「さっきまで普通に話していたのに、急に怒鳴り始めました」。認知症のある家族のこうした変化に戸惑い、何とか落ち着いてほしいと願うのは自然なことです。レキサルティはそんな場面で選択肢になる薬ですが、認知症そのものを治す薬ではありません。誰に使えるのか、何を改善の目標にするのか、飲んでいる間に何を見ればよいのかを、一つずつ考えていきます。
認知症なら誰にでも使える薬ではありません
レキサルティ(一般名ブレクスピプラゾール)は、大塚製薬の抗精神病薬です。2024年9月24日に、アルツハイマー型認知症に関係する効能が新たに追加されました。薬の説明に書かれた効能は「アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する、過活動又は攻撃的言語及び行動」です。焦りやいら立ち、興奮を背景に現れる、活動の過剰さや攻撃的な言動を指しています。
説明がこれほど長いのは、「怒りっぽい認知症の人」とひとまとめにできないからです。まずアルツハイマー型認知症と診断されていること、そのうえで本人の苦痛を伴う焦燥感や刺激への過敏さ、興奮があり、それが行動として表れていることを確かめます。例えば、落ち着かずに歩き続けたり、大きな声で相手を責めたり、たたこうとしたりする場面が考えられます。行動だけを切り取ると「困った人」に見えても、本人も内側で落ち着かなさを抱えているのかもしれません。
医療の場では、こうした状態を「アジテーション」と呼びます。ただ、この言葉だけでは、どんな苦痛や行動が対象なのかが十分に伝わりません。
歩き回る、同じ質問を繰り返す、物を隠すといった行動が一つ見つかれば対象になる、というわけでもありません。研究で使われた行動の評価表には幅広い項目が並んでいますが、そのすべてが今回の効能に当てはまるのではありません。大切なのは、何が起き、そのとき本人がどんな状態だったのかという組み合わせです。
認知症には、記憶や判断など認知機能に関する症状と、興奮、不安、気分の落ち込みなどの行動・心理症状(BPSD)があります。レキサルティが今回承認されたのは、このうち限られた行動に対してです。記憶力を取り戻したり、認知症の進行を止めたりする効能はありません。
この薬は、脳内のセロトニンやドパミンなどに関わる複数の受容体に働きかけます。ただ、どの働きがどのように症状の改善につながるのかは、はっきり分かっていません。また、レビー小体型認知症などアルツハイマー型以外の認知症で同じような言動が起きた場合、この効能についての有効性と安全性は確認されていません。だからこそ診断と対象症状を見極めたうえで、この領域に詳しい医師か、その医師と連携している医師が使うかどうかを判断します。
急に怒りっぽくなったら、まず何が変わったのでしょう
昨日までは穏やかに食卓を囲めたのに、今日は話しかけても怒鳴り、こちらの声が届かないように見えます。こんな変化を前にすると、認知症が一気に進んだのではないかと不安になるでしょう。それでも、急な興奮のすべてを認知症の進行と結びつけることはできません。
確かめたいことの一つが「せん妄」です。認知症と似た混乱や興奮が起こりますが、せん妄では比較的急に様子が変わり、注意の向け方や意識の状態が揺れ動くことがあります。認知症の症状は一般にゆっくり進むので、変化がいつ始まったか、ぼんやりする時間が増えていないかといった経過が、医師にとって大事な手掛かりになります。
もう一つは、本人が言葉にしにくい不快感です。どこかが痛い、便秘で苦しい、脱水になっている、感染症で体調が悪いといったことのほか、目や耳の働きが落ちて周囲の状況をつかみにくくなっていることもあります。以前なら説明できた不調をうまく伝えられず、いら立ちや落ち着きのなさとして表している可能性があります。
実際に、認知症のある施設入所者の痛みに着目して対応した研究では、焦燥などの精神症状が軽くなったと報告されています。認知機能そのものが改善したという結果ではありませんが、行動の背後にある苦痛を探すことには意味があります。
「理由が分からないから、どう接すればよいか分からない」。そう感じて疲れ切っているご家族に、原因を見抜く責任があるわけではありません。「急に変わった」「便秘が続いている」「最近聞き返しが増えた」など、気づいたことを医師に伝えるだけでも、次に何を調べるかを考える材料になります。薬の名前を決める前に、まず何が変わったのかを共有するところから始められます。
薬を使い始めても、薬以外の対応は続きます
