夜中に何度も電話が鳴り、ようやく仲直りした翌日にまた衝突してしまいます。距離を置こうとすると強く引き止められ、大切な人なのに会うのが怖いと感じることもあります。「もう縁を切るしかないのだろうか」と思うほど疲れていても、続けるか終えるかの二択の間には、距離や約束を組み直す道があります。
1. 「縁を切るべきか」を決める前に
「好きなのに、次に会う約束をするのがつらい」「離れたいけれど、自分がいなくなったら相手はどうなるのだろう」。家族でも恋人でも友人でも、こうした相反する気持ちを抱えることがあります。相手を大切に思ってきた時間が長いほど、関係を見直すこと自体が裏切りのように感じられるかもしれません。
境界性パーソナリティ障害(BPD)では、対人関係の変化に敏感になり、相手から拒まれたと受け取ったときに、怒りや強い苦しさ、自傷などの反応が現れることがあります。
たとえば「今日は帰るね」という何気ない言葉が、相手には「もう自分を見捨てるつもりだ」と響いているのかもしれません。その可能性を知ると、なぜ話がかみ合わなかったのかを考える手がかりになります。ただし、相手の気持ちを理解しようとすることと、怒りの矛先をすべて受け止めることは別です。衝突のすべてが病気のせいとは限りませんし、家族が責任を一人で背負う必要もありません。
かつては親の育て方に原因を求める見方もありましたが、治療の考え方は変わり、家族自身が大きな負担を抱えて支えを必要としていることも重視されるようになりました。診断名を聞いただけで、誰かとの関係の将来を予測することもできません。
そこで「BPDの人とは付き合えるのか」という問いを、少し変えてみましょう。今、自分の身は安全でしょうか。自分の心や体、暮らしはどれほど削られているでしょうか。そして相手は、治療や行動の見直しにどのように関わっているでしょうか。この三つを順に確かめると、何を優先して考えるべきかが見えてきます。
2. 身の危険があるなら、関係改善より安全を先に
口論が増えたことと、殴りかかられたり逃げ道をふさがれたりすることを、同じ「関係の悩み」として片づけることはできません。言葉による攻撃でも深く傷つきますが、身体への危険や威嚇、強い支配がある場面では、二人で落ち着いて話し合えることを前提にしないでください。まず必要なのは、相手を納得させる言葉を探すことより、自分の安全を確保することです。
境界性パーソナリティ障害のある人が、拒絶されたと感じて激しく動揺することはあります。しかし、その苦しさに理由があっても、殴る、唾を吐きかける、脅して従わせるといった行為を受け入れなければならないわけではありません。病気への理解が、傷つけられることへの同意になってしまってはいけません。
危険を感じるときは、その場を離れ、会話を打ち切って構いません。相手が怒っている最中に「もう二度と会わない」「今すぐ変わらないなら終わり」と告げても、問題を整理する余裕は生まれにくいものです。離れる必要があることと、相手の行動を変えさせるために別れを突きつけることは分けて考えます。後から振り返る機会があるとしても、安全が保たれてからで十分です。
「自分さえ冷静に話せれば」「もっとよい伝え方があれば」と、危険な場面まで自分の言葉選びの問題にしないでください。相手の感情を否定せずに聞く姿勢は役立つことがありますが、暴力や強い支配のもとで、それを一人で実践し続ける義務はありません。距離や連絡の約束を話し合う方法は、安全に話せる関係で初めて検討できるものです。
3. 「まだ耐えられる」より「何を失っているか」
約束していた友人との食事を、相手が不安になりそうだからと取り消します。仕事中も着信が気になり、家に帰ってからは相手の表情を読もうとします。休みの日も話題の中心は相手の問題で、自分が何を楽しみにしていたのか思い出せなくなっているかもしれません。
そんな生活でも、「まだ大丈夫」「相手のほうがもっと苦しい」と、自分の疲れを後回しにしがちです。けれども、関係を考える物差しは、あと何回我慢できるかだけではありません。眠る時間、仕事への集中、友人と会う機会、家族との穏やかな食卓など、少しずつ失われているものにも目を向けてみてください。
家族などの支援者465人を対象とした六つの研究をまとめた2013年のレビューでは、強い負担に加えて、不安や抑うつなどの心の不調が報告されています。支える側も苦しくなり得ることは、気持ちの弱さでは片づけられません。専門家でさえ、危険への対応を一人で抱えず、周囲と相談しながら取り組む必要があるほどです。
自分だけが上手に接すればすべて解決する、と思わなくてよいのです。家族向けの指針でも、日課や人とのつながり、楽しみの時間を保つよう勧めています。散歩や食事、友人との会話を取り戻すことは、相手への愛情を減らす行為ではありません。
紙に書くなら、「相手に直してほしいこと」より先に「自分がこれ以上失いたくないこと」を一つ挙げてみてください。睡眠かもしれませんし、仕事や、子どもと過ごす時間かもしれません。それが見えてくると、どの連絡には応じられて、どの要求は引き受けられないかも考えやすくなります。
関係をどうするかを決めるとき、相手の苦しさだけでなく、自分の日常が保てているかも大切な判断材料です。
4. 通院していれば、関係はよくなる?
