福岡県春日市須玖北4丁目34 2階
休診日: 水曜・木曜・日曜・祝日

はじめに

神経性やせ症(いわゆる拒食症)というと、「体重がとても少ない病気」というイメージを持たれることが多いかもしれません。たしかに低体重は大きな特徴のひとつですが、実はこの病気のサインは、体重計の数字だけに現れるわけではありません。脈がゆっくりになる、ひどく寒がる、月経が止まる、歯や皮膚が変化する——こうした「からだのサイン」が、本人も気づかないうちに進んでいることがあります。

さらに難しいのは、神経性やせ症では、やせや低栄養に対する自覚症状が乏しいことが多い、という点です。本人が「どこも悪くない」と感じていても、からだには確かに負担がかかっている、ということが起こりえます。だからこそ、周囲の方や本人が「体重以外のサイン」を知っておくことには意味があります。

この記事では、摂食障害の初期診療のためにまとめられた手引きをもとに、神経性やせ症で体に現れやすい変化と、特に急いで対応が必要な危険信号を整理します。なお、診断や治療方針の判断は医師が行います。ここでご紹介するのは、受診を考えるうえでの目安とお考えください。

低栄養が続くと現れやすい全身のサイン

食事の量が長く不足すると、体はエネルギーを節約する「省エネモード」に切り替わります。その結果として、次のような変化が現れやすくなります。

  • 脈が遅くなる(徐脈):安静時の脈拍が1分間に60回を下回るなど、心臓の拍動がゆっくりになります。
  • 寒がり・低体温:寒さにとても敏感になり、体温が36℃以下になることもあります。
  • 疲れやすさ・だるさ:ちょっとした動作で疲れる、常に倦怠感があるといった状態です。
  • 立ちくらみ・低血圧:血圧が下がり、立ち上がったときにめまいやふらつきが出ることがあります。
  • 低血糖:エネルギーの蓄えが減ることで血糖が下がりやすくなり、頭痛や冷や汗、ひどい場合は意識障害につながることもあります。

このほか、集中力や思考力の低下、無気力といった「こころのサイン」に見える変化も、実は低栄養の影響で起こることがあります。

体重の「減り方の速さ」にも注意

手引きでは、成人でBMI17未満の低体重に加えて、「1ヶ月に8%以上の急な体重変動」も注意すべきサインとして挙げられています。今の体重がそれほど低くなくても、短期間で急に減っている場合は、体への負担が大きいと考えられます。

月経・骨・皮膚——見逃されやすいサイン

体重や食事の話題に比べて見過ごされやすいのが、次のような変化です。

月経が止まる・乱れる

女性では、無月経や月経不順が神経性やせ症の代表的なサインのひとつです。標準体重の80%未満まで体重が減ると無月経になりやすいとされ、実際、無月経をきっかけに医療機関を受診する方は少なくありません。一方で、標準体重の85%以上に回復すると、6ヶ月以内に月経が戻ることが多いとされています。月経は、体が「今は栄養が足りている」と判断しているかどうかを映す、大切なバロメーターなのです。

骨がもろくなる

女性ホルモンの低下や低栄養が続くと、骨密度が下がり、骨粗しょう症や骨折につながることがあります。骨の変化は自覚しにくいため、気づかないまま進みやすいサインです。

皮膚や髪の変化

背中や腕にうぶ毛が濃くなる、髪の毛が抜けやすくなる、といった変化が現れることがあります。むくみ(浮腫)が出ることもあります。

嘔吐や下剤の使用にともなうサイン

自分で嘔吐する、下剤を使うといった行動(排出行為)がある場合には、それに特有のサインが体に現れます。

  • 手の甲の傷やタコ(吐きダコ):嘔吐の際に手の甲が歯に当たってできるもので、「ラッセル徴候」と呼ばれます。
  • 歯の変化・虫歯:胃酸によって歯のエナメル質が溶け、歯の形や色が変わったり、虫歯が多発したりします。
  • 唾液腺(耳の下など)の腫れ:頬から耳の下あたりがふっくらと腫れて見えることがあります。
  • 体内の電解質の乱れ:嘔吐や下剤の乱用によって、カリウムなどのミネラルが失われます。低カリウム血症は、筋力低下や便秘のほか、不整脈を起こすと命に関わることもある重要な異常です。