生活上の工夫を重ねても、興奮や攻撃的な言動が十分に改善せず、ご本人も周囲も困っていることがあります。そんなときに検討されるのがレキサルティです。ただし、使う条件は、薬以外の働きかけだけでは効果が足りない場合に、それらと組み合わせることです。薬が出たからこれまでの支援をやめる、という考え方ではありません。
例えば、本人が参加しやすい集団活動、専門家による音楽療法、マッサージや光・音など感覚への働きかけは、施設で暮らす人の焦燥を和らげる方法として研究されてきました。介護職員が言葉のかけ方や本人との関わり方を学ぶことで、症状の改善が見られた研究もあります。一方で、こうした結果が長く続くのか、強い興奮にも同じように役立つのか、在宅でも同じくらいの効果があるのかについては、十分な根拠がそろっていません。
ここで大切なのは、方法の名前をいくつ知っているかよりも、本人に合う関わり方を考えることです。認知症ケアには、記憶や判断が難しくなっても、その人の性格や人生経験、思いを大切にする「パーソンセンタードケア」という考え方があります。怒鳴る言葉だけを見るのではなく、その人が何に困り、何があれば安心できるのかに目を向ける姿勢です。
とはいえ、ご家族が毎日付きっきりで工夫を増やせばよい、という話ではありません。痛みや体調を確認するのは医療の役割でもあり、生活の支援には介護職などの力も必要です。試した対応やうまくいかなかったことを共有するのも、大切な情報になります。
薬による変化と生活への働きかけを一緒に見ていくと、「静かになったか」だけでは測れない本人の毎日を考えられます。
本当に効くのでしょうか。国内試験の数字を読んでみます
家族が一番知りたいのは、「薬を使うと、あの激しい言動が本当に減るのでしょうか」ということでしょう。国内で行われた第Ⅱ/Ⅲ相試験では、レキサルティを使った人と、薬の成分を含まないプラセボを使った人を比べ、10週間後の変化を調べました。
参加したのは55〜90歳で、興奮などの症状が少なくとも2週間続くか、繰り返し起きていた人たちです。直近2週間に攻撃的な言葉や行動が3回以上あったこと、歩行が可能なこと、普段の様子を伝えられる介護者がいることなども試験の条件でした。つまり、認知症のある人全員を調べた結果ではありません。処方の際は、こうした試験の対象者の特徴も踏まえて、使う人を選びます。
効果の判定に使われたのは「CMAI」という尺度です。歩き回る、叫ぶ、たたくなど29項目について、過去2週間にどの程度起きたかを点数にします。評価には、介護者が見た様子や日誌も役立てられました。
10週間後、開始時からの点数の変化は、プラセボ群が平均−8.0点、レキサルティ1mg群が−11.7点、2mg群が−15.2点でした。プラセボ群との差は、1mg群で−3.7点、2mg群で−7.2点です。どちらの用量でも、プラセボ群より統計的に有意な改善が確認されました。
興味深いのは、プラセボ群でも点数が下がっていることです。試験で見られた変化の全部を薬の効果と考えることはできません。そのうえで、薬を使った群にはプラセボ群を上回る改善が認められた、という読み方になります。
ただし、CMAIが主に表すのは行動の「頻度」です。同じ一回の怒鳴り声でも、本人や家族の暮らしに及ぼす影響は異なります。点数が下がったからといって、そのまま安心して暮らせるようになったとは言えません。この数字だけで「2mgのほうが誰にでもよい」と言うこともできません。効果を見るときには、数値とともに、実際の生活で何が変わったかを確かめる必要があります。
0.5mgから始めるのには理由があります
「効く可能性があるなら、初めから十分な量を飲めばよいのでは」と思うかもしれません。しかし、認知症に関する今回の効能では、レキサルティを少ない量から段階的に使います。興奮を減らすことと、薬による負担を増やさないことを、一緒に考えるためです。
最初は1日1回0.5mgです。少なくとも1週間の間隔をあけて、1日1回1mgに増やします。1mgで効果が十分でない場合には、副作用の程度から治療を続けられる状態かを確認し、さらに1週間以上あけて2mgへの増量を検討することがあります。2mgは、最初から目指す量ではありません。国内試験では1mgでも有効性が確認され、2mgでは体の動きに関わる有害事象が多くなる傾向が見られました。
開始時の0.5mgには、口の中で崩れるOD錠を使います。OD錠は水なしでも飲めますが、崩れた後は唾液か水で飲み込みます。寝たまま水なしで飲ませることは避けます。通常の錠剤は水またはぬるま湯で飲みます。