「治療を始めたのに、家では前と同じことが起きます」。そんなとき、家族は期待した自分が間違っていたのかと落胆するかもしれません。反対に、通院しているのだからもう少し頑張って支えようと、限界を超えてしまうこともあります。
ここで知っておきたいのは、本人が楽になることと、家族との関係が変わることは、同時に進むとは限らないという点です。ガンダーソンの治療ハンドブックでは、不安や抑うつなどの苦痛、激しい怒りや自傷などの行動、対人関係、仕事や家事などの生活面を、別々の変化として捉えています。苦痛が和らいでも、口論の後に落ち着いて話し直せるようになるまでには、さらに時間がかかることがあります。
では、何を見ればよいのでしょう。「毎回きちんと通院したか」だけでは、家族にとっての変化を測れません。手がかりになるのは、衝突が起きた後に何がつらかったのかを振り返れるかどうかです。自分の言動が相手にどう響いたかを話せるか、次に同じことが起きたときの対処を一緒に考えられるかも見ていきます。そうした動きが少しずつでもあるかどうかを確かめてみてください。本人の苦しみへの理解と、行動を見直す責任は両立します。
治療が思うように進んでいないと感じるなら、その疑問も治療の場で扱う価値があります。本人が同意する場合は診察に同席し、「電話を切ると夜中に何度もかかってくる」など、困っている出来事を具体的に伝える方法があります。本人の同意や診療上の秘密を尊重しながら、家族が対応について学ぶこともできます。
「治療中だから安心」とも「すぐ変わらないなら望みがない」とも言い切れません。改善までの時間は、家族が耐え続ける期限を意味するものでもありません。
5. 「縁を切る」の前に、距離と約束を変えてみる
関係が苦しくなるとき、相手への気持ちそのものより、いつの間にか増えた「当然の約束」が重荷になっていることがあります。電話にはいつでも出て、頼まれたら会いに行き、お金の問題まで何とかするといった約束です。最初は善意で始めたことが、断れない義務に変わっていないでしょうか。
境界線を引くとは、相手を締め出すことではなく、自分が引き受けられる範囲をはっきりさせることです。連絡する時間、返信する間隔、会う長さ、金銭面で助けられる範囲など、暮らしの中の具体的な行動から考えます。「距離を置きたい」という言葉だけでは、相手にも自分にも次の行動が見えにくいからです。
たとえば夜間の電話を減らしたいなら、こう伝えられます。
「心配なときに誰かと話したい気持ちは分かります。でも夜は電話に出られないので、明日の夕方に話しましょう」
暴言が続いて会話が苦しくなったときは、気持ちを否定せずに中断してよいのです。
「怒っていることは伝わっています。ただ、傷つく言葉が続く間は話せないので、いったん電話を切って、落ち着いてから話したいです」
引き受けられない頼み事にも、できない約束を重ねずに答えます。
「困っていることは分かります。でもお金を貸すことはできません。今できるのは、これからどうするかを一緒に整理するところまでです」
大切なのは伝え方の上手さを競うことではなく、「こちらは何ができるか」を示して、相手にも「その方法でできそうか」「別の助けが必要か」と尋ねることです。家族が何人か関わるなら、誰か一人だけが無理をする約束にならないよう、対応をそろえておきます。
一度に全部を変えようとせず、まず睡眠を守るために連絡時間だけ見直すのでも構いません。相手が動揺している最中に長く議論したり、相手を変えようとして守るつもりのない最後通告をしたりする必要もありません。暴力や強い支配がある関係では、こうした話し合いを試すより、先に安全な距離を取ることが必要です。
6. 「離れるなら死ぬ」と言われたとき
「もう会えない」と伝えた途端に「それなら死ぬ」と言われたら、離れようとした自分が相手を追い詰めたのではないかと感じるかもしれません。次に何か起きるのが怖くて、電話を切れなくなる人もいるでしょう。
