときは110番に連絡します。
薬の副作用にも、急ぐものがあります。炭酸リチウムを服用している人に、いつもより強い手の震え、強い眠気、意識がぼんやりする、言葉が出にくい、吐き気や下痢などがいくつか重なって現れたら、様子を見ずに、すぐに処方した医師や薬剤師に連絡し、受診してください。次に飲むかどうかもそのとき確認してください。嘔吐や発熱などによる脱水や、飲み合わせる薬の変化も伝えたい情報です。
普段から主治医に相談できる関係は、こうしたときにも頼りになります。家庭で薬への考えをすぐに一致させる必要はありません。「飲みたくない」の理由を一つ聞ければ、次の診察で何を相談するかが少し具体的になります。
よくある質問
Q. 薬を飲んでいなかったことが後から分かったら、叱ったほうがいいですか?
まず「話してくれてありがとう」と受け止めてみてください。なぜ中断したのか、いつから飲んでいないのかを聞き、そのまま主治医に伝えることが大切です。責めることより、次も正直に話せる関係を残しましょう。
Q. 本人が病気であることを認めない場合、治療の話はできませんか?
病名について意見が一致しなくても、治療に関する話は始められます。本人が困っている睡眠や仕事、人との関係などを尋ね、そこから診察で相談する内容を考えてみてください。
Q. 本人が受診そのものを嫌がるとき、家族はどうすればいいですか?
落ち着いているときに、本人が困っていることから話を始めてみてください。受診が難しければ、公的な相談先や受診を考えている医療機関に問い合わせる方法があります。当院ではご本人のことを家族だけで相談することはできませんが、ご家族自身の不調についての受診は別です。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)
- 中井久夫『精神科治療の覚書』日本評論社
- 澤田法英(Q36)『精神科臨床144のQ&A』星和書店、2018年
- Jesse H. Wrightほか(大野裕訳)『認知行動療法トレーニングブック』医学書院
- David J. Miklowitz『The Bipolar Disorder Survival Guide』第3版、The Guilford Press、2019年
- 日本うつ病学会双極症委員会『双極症とつきあうために Ver.11』日本うつ病学会、2024年
- 厚生労働省『重篤副作用疾患別対応マニュアル リチウム中毒(患者の皆様へ)』PMDA掲載
- Asta R. Prajapatiほか「Mapping modifiable determinants of medication adherence in bipolar disorder (BD) to the theoretical domains framework (TDF): a systematic review」Psychological Medicine、2021年
- Judith S. Beck『Cognitive Behavior Therapy: Basics and Beyond』The Guilford Press