飲み忘れたときは、次に飲む時刻が近ければその回は飛ばし、近くなければ気づいた時に1回分を飲みます。2回分をまとめて飲まないことが大切です。ご本人だけで薬を管理するのが難しい場合も、実際に飲めたかどうかを診察で伝えると、効果を考える手掛かりになります。
また、パロキセチンやクラリスロマイシンなど、レキサルティの血液中の濃度を上げる可能性がある薬があります。併用する場合は、量を減らすなどの調整が必要になることがあります。精神科以外で処方された薬も含め、今飲んでいる薬を医師や薬剤師に伝えてください。
興奮が減っても、歩き方や飲み込みを見てください
薬を始めて怒鳴る回数が減っても、それだけで安心とは言い切れません。以前より眠っている時間が長くなったり、立ち上がるのに時間がかかったりしていないでしょうか。落ち着いて見えることと、本人が楽に暮らせていることは同じではありません。
国内試験では、眠気(傾眠)がプラセボ群の2.0%に対し、1mg群で8.0%、2mg群で16.1%に見られました。動作が遅くなる「運動緩慢」は1mg群7.1%、2mg群13.4%、筋肉が硬くなる「筋固縮」はそれぞれ8.0%、10.7%でした。歩行障害も1mg群4.5%、2mg群10.1%に認められています。これらは試験中に起きた「有害事象」の数字で、一件ずつ薬が原因だと確定した副作用の割合ではありません。
特に気をつけたいのが、体を動かしにくくなる症状です。薬に関連するものに、震えや筋肉のこわばり、落ち着かずじっとしていられない感じなどの「錐体外路症状」があります。試験では、その関連有害事象がプラセボ群7.4%、1mg群25.9%、2mg群32.2%でした。量を増やすときには、期待できる効果だけでなく、この差も考える必要があります。
家族が見つけやすいのは、いつもの動作との違いです。歩幅が小さくなった、椅子から立つとふらつく、食事中に飲み込みにくそうにする、といった変化です。認知症のある人はもともと転倒や骨折のリスクが高く、薬による眠気や立ちくらみ、めまいが重なると、けがにつながるおそれがあります。飲み込む働きが悪くなると、誤嚥性肺炎につながる場合もあります。国内臨床試験では、副作用として嚥下障害が323例中4例、誤嚥性肺炎が323例中2例報告されています。
ほかにも、強い喉の渇きや尿の回数の増加など高血糖を疑う変化、体重の変動、買い物や食欲などの衝動を抑えにくくなる様子にも目を向けます。こうした変化は本人が訴えにくいこともあるので、家族の気づきが役に立ちます。
高熱と強い体のこわばり、意識の大きな変化、呼吸の異常などは、重大な副作用の徴候であることもあります。このような変化があれば、すぐに主治医に連絡してください。そこまでの変化でなくても、眠気や歩行、飲み込みに気になる変化があれば主治医に伝え、薬の量や継続について一緒に判断します。家族だけで薬を減らしたり、やめたりする必要はありません。
日本では「警告なし」。それでも死亡リスクを考えるのはなぜでしょう
「警告が付いていない薬なら、それほど心配しなくてもよいのでは」と感じるかもしれません。大塚製薬の2025年4月改訂インタビューフォームでは、レキサルティに「警告」は設定されていません。ただし、禁忌や重大な注意点がないという意味ではありません。例えば、昏睡状態の人や、麻酔薬など中枢神経を抑える薬の強い影響下にある人には使えません。
抗精神病薬を認知症の高齢者に使うときには、死亡リスクも考えなければなりません。海外で行われた高齢認知症患者の17試験では、類薬の非定型抗精神病薬を使った群の死亡率が、プラセボ群の1.6〜1.7倍だったと報告されています。これはレキサルティ単独の死亡率を示す数字ではありません。一方、国内のレキサルティの試験でも、死亡例は投与群だけで報告されました。治験薬との関連は明らかではなく、担当医師は因果関係を否定していますが、それで注意が要らなくなるわけではありません。
米国では、抗精神病薬のこうしたリスクが枠付きの警告で示されています。日本の承認審査では、同じ「警告」欄を新設するのではなく、今回の効能に関する注意事項として、慎重な患者選択と投与中の観察を求める形が選ばれました。国による表示の違いを、そのまま安全性の違いと読み替えることはできません。
強い興奮でご本人も周囲もつらい状況なら、薬に改善を期待する理由はあります。それと同じ重さで、眠気や歩行、飲み込みなどが損なわれていないかを見ていきます。この確認は、怖い情報を知って選択肢をなくすためではなく、使うことの利益と不利益を一緒に判断するためのものです。
10週間で一度立ち止まる。効いていても、続ける理由を確かめます
