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「別の人格になっていたらしいのですが、その間のことを少し覚えています。記憶が残っているなら、解離性同一性障害ではないのでしょうか」。そんな疑問が浮かぶのは、人格が交代すると前の記憶がすべて消えると思われがちだからでしょう。けれど実際の体験はもっと入り組んでいて、真っ白な空白から、かすかな記憶、自分を外から見ていたような記憶まであります。

1. 別の人格のときの記憶は、どこまで残るのでしょうか

答えから言うと、残ることがあります。解離性同一性障害(解離性同一症)で見られる人格状態の交代は、「交代した瞬間に記憶が全部消える」という一つの形に限られません。ある時間について何も思い出せない人もいれば、何があったかは分かるのに、細かなやり取りが曖昧な人もいます。

たとえば、気づいたら時間が進んでいて、その間に自分が何をしていたのか分からないことがあります。これは分かりやすい記憶の空白です。反対に、人と会ったことや会話の大筋は覚えていても、自分がどんな表情をしたか、どの言葉を選んだかははっきりしないこともあります。こちらを体験すると、「忘れてはいないのだから、これは解離とは違うのでは」と考えたくなるかもしれません。

さらに不思議なのは、出来事を眺めていたような記憶です。自分の口から言葉が出て、身体が動き、目の前の相手がそれに反応していることは分かります。それでも、会話を進めているのが自分だという手応えが乏しく、少し後ろから自分を見ていたように感じる場合があります。

ここでいう人格状態とは、そのときの考え方や感情、行動、記憶などがまとまった状態のことです。解離性同一性障害では、区別できる複数の状態が現れ、いつもの自分という感覚が揺らぐことがあります。ただし、独立した人間が何人も存在するという意味ではなく、あくまで一人の人の異なる状態として捉えます。

別の人格状態は、いつも外から分かる形で表れるとは限りません。発言や行動を主に担うように現れることもあれば、表には出ず、内側から感情や行動に影響しているように体験されることもあります。ですから、周りから見て分かるような大きな交代があったかどうかと、本人にどの程度の記憶が残るかを、同じものとして考えるわけにはいきません。

「全部忘れている」「少し覚えている」「見ていたように感じる」を一列に並べて、どれが本当の解離なのかと選ぶ必要はありません。記憶の輪郭だけで、体験の全体像は決まらないからです。しかも、話はここからもう一段複雑になります。ある人格状態が知っていることを、別の人格状態も知っているとは限りません。

2. 「こちらは知っているのに、向こうは知らない」

二つの人格状態を、仮にAとBと呼んでみます。AはBが表に出ていたときの出来事を覚えているのに、BはAが経験した時間を思い出せないとします。すると、Aから見れば「何が起きたか分かる」のに、Bから見れば「知らないうちに何かが進んでいる」ということになります。

このような記憶の偏りは、非対称性の健忘と呼ばれます。記憶が二つの箱にきれいに分かれていて、互いの中身が一切見えないという話ではありません。片側からは向こうの様子が分かるのに、反対側からは同じようには分からないという、一方通行の関係が生じることがあります。

ですから、Aが「私はBのことを知っている」と感じていても、BがAを同じように認識しているとは限りません。ある人格状態はほかの状態の存在を把握し、内側でやり取りしているように感じる一方で、別の状態はそのやり取りをほとんど知らない場合もあります。どこまで知っていて、どのように関わっていると感じるかも、人格状態によって異なります。

ここで混乱しやすいのが、「自分には記憶がある」という感覚です。この文章を読んでいる今、過去のある出来事を覚えていれば、全部つながっているように思えます。けれど、別の状態から同じ時間を振り返ったときにも、同じ内容へたどり着けるとは限りません。自分が知っていることを、いつでも同じように取り出せるわけではないのです。

また、ストレスが強い場面では、人格状態の違いが目立つ傾向があります。ふだんは気づきにくい違いが、ある場面で急に表に出るように見えることもあります。

人格状態の関係を理解しようとすると、つい「誰が誰を知っているのか」を完全な図にしたくなります。でも、まずは記憶が双方向とは限らないと分かれば十分です。「片方は知っている、もう片方は知らない」という食い違いも、本人の体験を考えるための大切な手がかりになります。

3. 忘れていることに、自分では気づかない場合もあります

「記憶がない」と聞くと、数時間が抜けて、知らない場所に立っている場面を想像するかもしれません。しかし、解離性同一性障害で見られる健忘は、もっと身近なところにも現れます。

たとえば、買った覚えのない品物が手元にあったり、自分の筆跡なのに書いた場面を思い出せない文章が見つかったりします。気づけば職場にいるのに、どう移動したか分からないこともあります。普段ならできるパソコンの操作や仕事の手順が、そのときは思い出せなくなることもあります。

