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昔の診断書には「アスペルガー症候群」と書かれているのに、最近の説明では「自閉スペクトラム症(ASD)」と呼ばれることがあります。「自閉症とは別の診断だったはずなのに、何が変わったのだろう」と戸惑うのも無理はありません。実は名前が変わったからといってその人自身に新しい特徴が加わったわけではなく、似た特徴を持つ人たちをどこで区切り、どう整理するかという医学の見方が変わったのです。

「自閉症」「アスペルガー」「広汎性発達障害」は何が違ったのでしょうか

まず、昔の診断名を並べてみます。「自閉症」「アスペルガー症候群」「広汎性発達障害」はいずれも聞き覚えのある言葉ですが、この三つが同じ階層の名前ではなかったことは意外と知られていません。

以前の診断基準であるDSM-IVでは、「広汎性発達障害」が大きな分類でした。その中に「自閉性障害(自閉症)」「アスペルガー障害」「特定不能の広汎性発達障害」などが含まれていたのです。つまり「広汎性発達障害」という大きな箱の中に、いくつかの診断名が入る形になっていました。日常の会話では「自閉症」と「広汎性発達障害」が並んで語られることもありますが、当時の診断分類では親子関係に近い言葉でした。

では、その箱の中では何を手がかりに名前を分けていたのでしょうか。代表的な手がかりは、幼い頃の言葉と全般的な認知能力の発達です。アスペルガー障害は、自閉性障害と共通する対人面などの特徴がありながら、言葉の発達や全般的な認知の発達に著しい遅れがない点を重視して区別されていました。「言葉は早くから話していたけれど、人とのやりとりには難しさがある」という人を思い浮かべると、この区別が何を見ようとしていたのかが分かります。

ただし「自閉性障害なら言葉が話せない」「アスペルガー障害なら会話には困らない」といった単純な分け方ではありません。言葉を覚える速さと、相手の意図をくみ取ったり会話を行き来させたりする力は同じものではないからです。この違いは、現在のASDを理解するうえでも大切なポイントになります。

2013年に米国精神医学会が公表したDSM-5では、こうした複数の診断名を「自閉スペクトラム症」という一つの名前にまとめました。英語の「Autism Spectrum Disorder」の頭文字を取った略称が、ASD(エーエスディー)です。「自閉症スペクトラム障害」という表記を見かけることもありますが、同じASDを指しています。現在でも「自閉症」という呼び方は引き続き耳にするため、以前の言葉が急に消えたわけではありません。

ここで不思議に思えるのは、区別するために用意していた名前を、なぜわざわざ一つに戻したのかという点です。その理由をたどると、診断の現場で起きていた少し意外な問題が見えてきます。

診断名を分ける線は思ったほどはっきりしていませんでした

少し想像してみてください。ある人が子どもの頃の人間関係や言葉の発達について説明し、一つの医療機関では「アスペルガー障害」、別の医療機関では「自閉性障害」または「特定不能の広汎性発達障害」と判断されるとしたらどうでしょうか。本人の特徴が急に変わったわけではないのに、受診先によって診断名が食い違ってしまいます。

これは単なる空想の話ではありません。DSM-5の検討に参加した研究者のFrancesca Happéは、2011年の解説の中で、どの診断名がつくかが本人の特徴以上に「どの施設を受診したか」と結びついていたという研究を紹介しています。もちろんすべての医療機関で同じことが起きていたわけではありませんが、診断名を分ける線が実際には安定していない可能性を示す重要な問題でした。

なぜそのようなことが起こるのでしょうか。理由の一つは、過去の言葉の発達を正確にたどる難しさです。以前のアスペルガー障害の診断では、2歳頃までに単語を話していたか、3歳頃までに語句を使っていたかといった幼少期の経過が手がかりになっていました。しかし大人になってから受診した人が、何十年も前に自分がいつ話し始めたかを確かめるのは簡単ではありません。家族の記憶が曖昧になっていても不思議ではないでしょう。

