会議の説明なら聞いてすぐ理解できるのに、配られた資料を読むだけで何時間もかかってしまいます。伝えたいことは頭の中にあるのに、メールを書こうとすると手が止まってしまいます。そんな「特定の作業だけ、なぜか人よりずっと大変」という経験の背景に、大人の学習障害(LD)が隠れていることがあります。大切なのは、勉強ができたかどうかよりも、何をするためにどれほどの努力が必要だったかです。
1. 仕事はできるのに、書類だけ終わらない
職場で新しい仕事を任されたとき、口頭で説明してもらえばすぐに要点をつかめます。問題点を見つけることも、改善案を考えることも得意です。ところが同じ内容が長い文書になると、読み終えるまでに驚くほど時間がかかります。
周りの人が30分で済ませる資料を、自分は何度も読み返しています。内容について質問されれば答えられるのに、読む作業そのものが重荷になっています。
こうした能力のむらを理解する手がかりの一つが、学習障害(LD)です。
学習障害は、知的能力全体が低いという意味ではありません。ある分野では十分に力を発揮できる一方で、読む、書く、計算するといった特定の技能を身につけることや使うことに、大きな困難が生じます。
「学習障害」という名前から、学校の勉強ができなかった人の話だと思うかもしれません。けれども、成績がよかった人や知的能力が高い人にも起こりえます。
ここで言葉を少し整理しておきます。
教育分野で使われてきた「LD」は、聞く、話す、読む、書く、計算する、推論するといった幅広い能力を含む概念です。一方、医学的な診断名である「限局性学習症(SLD)」は、主に読字、書字、算数の技能に注目します。
限局性学習症の困難は学齢期から始まりますが、子どものころに必ず発見されるわけではありません。
学生時代は時間をかけて課題を仕上げられても、社会人になると事情が変わります。長い報告書を短時間で読み、メールに返事をし、数字を確認しながら次の仕事へ移ることが求められます。
仕事で求められる速さや量が増えたことで、以前からあった苦手さが初めて目立つ場合があります。
つまり、大人になって突然学習障害が始まったのではなく、それまで何とか補えていた困難が表面化したという経過もあるのです。
では、その苦手さは実際にどのような形で現れるのでしょうか。
2. 文字は読めます。それでも読字障害なのでしょうか
「読字障害」と聞くと、文字が読めない状態を想像するかもしれません。
けれども大人の読字障害では、文字を正しく読めるようになっていても、読む速さや必要な労力に問題が残っていることがあります。
たとえば、短いメールなら問題なく読めます。それなのに契約書や長い説明資料になると、同じ行を何度も読み直してしまいます。最後まで読んだはずなのに、前半に何が書かれていたかを確かめるため、また最初へ戻ります。
読むこと自体に力の多くを使ってしまい、内容を考えるところまで進みにくい場合があります。
読字の困難は、大きく分けると次のような形で現れます。
- 正確さの問題:単語を読み違えたり、文字を別の言葉として読んだりします。
- 速度の問題:正確には読めても、読むのに長い時間と努力が必要です。
- 理解の問題:文章を読めても、文同士の関係や全体の意味をつかみにくくなります。
この三つは同じではありません。
特に大人は読むことを長年練習してきているため、正確さだけを見ても困難が分かりにくい場合があります。
読字障害(ディスレクシア)は「文字が左右反対に見える障害」と紹介されることもありますが、それだけでは説明できません。
研究で中心的な説明として支持されているのは、文字の形を見る働きよりも、言葉を構成する音をとらえて文字と結びつける「音韻処理」の困難です。
ふだん意識しないほど自然に行っている文字と音の対応づけに、苦労することがあるのです。
大人では、読書を避ける、説明書を開かない、長い資料を後回しにするといった行動が手がかりになることもあります。
本人も「読むのが嫌いなだけ」と考えているかもしれません。けれどもその背景には、ほかの人より読む作業に大きな負担がかかるという事情があるかもしれません。
文章を理解する力と、文字をすばやく読み取る力は、必ずしも同じではありません。
耳で聞けばすぐ理解できる内容でも、文字から読み取るには時間がかかることがあります。