抜けるのは過去のつらい記憶だけではありません。今日の買い物や移動、仕事にも起こり、いつも劇的な「空白」として意識されるとは限りません。本人は普段どおり生活しているつもりでも、その記憶をたどれない部分が残ることがあります。

もう一つ分かりにくいのは、忘れた自覚もない場合です。何かが起きたこと自体を知らなければ、忘れたことに気づくきっかけもありません。人から聞かされたり、覚えのない記録を見つけたりして、初めて食い違いに気づきます。解離による健忘では、忘れたこと自体に気づきにくい場合があると説明されています。

周囲の人に「さっき、あなたが言っていましたよ」と言われても、その場面が浮かばないことがあります。反対に、本人は十分覚えているつもりなのに、周囲には抜けが見えることもあります。覚えているという感覚と、実際にたどれる記憶の範囲は必ずしも一致しません。

4. 自分が話しているのを、自分で見ている感覚と、共意識

記憶の有無とは少し違う体験もあります。会話の最中、相手の声も自分の返事も分かっていて、後からその会話を思い出すこともできます。それなのに、言葉を自分で選んでいる感じがしません。まるで自分の身体を観客席から見ているようです。

これは、自分の発言や行動を傍観しているように感じ、止める力がないと感じる症状として報告されている体験です。一方、共意識とは、ある人格状態が表に出ているあいだの体験を、ほかの人格状態も同時に知っている状態を指します。治療ガイドラインでは、人格状態のあいだの協力とともに、治療のなかで育てていくものとして挙げられています。見ている感覚があることを、そのまま共意識と考えるわけではありません。

大切なのは、出来事を認識できることと、自分で行動を動かしている感覚は別だという点です。自分の声は聞こえているのに、話すのを止めたり言い直したりする力がないように感じることがあります。突然の怒りや衝動を、自分のものと思えない場合もあります。覚えているからといって、その場で自分が主導していたとは限りません。

「見えていたなら自分で決めたのでしょう」と言われても、本人の体験とは食い違います。その時間に何が起きたか分かることと、自分で決めたと思えることは違うのです。何を見聞きしたかだけでなく、意思や制御の感覚がどうだったかも、体験を理解する手がかりになります。

共意識は、あるかないかを調べるだけの言葉ではありません。治療では、ほかの人格状態の役割や望みも尊重しながら、安全な形で情報を伝え合えるように取り組み、その過程で共意識と内的な協力を育てていくことも目指します。これは記憶の量だけでは測れない変化です。

5. 記憶が残っていたら、解離性同一性障害ではない?

記憶が残っていることだけでは、解離性同一性障害を否定できません。ただし、「覚えている場面がある」と「記憶の抜けが一切ない」は違います。診断では、この違いが大切です。

DSM-5の診断基準には、区別できる複数の人格状態と、自己感覚や行動の主体感の不連続が含まれます。また、日常の出来事や重要な個人情報などを思い出せない空白が繰り返され、それが通常の物忘れでは説明できないことも求められます。さらに、苦痛や生活への支障があり、文化的慣習や物質の影響、てんかんなどの病気では説明できないことも確認します。

つまり、「交代するたびに、一秒残らず忘れる」という条件ではありません。ある時間は覚えていても、別の時間には空白がある場合も考えられます。一方で、反復する健忘はDSM-5の診断条件に含まれます。記憶が一切欠けていない状態まで、この診断名で説明できるわけではありません。

診察中に分かりやすい人格交代が見られなくても、本人の自己感覚の変化や健忘の体験から評価する場合があります。ICD-11には、日常を主に担う人格状態にほかの状態が影響する「部分的解離性同一性症」という区分もありますが、DSM-5の診断名と単純に置き換えられるものではありません。

記憶が「あるか、ないか」という単純な図式を揺さぶるのが、記憶を調べた実験です。2025年の研究総説は、別の人格状態での経験を本人が「思い出せない」と答えても、実験課題では情報の伝達が見られた研究を紹介しています。出来事の記憶だけでなく、知識や身につけた技能に関わる情報でも報告されています。

では、健忘は気のせいなのでしょうか。そう結論づけることはできません。自分で思い出せるかどうかと、情報が状態間でどこまで伝わっているかは別の問いだからです。記憶が完全に遮断された箱のように分かれているというイメージだけでは、こうした研究結果を説明しきれません。

診断で考えるのは、記憶が「あるか、ないか」の一問ではありません。自分という感覚や行動の主体感がいつ変わり、どこに記憶の抜けが生じ、それが暮らしにどう影響しているのかを合わせて見ていきます。

6. 記憶が食い違ったら、どちらを信じればいいのでしょうか

同じ出来事を、ある人格状態では「怖かった」と覚えていて、別の状態では「そんなことはなかったはず」と感じる場合があります。片方には場面が浮かぶのに、もう片方には記憶がありません。どちらを信じればよいのかと、自分の記憶にまで疑いが向くかもしれません。