もう一つの理由は、診断基準そのものの重なりです。アスペルガー障害は言葉の発達に著しい遅れがないことなどで自閉性障害と区別されていましたが、実は自閉性障害の診断に言葉の遅れが必須だったわけではありません。言葉を早く覚えた人でも、自閉性障害の基準を満たす余地があったのです。「こちらに当てはまるなら、あちらには当てはまらない」という境界線が、そもそも引きにくい仕組みになっていました。

それなら、幼少期の言葉の発達によって分けた人たちは、その後の経過や必要な治療も明確に違うのでしょうか。Happéが当時の研究を整理したところ、アスペルガー障害と、言語能力や知的能力が比較的保たれた「高機能自閉症」を別の診断単位とみなすための、繰り返し確かめられた十分な証拠は得られていませんでした。なお「高機能自閉症」という言葉も、当時の区別を考える中で使われてきた表現です。

こうした事情を背景に、DSM-5では考え方が変わりました。別々の病気として線を引くよりも、社会的コミュニケーションの難しさと、行動や興味の限定・反復という二つの領域に共通する特徴を持ち、その現れ方や程度が連続しているものとして捉え直したのです。日本の医薬品審査に関する公的資料でも、以前の細かい分類をそれぞれ独立した障害とする根拠が十分ではなく、連続したものとして統合した経緯が説明されています。

これは以前の診断が「間違っていた」という意味ではなく、その時代の分類で理解しようとしていた特徴を、より整合性のある形で説明し直したということです。名前を細かく分けるほど一人ひとりを正確に表せるとは限らず、分けた線そのものが曖昧なら、共通点を一つの名前で捉えたほうがよい場合があります。

では、その新しい名前に入っている「スペクトラム」とは具体的に何を表しているのでしょうか。「軽い自閉症から重い自閉症まで」という一本の線を思い浮かべると、肝心なところを見落としてしまいます。

「スペクトラム」は軽い人から重い人までの一直線ではありません

「スペクトラム」と聞くと、左端に軽い人、右端に重い人が並ぶ一本の線を想像するかもしれません。けれどもASDの特徴は、単純な順位では並べられません。人とのやりとりには大きな努力が必要でも、言葉の理解や知的な能力には困難が目立たない人がいます。逆に、同じASDという診断名でも、言葉を使うことや日常生活で必要な支援の様子はそれぞれ違います。

精神科医の宮岡等と内山登紀夫は、著書『大人の発達障害ってそういうことだったのか』の中で、ASDの特徴とそうでない状態の間にくっきりした境目を引く難しさを話し合っています。対人関係のぎこちなさや強いこだわりは、ある日突然、境界線を越えて現れるものとしては捉えにくいからです。昔の診断名を別々の島に見立てるなら、現在の考え方はその間にある地続きの部分にも目を向けたものと言えます。

ただし境目が曖昧だからといって、少しこだわりが強いだけでASDと診断するわけではありません。診断では、社会的コミュニケーションの特徴と、限定的・反復的な行動や興味という二つの領域を確認します。発達の早い時期から特徴があり、現在の生活に意味のある支障が生じていることも重要です。質問紙で何点以上ならASDといった誰にでも当てはまる一本の線があるわけではなく、これまでの経過や現在の様子を合わせて判断します。

また、二つの領域で必要な支援の程度が同じとは限りません。会話や人間関係での困難と、予定の変更に対応する難しさを別々に見て、さらに知的能力と言語能力も分けて捉えます。大人になってから対処の仕方を覚え、以前ほど外からは目立たなくなっている特徴もあります。慣れた場所では困らなくても、新しい場面では難しさが表に出ることもあります。

つまりスペクトラムとは、「軽症から重症までを一列に並べる言葉」というより、特徴の組み合わせも現れ方も連続的であることを表す言葉です。診断名が同じでも、何が得意でどこに支援が必要かまで同じになるわけではありません。

ASDは「発達障害」という大きな箱の中にあります

では、「ASDは発達障害ですか」と聞かれたらどう答えればよいのでしょうか。答えは「はい」ですが、発達障害のすべてがASDという意味ではありません。名前が似ていて混乱しやすいため、大きな箱とその中身として整理してみます。