この違いを知ると、「もっと集中して読まなければ」と思っていた経験も、少し違った角度から見えてきます。
3. 漢字だけ書けないのは、努力不足でしょうか
今度は、読むことにはあまり困らない人を考えてみます。
本を読むのは好きで、文章の意味も理解できます。それなのに紙に漢字を書こうとすると、よく知っている言葉でも形が浮かんできません。
何となく形は分かるのに、どの部分から書けばよいのか迷います。何度も練習した漢字でも、しばらくすると書けなくなってしまいます。
日本語の書字障害では、こうした漢字を書くことの困難が目立つ場合があります。
漢字を書けない理由も一つではありません。文字の形を記憶するのが難しい場合もあれば、形を組み立てることや書く順序を処理することに苦労する場合もあります。手先の不器用さや、注意を保つことの難しさが関係することもあります。
そして、書字の問題は漢字だけではありません。
たとえば、会議では筋道立てて意見を述べられるのに、議事録を書こうとすると文章がまとまりません。伝えたい内容は決まっているのに、どこから書き始め、どの順番で説明すればよいのか分からなくなります。
書き上げた文章を見直すと誤字脱字が多く、句読点の位置や段落の分け方にも苦労しています。
医学的な書字表出の評価では、文字や綴りの正確さだけでなく、文法、句読点、文章の組み立て方なども確認します。
ここで大切なのは、「考えること」と「考えを文字にすること」を分けて考えるという視点です。
言葉でなら十分に伝えられる人が、文章にする段階でつまずくことがあります。書くことが苦手だからといって、考えそのものが乏しいとは限りません。
一方で、漢字だけが苦手な人もいれば、読むことと書くことの両方に困難がある人もいます。
こうした違いは、本人が何に困っているかを詳しく確かめることで見えてきます。
「漢字を覚えるまで練習しなさい」「もっと文章を書きなさい」と言われ続けてきた人ほど、うまくできない理由を努力不足だと考えてしまうかもしれません。
けれども、書くために必要な技能を一つずつ分けてみると、得意なところと苦手なところが同時に存在することが分かります。
大人の学習障害を理解する第一歩は、できなかった結果だけでなく、できるようにするために何をしてきたのかにも目を向けることです。
4. 数字が苦手なのは、計算が遅いからだけではありません
会議で売上の一覧表を渡されると、どこを見ればよいのか分からなくなります。電卓を使えば計算はできますが、数字同士の関係を読み取って判断するのに時間がかかります。
「算数が苦手」という言葉には、実はさまざまな困難が含まれています。
たとえば、次のような違いがあります。
- 数量の理解:二つの数のどちらが大きいか、量にどれほどの差があるかをつかみにくい場合があります。
- 計算の記憶:基本的な足し算や掛け算の答えがすぐに浮かばず、毎回数え直すことがあります。
- 計算の手順:複数の操作が必要になると、途中で何をしていたのか分からなくなることがあります。
- 数学的な推論:計算方法を知っていても、数字の関係を理解して問題に当てはめるのが難しい場合があります。
つまり、計算が遅い人と数の意味を理解するのが難しい人とでは、つまずいている場所が違うのです。
大人になると、学校の計算問題を解く機会は減ります。それでも、仕事で数値を比較したり、資料の数字から判断したりする場面は残ります。
読字の困難と算数の困難が重なっている人もいます。数字の問題なのか、問題文を読むことが負担になっているのか、その両方なのかという視点も必要です。
算数の能力を評価するときは、正解できた数だけでなく、数量の理解、計算の記憶、手順、推論のどこで苦労するのかを確かめます。
「数字が苦手」という一言を細かく分けると、電卓で補える部分と、数字の意味を確認する必要がある部分が見えてきます。
5. 「普通にできていた」女性が、なぜ大人になって気づくのか
学生時代の成績表を見返しても、特に悪い成績はありません。提出物の期限も守り、試験にも合格してきました。
ところが、その成績を保つためにどれほどの時間を使っていたでしょうか。
友達が一度読めば理解できる文章を、何度も読み返していたかもしれません。漢字を覚えるために人一倍練習したり、家族に文章を確認してもらったりしていたかもしれません。
成績表に残るのは結果であって、そこへたどり着くまでの努力の量ではありません。