これらのサインは、本人が排出行為を打ち明けにくい場合でも、体が発している手がかりになります。ただし、周囲が問い詰めるように確かめるのは逆効果になりかねません。責めるのではなく、心配していることを伝え、受診につなげることが大切です。

特に急いでほしい危険信号

神経性やせ症は、精神科の病気の中でも身体的な危険が大きい病気とされています。手引きでは、次のような状態は入院治療を検討すべきサインとして挙げられています。

  • 失神する、意識がもうろうとする、けいれんが起きた
  • 脈が極端に遅い(目安として1分間に40回未満)、不整脈がある
  • 強い立ちくらみで歩くのがつらい、歩き方がおかしい
  • 体温が35℃を下回る、重い脱水がある
  • 著しい低体重(急激な体重減少が続いている場合も含む)

こうした状態がみられるときは、様子を見ずに救急(119)に連絡するか、通院中の方は主治医に相談してください。

受診の目安

次のような場合は、早めの受診をおすすめします。

  • 体調不良では説明できない体重減少が続いている、または1ヶ月に8%以上の急な体重変動がある
  • 月経が止まっている、月経不順が続いている
  • 脈が遅い、寒がりがひどい、立ちくらみが強いなど、この記事で挙げたサインが複数当てはまる
  • 極端な少食や偏食、嘔吐、下剤の使用、過度な運動がみられる
  • 本人は「困っていない」と言うが、周囲から見てやせ方や食べ方が心配

神経性やせ症では、本人の病気の自覚(病識)が乏しいことがしばしばあります。ご本人がすぐに受診に前向きになれないときは、まずご家族だけでもご相談ください。

まとめ

神経性やせ症のサインは、体重の数字だけではありません。脈が遅い、寒がる、疲れやすい、月経が止まる、骨がもろくなる、歯や皮膚が変化する——体はさまざまな形で「栄養が足りない」という信号を出しています。そして本人には自覚症状が乏しいことが多いからこそ、こうした客観的なサインを知っておくことが、早めの受診と回復への第一歩につながります。

失神やけいれん、極端に遅い脈などの危険信号があるときは、ためらわずに救急(119)や主治医に相談してください。それ以外のサインでも、気になることがあれば、どうぞお早めにご相談ください。


参考にした資料(要約・再構成であり、原文の転載ではありません):

  • 神経性やせ症(AN)初期診療の手引き(AMED「摂食障害の治療支援ネットワークの指針と簡易治療プログラムの開発」)

執筆・監修:精神保健指定医 野口晋宏

よくある質問

体重はそれほど減っていないのですが、月経が止まっています。受診したほうがよいですか?

はい、ご相談をおすすめします。無月経や月経不順は、神経性やせ症で早くから現れやすいからだのサインのひとつで、無月経をきっかけに医療機関を受診する方は少なくありません。体重以外の原因のこともありますので、診断は医師が行います。

本人は「どこも悪くない」と言います。本当に大丈夫なのでしょうか?

神経性やせ症では、やせや低栄養に対する自覚症状が乏しく、重症であるほど「病気ではない」と感じやすいことが知られています。本人の訴えだけでなく、脈が遅い、寒がる、月経が止まっているなどの客観的なサインが手がかりになります。心配なときは、家族の方だけでもご相談ください。

急にやせたわけではないのですが、注意は必要ですか?

体重の減り方が速い場合(1ヶ月に8%以上の増減など)は特に注意が必要とされますが、ゆっくりした経過でも、低血糖や徐脈、無月経などのサインがあれば体に負担がかかっているおそれがあります。数字の変化だけで安心せず、からだのサインもあわせて見ることが大切です。

失神やけいれんが起きたときは、どうすればよいですか?

失神、けいれん、意識がもうろうとする、脈が極端に遅いといった状態は、命に関わる危険信号の可能性があります。ためらわずに救急(119)に連絡するか、すでに通院中の方は主治医に相談してください。

column list

執筆・監修

精神保健指定医 野口晋宏

春日メンタルクリニック院長。精神科・心療内科の診療経験をもとに、受診前の不安や制度の疑問を整理しやすい情報提供を心がけています。

WEB予約