記憶は録画映像のように、そのまま再生されるものではありません。思い出すときに組み立て直されるため、内容や受け止め方が食い違っても、片方をすぐに嘘や間違いとは決められません。「思い出せないから起きていない」とも、「鮮明だから細部まですべて事実」とも言い切れないのです。

2025年の研究総説では、コントロールを失うことや「おかしくなる」ことへの恐れなど、記憶や自己についての考え方が想起を妨げる可能性も仮説として論じられています。本人がわざと忘れているという意味ではありません。

治療者には、どの人格状態の話が正しいかを裁くのではなく、異なる視点を尊重する姿勢が求められます。誘導的な質問で記憶を作り出さないよう気を配り、本人が自分のペースで検討できるように支えます。

今すぐ空白を埋めたり、結論を出したりする必要はありません。食い違いを抱えたままでも、安全に毎日を過ごせることのほうが先です。

7. 治療の目標は、すべてを思い出すことではありません

記憶を残らず集めれば、治療は終わるのでしょうか。治療が目指すのは、解離に振り回されず、安心して暮らせることです。

治療ガイドラインでは、段階的に取り組む方法が示されています。最初に整えるのは安全と安定です。安心して話せる関係を築き、不安や恐怖への対処を考えます。周囲を見渡して特定の色を探すなど、今いる場所に注意を戻す工夫もあります。一般外来でも、この安定化を続けることに意味があります。

異なる人格状態についても、誰か一人だけを「本当の自分」にせず、それぞれの役割や気持ちを尊重します。記憶の空白には、日記で情報を共有する方法が役立つ場合があります。ただし、すべての状態を急いで探し出して関係図にする作業は、混乱を強めることがあります。知ることを急ぐより、安全に知れる形を整えます。

次の段階では、過去の苦痛な記憶を慎重に扱います。感情を無理に引き出したり、空白を一気に埋めたりはしません。過去の出来事と現在の安全を区別できるように進め、動揺や解離が強まれば、安定を整える段階へ戻ります。行きつ戻りつすることも治療の一部です。

人格状態のあいだの協力は、最初の段階から次の段階へと続けて取り組むものです。人格状態のあいだで必要な情報を伝え合い、生活上の選択を調整しやすくします。一つにまとまる「融合」を目指す考え方もありますが、一部の方では、十分に協調して暮らすことがより現実的な長期の到達点になる場合があります。ただし、協調にとどまる場合は、強いストレスで再び悪化しやすい可能性も指摘されています。社会生活でストレスが増えたときには、再び安全を整えます。

薬は症状に合わせて、抗うつ薬や気分安定薬、抗精神病薬を必要最小限、補助として使うことがありますが、解離性同一性障害そのものへの有効性が確立した薬物療法はありません。ベンゾジアゼピン系などの抗不安薬は、解離や記憶の症状に影響することがあるため、使う場合は慎重に検討します。服用中の方は自己判断で中止せず、主治医に相談してください。2025年の総説も、治療法を直接比較する十分な研究がなく、最善の方法はまだ定まっていないと指摘しています。

記憶を全部取り戻したか、人格状態の違いが消えたかだけで回復を測る必要はありません。分からない時間が残っていても、一人の人として暮らしを続けやすくなることが大切です。

よくある質問

Q. 別の人格のときの記憶が全部残っていても、解離性同一性障害の可能性はありますか?

交代中の出来事を覚えていることはあります。DSM-5は毎回の完全な健忘を求めていませんが、通常の物忘れでは説明できない記憶の空白が繰り返されることを診断条件としています。記憶の抜けが本当に一切ないなら、同じ診断だと決めつけることはできません。

Q. 共意識があれば、人格の交代を自分で止められますか?

共意識があっても、交代を自分で止められるとは限りません。ほかの人格状態の体験を知っていることと、行動を自分で決めている感覚は別のものです。自分の発言や行動を認識していても、自分で決めている感覚が乏しいことがあります。治療では情報の共有と協力を少しずつ育てていきます。

Q. 別の人格の記憶と自分の記憶が違うときは、どうすればよいですか?

急いでどちらかを正しいと決める必要はありません。食い違いを安全に整理し、無理に思い出そうとしないことが大切です。今の生活を安定させることを優先します。

参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)

  • 『今日の精神科治療ハンドブック2021』野間俊一(担当章)、「精神科治療学」編集委員会編、星和書店、2021年
  • 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』American Psychiatric Association、医学書院、2014年
  • 「解離性同一症」David Spiegel、MSDマニュアル プロフェッショナル版、2023年更新
  • “Guidelines for Treating Dissociative Identity Disorder in Adults, Third Revision” International Society for the Study of Trauma and Dissociation、Journal of Trauma & Dissociation、2011年
  • “Recent evidence-based developments in the treatment of DID” N. Bachrach・R. J. C. Huntjens、Frontiers in Psychiatry、2025年

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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