DSM-5でも、非常に大きな努力や周囲の支援によって平均的な成績を保っていることが、学習困難を考える手がかりとして挙げられています。
知的能力が高い人でも、得意な力で苦手な部分を補っている場合があります。
では、女性ではどうなのでしょうか。
ディスレクシアの研究では、実際にみられる男女差よりも、専門機関へ紹介された人たちの男女差のほうが大きいと報告されています。男児ではADHDなどに伴う目立った行動上の問題が、周囲に気づかれるきっかけになりやすいと考えられています。
女性のADHDについても興味深い研究があります。同じような困難があっても、周囲に合わせる行動や苦手さを補う努力によって、見過ごされることがあるのです。
特に、日々の予定が整えられ、周囲の支援が十分にある環境では、困難が表面化しにくいと指摘されています。
ただし、これらは主に女児のディスレクシアや女性のADHDについての研究です。成人女性のLDでも同じ仕組みが働くと、直接証明されたわけではありません。
それでも、「問題なくできていた」という結果だけでは、本人の苦労を測れないという視点は重要です。
進学、就職、一人暮らしなどで生活が変わると、以前より多くの作業を自分でこなす必要が出てきます。
学生時代は時間をかければ済んでいたことも、職場では短時間で終えるよう求められます。家族が手伝ってくれていた作業も、自分で処理しなければなりません。
そこで初めて、長年の努力だけでは補いきれなくなることがあります。
「昔はできていたのに、どうして今はできないのだろう」と感じたときは、少し問いを変えてみてください。
「昔は何があったから、何とかできていたのだろう」
その答えの中に、これまで見えなかった苦手さと、それを支えてきた工夫の両方が隠れているかもしれません。
6. ADHDやASDがあると、学習障害ではないのでしょうか
「ADHDと診断されているので、文章を読むのが遅いのもそのせいだと思っていました」
そう考えるのは自然ですが、読むことの難しさには異なる仕組みが関係している場合があります。
たとえば、長い文章を最後まで読めない人が二人いるとします。
一人は、読んでいる途中で注意が別のことへ向いてしまいます。もう一人は、集中して読もうとしても、文字を読み取る作業そのものに非常に時間がかかります。
結果はどちらも「最後まで読めない」ですが、困難の生じる場所は違います。
ADHDでは、注意を保つことや学んだ技能を実行することの難しさが、学習成績に影響する場合があります。一方、限局性学習症では、読む、書く、計算するという技能を習得すること自体に困難があります。
そして、この二つは同時に存在することがあります。
実際、限局性学習症とADHDの併存は、偶然に重なる場合よりも多いとされています。
ASD(自閉スペクトラム症)や発達性協調運動症なども併存することがあり、不安や抑うつが加わると、日常生活での困難はさらに複雑になります。
ですから、ADHDやASDの診断があるからといって、LDの可能性が消えるわけではありません。
ただし、読み書きの苦手さが別の状態で十分に説明できる場合は、限局性学習症とは診断しません。
以前は問題なくできていた読み書きや計算が、成人になって急に難しくなった場合も区別が必要です。限局性学習症は学齢期から続く困難で、後から生じた能力の低下とは経過が異なります。
診断名を一つに決めようとするより、まずは困っている作業を詳しく見ていくことが大切です。
文字を読むところで時間がかかるのでしょうか。読んだ内容を整理するところでしょうか。それとも、注意が途中で離れてしまうのでしょうか。
同じ「できない」でも、どこでつまずくかが違えば、必要な工夫も変わります。
その違いを確かめることが、大人になってから学習障害を評価する意味の一つです。
7. 大人のLDは、どんな検査で分かるのでしょうか
「知能検査を受ければ分かりますか」と思うかもしれません。けれども、能力の得意・不得意が見えても、その結果だけでは限局性学習症と診断できません。
大事なのは、何を学ぶことに苦労してきたか、それが今の生活にどう影響しているかを合わせて確かめることです。
読字なら正確さと速度、書字なら漢字の正確さと文章構成、算数なら数量の理解や計算手順、数値からの推論を区別します。