こうした言葉を、単なる駆け引きと決めつけて聞き流すことはできません。本人がどれほどつらいのかを聞き、責めたり解決策をすぐに押しつけたりせずに受け止めます。ただし、落ち着いてもらうために「絶対に離れない」「何があっても一緒にいる」と約束する必要はありません。実行できない約束は、次の苦しさにつながりかねません。
自傷をほのめかす言葉や実際に起きたことは、隠さず主治医などの専門家に伝えてください。今まさに危険が差し迫っているときは119番に連絡し、家族だけで危険度を判定して対処しようとしないでください。本人の命を気にかけることと、自分一人で安全を保証することは違います。
落ち着いているときに、本人と治療者を中心に、どんな出来事が危機につながりやすいか、本人ができる対処は何か、どのように医療へ連絡するかを整理しておく方法があります。家族が関わる場合も、できることとできないことを明確にしておきます。自傷への不安のために家族が生活を変えられなくなっているなら、その状況自体を治療者と一緒に見直す必要があります。
相手の命は大切です。そして、あなた自身の人生も同じように大切にしてよいのです。
7. それでも離れたいと思ったら
連絡する時間を決め、会う回数も減らしてみました。それでも電話が鳴るたびに緊張し、会う約束が近づくと気持ちが沈んでしまいます。「ここまで工夫しても苦しいなら、もう離れてもいいのでしょうか」と考えるのは自然なことです。
関係を調整する努力をしたからといって、必ず関係を続けなければならないわけではありません。自分の生活が保てない状態が続くなら、さらに距離を取ることや、関係を終えることも選択肢に入れてよいのです。
そもそも、人との関係は「一緒にいる」か「縁を切る」かの二種類だけではありません。同居していた人と別々に暮らす、毎日連絡していた人と週に一度だけ話す、しばらく直接会うのを休むなど、関わり方には幅があります。
たとえば親子なら、別居しても親子であることは変わりません。友人なら、以前のように頻繁に会わず、互いに無理のない交流へ変えることもできます。恋人や配偶者の場合も、関係を続けるかどうかの結論と、当面の生活をどうするかは分けて考えられます。
住まいや経済的な関係を大きく変えるときは、本人の治療者などの支援を得ながら、無理のない進め方を検討する方法もあります。ただし、暴力や強い支配がある場合には、段階的な話し合いより安全を優先してください。
ここで区別したいのは、相手を変えるために別れを持ち出すことと、自分を守るために離れることです。「別れたくなければ変わって」と迫るのと、「今の関係では自分の生活を守れないので離れたい」と伝えるのとでは、目的が違います。
境界性パーソナリティ障害の症状は、長い経過の中で改善することがあります。しかし、診断名や研究上の回復率から、目の前の人がいつ変わるかを予測することはできません。「あと何年待てばよい」という答えもありません。
相手がこれからどうなるか分からなくても、今の自分に必要な距離は考えられます。関係を続けられなかったとしても、それまで大切にしてきた時間まで否定されるわけではありません。
8. 支える人にも、支えてくれる人が必要です
ここまで読んで、「自分にも問題があったのでは」「もっと上手に接する方法があるのでは」と考えているかもしれません。
相手の苦しさを理解しようとする姿勢は大切です。ただ、その努力がいつの間にか「自分がもっと頑張らなければ」という責任に変わっているなら、少し立ち止まってみてください。
家族が抱える疲労や不安、無力感も、支援を必要とする問題です。本人の治療だけでなく、支える側の生活をどう立て直すかを考えることにも意味があります。
相談にはいくつかの入口があります。病気の特徴や関わり方を学ぶ心理教育、家族向けの相談や支援グループ、必要に応じた家族面接などです。本人を変える方法だけでなく、自分がどこまで関われるのかを整理することも相談の目的になります。