  • 発達障害(大きな総称)
    • ASD(自閉スペクトラム症)
    • ADHD(注意欠如・多動症)
    • 学習障害(限局性学習症)など

日本の発達障害者支援法では、自閉症やアスペルガー症候群などの広汎性発達障害、ADHD、学習障害などを含めて「発達障害」と呼んでいます。一方、DSM-5ではASD、ADHD、限局性学習症などを「神経発達症群」として整理しています。法律の言葉は支援の対象を幅広く捉えるためのものであり、DSMの分類は診断のためのものなので、二つの箱が完全に同じ形をしているわけではありません。

ASDとADHDは呼び方が違うだけの同じ診断ではなく、ASDでは社会的コミュニケーションと反復的な行動や興味が重要なのに対し、ADHDでは不注意や多動性・衝動性が中心になります。例えば、会話の行き来や場面に応じた振る舞いに難しさがあることと、注意を持続しにくいこととでは、注目している特徴が違います。また限局性学習症では、知的な能力が保たれていても、読み書きや計算の特定の部分で困ることがあります。

この一覧は位置関係を示すもので、中身が互いに重ならないという意味ではありません。ASDとADHDなどが併存する場合もあります。「発達障害」という一つの言葉だけでは、その人の困りごとの中身までは分からないのです。

言葉は話せるのに会話が難しいのはなぜでしょうか

「説明はとても上手なのに、雑談になるとうまくかみ合わない」という様子を見て、不思議に思ったことはないでしょうか。ASDでは、語彙が豊富で文法を正しく使える人でも、会話を互いに行き来させることに難しさがある場合があります。言葉を知っていることと、その場で相手と一緒に使うことには、別の力が必要なのです。

例えば、興味のある話題を詳しく説明できても、相手が話し始めるタイミングをつかみにくかったり、相手の反応に応じて話を切り替えるのが難しかったりします。会話には情報を伝えることに加えて、「これを一緒に面白がりたい」「今の気持ちを共有したい」というやりとりもあります。ASDの社会的コミュニケーションの特徴は、こうした相互のやりとりにも現れます。

そのとき頼りにするのは言葉だけではなく、視線や表情、身振り、声の抑揚、体の向きなども話の意味を補っています。ASDでは、それらを会話と組み合わせて理解したり使ったりすることが難しい場合があります。一方で、目を合わせて話せる人もいるため、「目が合うからASDではない」とは判断できません。

人間関係にも同じことが言えます。友達を作りたい気持ちはあっても、親しい間柄と初対面の場面で話し方を調整したり、皮肉や遠回しな表現を受け取ったりすることに苦労する場合があります。人と関わりたいかどうかと、関わり方を読み取れるかどうかは別の話です。

この違いを考える手がかりとして、幼い子どもの「指さし」があります。指さしには、「あれを取って」と物を求めるものと、「あれを見て」と面白いものを誰かと共有しようとするものがあります。後者には、同じものに一緒に注目するという働きがあります。ASDの特徴を考えるときは、何を伝えられるかだけでなく、相手と関心をどう分かち合うかが大切になるのです。

ただし、ASDは人づきあいの難しさだけで説明できるものではなく、もう一つの領域として、会話とは離れた日課や感覚の受け止め方にも特徴が現れます。

人づきあいだけでは説明できない、こだわりと感覚の特徴

いつもの道が工事で使えなくなっただけで、大きな負担になることがあります。「別の道でもいいのでは」と言われても、簡単には切り替えられない場合があるのです。

ASDには、人とのやりとりの特徴に加えて、行動や興味が限られた形で繰り返されるというもう一つの重要な領域があります。「決まった順序を守りたい」「予定の変更がつらい」「特定の対象に深く没頭する」といった形で現れるもので、同じ言葉を繰り返したり、物を一定の並び方にそろえたりすることもこの領域に含まれます。単なる「几帳面な性格」という一語では、変化に直面したときの負担まで説明できません。

感覚の受け止め方にも特徴が現れます。大きな声で呼ばれても反応しにくい一方で、紙が触れる小さな音には強い苦痛を感じるといった組み合わせもあります。掃除機の音は苦手でも、別の大きな音なら平気ということもあります。音だけでなく、服や物の触感、食べ物の味や見た目、光などへの反応にも幅があり、「敏感な人」「鈍感な人」の二択では捉えられません。