子どものころの学習状況、通知表、以前からの工夫、今の仕事で困る場面も振り返ります。教育機会や視力・聴力、ほかの状態で説明できないかも確認します。
DSM-5では、17歳以上の場合、十分に確認された過去の学習困難の経歴が、標準化された到達度検査に代わることもあるとされています。どれか一つの点数だけで決めるものではありません。
相談の前に「昔から音読が遅かった」「書いた文章を家族に直してもらっていた」「今は報告書を読むために残業している」など、昔と今の具体例をメモしておくと役立ちます。
当院では心理検査を行っていません。検査を希望される場合は、実施している医療機関をご自身で探していただくことになりますが、紹介状(診療情報提供書)は必要に応じて作成します。
8. 苦手をなくすより、得意な方法で仕事を進める
つまずく場所が分かったら、「どうすれば進めやすいか」を考えます。
読むのに時間がかかるなら文章の読み上げ、書くことが重荷なら音声入力、計算が負担なら電卓を使う方法があります。
電卓で答えが出ても数の関係が分かりにくいなら、何と何を比較するのかを整理する工夫も必要でしょう。道具は、困っている工程に合わせて選びます。
学校教育では、得意な学び方を生かした機器の併用が報告されています。大人にも音声変換などの代替手段がありますが、学校の指導例と職場の配慮制度は別の話です。
職場では「長い資料は理解できますが、読むのに時間がかかります。音声でも確認したいです」というように、困る作業と希望する工夫を一緒に伝えてみましょう。
最初の疑問に戻ります。仕事の内容は分かるのに、書類だけ終わらないのはなぜでしょうか。仕事を考える力が足りないのではなく、その力を発揮する手前に、負担の大きい読み書きや計算が挟まっている場合があります。もっと努力する前に、得意な経路を探してよいのです。
よくある質問
Q. 大人になってから学習障害が見つかることはありますか? あります。困難は学齢期に始まりますが、工夫や支援で補っていて、仕事の要求が増えてから目立つ場合があります。以前できていた技能が急に低下した場合は、別の原因と区別します。
Q. 女性で成績がよかった人でも、LDの可能性はありますか? あります。得意な力や多くの努力、周囲の支援によって成績を保っていた人もいます。女児のディスレクシアには紹介されにくさを示す研究がありますが、成人女性のLDだけの特徴とは言えません。
Q. ADHDと診断されていますが、読み書きの検査も必要でしょうか? ADHDとLDは併存することがあります。注意が続かないのか、読み書きの技能そのものに困難があるのかを、学習歴や生活への影響も含めて確かめます。検査の必要性も、そのなかで合わせて考えます。
参考にした資料(要約・再構成。原文の転載ではありません)
- 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』American Psychiatric Association(日本精神神経学会 日本語版用語監修、髙橋三郎・大野裕 監訳)/医学書院/2014年
- 『学習障害児に対する指導について(報告)』文部省・調査研究協力者会議/文部省/1999年
- 『学習障害(LD)・限局性学習症(SLD)[私の治療]』稲垣真澄・加賀佳美/日本医事新報社/2019年登録・2026年更新
- 『Seminar: Developmental Dyslexia』Robin L. Peterson・Bruce F. Pennington/Lancet/2012年
- 『Defining and understanding dyslexia: past, present and future』Margaret J. Snowling・Charles Hulme・Kate Nation/Oxford Review of Education/2020年
- 『The Diagnosis and Management of Dyscalculia』Liane Kaufmann・Michael von Aster/Deutsches Ärzteblatt International/2012年
- 『Females with ADHD: An expert consensus statement taking a lifespan approach』Susan Youngほか/BMC Psychiatry/2020年