海外で開発された家族支援プログラム「Family Connections」では、相手の感情を理解して受け止める方法と、自分自身の感情や限界を大切にする方法の両方を学びます。相手を理解することと自分を守ることが、同じ学びの中に並んでいる点が印象的です。
2024年には、家族121人が参加した無作為化比較試験も報告されています。ただし、この研究では、比較対象となった通常支援より明確に優れているという統計的な結果は得られませんでした。特定のプログラムだけを正解と考える必要はなく、自分が利用できる支援を探すことが大切です。
本人の治療について家族が知りたいことがあっても、診察内容を共有するには本人の同意や守秘への配慮が必要です。それでも、家族自身が何に困り、どんな負担を抱えているかを相談する道はあります。
当院では、ご本人のことをご家族だけでご相談いただくことはできませんが、支えているご家族がご自身の不調を診てもらうために受診されるのは別のことです。眠れない、気持ちが落ち込む、日常生活がつらいといったご自身の問題として相談できます。
関係を続けると決めてから相談する必要も、離れる決心をしてから助けを求める必要もありません。「まだどうしたいか分からないけれど、今のままでは苦しい」という段階から、自分のことを話してよいのです。
誰かを大切にすることと自分の暮らしを大切にすることは、どちらか一方を選ばなければならないものではありません。今日すべてを決めなくても、まず自分が安心して眠れる夜を取り戻すところから始めてよいのです。
よくある質問
Q. 境界性パーソナリティ障害の人とは、縁を切ったほうがいいのでしょうか?
診断名だけで、関係を続けるべきかどうかは決められません。身の安全、自分の心身の消耗、本人が治療や行動の見直しにどう取り組んでいるかを考えてみてください。関係を終える以外にも、連絡の頻度や会う時間、引き受ける責任を変える方法があります。ただし、暴力や強い支配がある場合は、自分の安全を優先してください。
Q. 「別れるなら死ぬ」と言われたら、別れてはいけませんか?
その言葉を軽く扱わず、本人の苦しさを受け止めて、主治医などの専門家に伝えることが大切です。一方で、相手の安全を守るために、家族やパートナーが一生関係を続けると約束する必要はありません。危機への対応と、今後どのような関係を続けられるかは分けて考え、家族だけで責任を抱え込まないようにします。
Q. 本人が家族の同席や相談を嫌がっている場合は、どうすればいいですか?
本人の治療に家族が参加する際は、本人の意思とプライバシーを尊重することが基本です。同席できなくても、家族自身の疲れや不安について相談することはできます。まずは自分が何に困っているか、これ以上どんな負担を引き受けられないかを整理し、自分のための支援を考えてみてください。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)
- ジョン・G・ガンダーソン著、黒田章史訳『境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック――「有害な治療」に陥らないための技術』岩崎学術出版社、2018年。
- ジョエル・パリス著、黒田章史訳『境界性パーソナリティ障害の治療――エビデンスに基づく治療指針』金剛出版、2014年。
- NICE『Borderline personality disorder: recognition and management(CG78)』2009年。
- Bailey RC, Grenyer BFS. “Burden and support needs of carers of persons with borderline personality disorder: a systematic review.” Harvard Review of Psychiatry, 2013;21(5):248–258。
- Guillén V, et al. Family Connectionsの無作為化比較試験。