大人になると、こうした特徴は外から見えにくくなることがあります。人前で反復的な動きを抑える方法を覚え、昔ほど目立たなくなるためです。ただ、過去を振り返れば特徴が見えてくる場合があります。また、強い興味が楽しみや学び、仕事につながることもあります。

ASDを考えるときは、会話だけを切り取るのでも、こだわりだけを数えるのでも不十分です。人との関わり方と、反復する行動・興味や感覚の特徴をこれまでの経過とともに見ていくことで、その人の姿が具体的になります。

昔「アスペルガー症候群」と診断された人は今どう考えればよいのでしょうか

ここで最初の疑問に戻りましょう。以前の診断書に「アスペルガー症候群」と書かれている人が今の診断分類を調べると、「ASD」という名前に出会います。では、昔の診断がなくなったことになるのでしょうか。

DSM-5では、以前のDSM-IVで自閉性障害やアスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害と十分に診断されていた人には、ASDの診断を与えると明記しています。名前が一つにまとまったからといって、それまでの特徴が消えたわけではありません。

以前アスペルガー障害と診断された人の多くは、今の表し方では「知的能力や言語能力に障害を伴わないASD」に当たると説明されています。ただし、それだけで本人の姿がすべて伝わるわけではありません。言葉を流暢に話せても雑談が難しい人と、予定の変更による負担が目立つ人とでは、生活の中で必要になる工夫が違います。同じASDという名前の中にも、それぞれの特徴があるのです。

そのため現在の診断では、ASDという名前に加えて、知的能力と言語能力の状態や対人コミュニケーションの特徴、反復的な行動や興味の特徴などを分けて記述します。必要な支援の程度も、二つの領域で別々に考えます。しかも慣れた環境では問題が目立たなくても、新しい環境では困難が強くなることがあります。支援の必要性を、診断名や単純な「軽い・重い」だけで決めることはできません。

これまでの自分の経験を説明するのに、「アスペルガー」という言葉がしっくりくる人もいるでしょう。その言葉を使うことと、現在の医学的な分類でASDと説明することは矛盾しません。ただし、診断分類上の読み替えと、手元の診断書や制度上の手続きの扱いは別の問題です。

昔の名前が複数あった頃は、どの箱に入るかが大きな問題でした。今は一つの名前になったからこそ、その人は何ができ、どこで困り、どんな支援が必要なのかを詳しく伝えることが大切です。診断名は一つにまとまりましたが、その中にいる人たちの違いまで一つになったわけではありません。

よくある質問

Q. 自閉症と自閉スペクトラム症(ASD)は違う病気ですか?

以前「自閉症」や「自閉性障害」と呼ばれていたものは、現在のASDの枠組みに含まれます。2013年のDSM-5でアスペルガー障害なども合わせ、共通する特徴が連続して現れる一つの診断に整理されました。

Q. 昔アスペルガー症候群と診断されました。今はASDということですか?

DSM-5では、以前の診断基準でアスペルガー障害と十分に確定していた場合はASDの診断に含めるとされています。ただし現在どこに困難があり、どのような支援が必要かは診断名だけでは決まりません。

Q. ASDと発達障害、ADHDは同じ意味ですか?

発達障害は、ASDやADHD、学習障害などを含む大きな総称です。ASDとADHDは注目する特徴が異なる診断ですが、両方が併存することもあります。

参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)

  • 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』American Psychiatric Association、医学書院、2014年(原著2013年)
  • 『Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision』American Psychiatric Association、American Psychiatric Association Publishing、2022年
  • 『大人の発達障害ってそういうことだったのか』宮岡等・内山登紀夫、医学書院、2013年
  • 『発達障害とは』国立障害者リハビリテーションセンター・発達障害情報・支援センター
  • 『発達障害の定義についての考え方』厚生労働省、2005年
  • 『エビリファイ審査報告書・7.R.5 効能・効果について』医薬品医療機器総合機構、2016年
  • 『Why fold Asperger syndrome into autism spectrum disorder in the DSM-5?』Francesca Happé、The Transmitter(Spectrum掲載記事)、2011年

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執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

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