薬を始めると、「いつまで飲むことになるのでしょう」という疑問が生まれます。レキサルティでは、飲み始めから10週間後までを一つの目安に、対象の言動が改善したかを確認します。十分な効果が認められなければ、投与を中止し、別の治療方針を考えます。処方が続いているというだけでは、効果がある証拠にはなりません。
では、怒鳴る回数が減ったり、落ち着かず動き回る時間が短くなったりした場合はどうでしょう。改善が認められても、そのまま期限なく飲み続けると決まるわけではありません。レキサルティには、量も期間も必要な範囲に抑えるよう注意が設けられています。国内の臨床試験では24週間を超えて使った経験がなく、それより長く使った場合の安全性は確立していません。ただし、家族の判断で急にやめるのではなく、それまでの効果と負担を踏まえて、主治医と相談しながら継続の必要性を考えます。
薬が役立っていても、眠気で活動が減ったり、歩きにくくなったりしていれば、得られたものと失ったものを比べる必要があります。逆に、薬以外の対応で落ち着いて過ごせる場面が増えてきたなら、それも治療方針を見直す材料になります。減量や中止を考える場合は、症状が再び強まる可能性にも気を配りながら主治医が進めます。
「効いているようだから続けたい」という気持ちも、「体への影響が心配」という気持ちも、診察で伝えてかまいません。大切なのは、最初に飲み始めた理由が今も続ける理由になっているかを、折に触れて確かめることです。
診察室では見えない一日を、家族の言葉で伝えてください
診察では穏やかに受け答えをしているのに、家では怒鳴ったり、落ち着かず動き回ったりすることがあります。医師の前で見せる姿が、ご本人の一日のすべてではありません。薬を処方されていても、実際には飲めていないこともあります。こうした日常の情報は、診察での判断を助けます。
国内試験でも、介護者が見た行動や日誌が効果の評価に使われました。毎日詳しく書こうとしなくても、次の3点を気づいた範囲で残しておくと、変化を伝えやすくなります。
- いつ、何が起きたか。 怒鳴る、たたこうとする、歩き回るなど、対象となる行動とおおよその回数を残します。
- 飲み始める前と後で何が違うか。 落ち着いて過ごせた時間や、実際に薬を飲めたかどうかを残します。
- 体の様子はどうか。 眠気、歩き方、ふらつき、食事中の飲み込みなどの変化を残します。
「昨日は夕方に二度怒鳴りました」「最近、椅子から立つのが遅くなりました」。その一言が、診察室では見えない生活を伝えてくれます。家族が薬の効果を判定する責任を負うわけではありません。見たことを見たまま伝えるだけで、十分に意味があります。
支える側の疲れや気持ちの変化については、介護する人のうつ|「介護疲れ」が心の病気になる前にでも扱っています。ご家族がつらいと感じていることも、見過ごさなくてよい大切な事実です。
よくある質問
Q. アルツハイマー型認知症以外でもレキサルティを使えますか?
今回承認された効能は、アルツハイマー型認知症と診断され、焦りやいら立ち、興奮を背景に特定の行動が現れている場合に限られます。ほかの種類の認知症で同じような言動があっても、この効能についての有効性と安全性は確認されていません。行動だけで判断せず、診断と症状のつながりを確かめます。
Q. 1mgで効果が乏しければ、2mgに増やしたほうがよいですか?
必ずしもそうではありません。1mgでの効果と副作用を確かめ、治療を続けられる状態で、なお効果が足りない場合に2mgが検討されます。国内試験では体の動きに関わる有害事象が2mg群で多い傾向があり、増量には慎重な判断が必要です。
Q. 興奮が落ち着いてきたら、そのままずっと飲み続けるのでしょうか?
効果が認められても、必要な期間を超えて漫然と続ける薬ではありません。10週間後までを目安に効果を確認します。24週間を超えて続けた場合の安全性も確立していません。減量や中止を含む方針は、症状の再燃にも注意しながら主治医が検討します。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)
- 『レキサルティ 医薬品インタビューフォーム』大塚製薬、2025年4月改訂(第12版)
- 『レキサルティ審査報告書(アルツハイマー型認知症に関する効能追加)』医薬品医療機器総合機構(PMDA)、2024年
- 『レキサルティ錠1mg・2mg 患者向医薬品ガイド』2024年9月更新
- 『認知症トータルケア』粟田主一ほか監修・編集、日本医師会
- 『認知症診療医テキスト』日本精神神経学会認知症委員会編、新興医学出版社
- 『科学的認知症診療 5 Lessons』小田陽彦、シーニュ、2018年